之
どのような遊びを春香ちゃんは提案することだろう。
「アイドルしよ!」
不安な気持ちで待っていれば、飛び跳ねて楽しそうに春香ちゃんは言う。
俺や神様だけでなく、雪乃さんまで首を傾げているところを見ると、よく家で遊んでいるお馴染みのものでもないらしい。
普通ならごっこを付けるだろうに、それもなく言われた「アイドルしよ」というのは、何をしようというのだろう。
春香ちゃんの言葉だから何でも頷くつもりではあるが、やはり何を言い出すものかと身構えてしまう。
「何をするつもり?」
「あのね、アイドルするの」
姉らしく雪乃さんが代表して疑問を発するも、その答えは得られない。どうしよう。
①説明を ②やってみる ③却下
-ここは②を選んでも大丈夫でしょうー
どこまで説明を求めたところで、春香ちゃんの説明で理解出来るようになるときが来るとは到底思えない。
しつこく言っていれば春香ちゃんが不機嫌になることだろうし、ここは理論だとか解説だとかは、必要のないものと完全に諦めてしまおう。
「早速やってみよう。やればわかるでしょ」
「さっすがおじさん、良いこと言うね」
俺の提案を春香ちゃんも褒めてくれているようだから、それで決定となる。
「そんじゃ、お姉さんはトップアイドルね。それで、お姉ちゃんは顔だけは可愛いんだけど、すんごく馬鹿だから、バラエティ番組にばっかり出てる残念系美少女アイドル。で、その妹の将来有望な超絶美少女と、ファンのおじさん。始めよ」
役割だけ一方的に決定し、春香ちゃんは勝手にスタートしてしまった。
結論として、やはりごっこ遊びであると思って大丈夫なのだよね。
俺がファンのおじさんとなるのも、なんとなくわかっていたし、こうなると意外とやりやすいことだ。
アイドルごっこのファンごっこは、つい最近に経験があるしね。どうしよう。
①ガチで ②本気で ③全力で
-ほとんど同じに見えますが③が必要なようですー
手を抜いた方が反対に恥ずかしいものだから、やるなら全力でやってやろう。
神様がいてしまっているけれど、基本的な相手は雪乃さんと春香ちゃんだと思えば、かなり思い切ったように出来るような気がする。
コノちゃんと仲が良いとは思っているが、コノちゃんといるよりも思い切れる。
「中々に的を得た配役だね。そこまでは可愛くないんだけど、人気だけは確かなトップアイドルっていう立ち位置は、完璧に慣れっこだよ~」
言っている内容はまだアイドルへのなりきりに入れていないけれど、笑顔で手を振る神様の姿は、その輝きはアイドルそのものであった。
本物のアイドルよりも、レベルの高いアイドルらしさであるように思えた。
何を言っているかなど関係なく、内容など気にならない。
見惚れ、洗脳さえされてしまうほどの輝きで、俺はガチのファンへとなってしまいそうだった。
全力でこの遊びに参加するつもりはあったけれど、本気になるつもりもないし、ガチになってしまうつもりなどもない。
あくまでも俺の全力さを見せるのだ。
それがガチになってしまったら、ここにいられなくなる。
もし俺がただの神様の、松尾クリスのファンであったら、彼女は俺を拒むことになるに決まっているから。
他のファンと同じような扱いをする他なくなるから。どうしよう。
①ガチで ②本気で ③全力で
-やはりここも③を貫きますよー
全力でやるつもりはあっても、それは、春香ちゃんの気分によってか幕を降ろされたときその瞬間に、解ける魔法でなければならない。
「顔が可愛いのは認めるわ。まあ、私は可愛さを持ちながらも、美しさをそれ以上に持っているのであるから、どちらかといえば綺麗系なんじゃないかとも思うけどね。ってか、残念系ってどういう意味よ!」
怒っている雪乃さんであったが、その後の春香ちゃんの返しは感動的だ。
「こういうように、お姉ちゃんは残念を自覚していない、心から残念な人なのです。ま、そんなところも私は可愛いと思うので、好きなんですけどね」
完全になり切って、役に入り演じている春香ちゃんは、元気な小学生らしい彼女はもういなかった。
始まりも終わりも春香ちゃん次第で、雪乃さんであっても止められないのだとわかった。
俺だけ扱いがひどい気がしていたから、ちょっと気持ち良いかも。
いや、雪乃さんには悪いんだけどね。
「おっ! おっ! 可愛いですよ雪乃さん!」
今までの仕返しのつもりで、春香ちゃんに乗って俺はファンに徹したのだが、まさかの注意を受けたのは俺だった。
やはり春香ちゃんは手厳しい。
「敬語とかありえないんだけど。ねえ、ヤル気あんの? それでアイドルファンのつもり? アイドルファンなめてんじゃねーぞ!」
もうこれはだれなのかわからないが、春香ちゃんが俺を叱り付ける迫力はすごかった。
これは春香ちゃんなのか、役なのか。どうしよう。
①春香ちゃん ②役 ③謝る
-どうにもここで②を選ぶんだそうですー
でもこれってチャンスなんじゃないか。
小学生を相手にした遊びの中で、大人げないことだとも思うけれど、そこまで全力であってこそだろう。
春香ちゃんだって子ども扱いは望んでいないようだしさ。
「おやおや、将来有望な超絶美少女として有名でしたが、腹黒だったんですのね」
役に入り込んだ状態では、どの言葉も役としてのものになると、先程の春香ちゃんが上手く返したのを応用した。
思わず予想外の口調になってしまったが、ドヤって感じだな。




