己
むしろ、何人が知っていることだろう。
クラスの中に、知っている人はいたことだろうか。どうしよう。
①指摘 ②笑い返す ③喜ぶ
-ここも③を選びましょうー
俺がそれさえ知らなかったのではなく、神様はそれさえ見せなかったのに違いない。
「何よ、顔が気持ち悪いわ」
「元々です!」
「そういうことじゃなくって、なんだか、にやにやしてるじゃないのよ。それが気持ち悪いって言ってるの」
雪乃さんのくせに目敏いもので、にやけてしまったことに、神様より先に気付いたようなのである。
笑っている神様を見ている分に、気付かれることはないと思ったが、まさか雪乃さんがそこで鋭いところを出して来るとは思わなかった。
そして、咄嗟に出した自分のツッコミが悲しい。
顔が気持ち悪いとか言ってくるから。だってそれ、ただの悪口じゃん。
「あはひゃはぁ、元々って、そらひどいわぁ~あは、自分で言っちゃうとこが好き。ってか、ひゃあは、本気でにゃんでにやけてるの~? 美少女に囲まれてること、今更になって思い出しちゃった?」
瞳に滲む涙をすっと拭いつつ、尚も涙が溢れるほど爆笑する彼女は、普段の方が明るい性格を感じられるに違いないのに、見たことないほど明るかった。
太陽に相応しい明るい笑顔だった。
「そうして神様が笑ってくれたのが嬉しいんだ。悪いかよ」
笑い方こそ気持ち悪いが、喜びのまま喜びを伝えた。
瞬間、神様の笑いが全て消え去った。どうしよう。
①謝る ②笑う ③困る
-ここはやはり①でしょうー
完全に嫌がられてしまったに違いないから、俺は口を閉ざした。
イケメンが言うのとは全く別だ。
やはり油断してそのままを言うのではなかったと後悔し、今の俺に出来る精一杯をした。
「ごめんなさい。いや、全然、変な意味とかじゃなくて」
取り繕うと努力しても、今更なことだろう。
「どうして謝るの。あんたが謝る必要なんてないじゃないの。随分と気持ち悪い顔をしてると思ったけど、そういうわけだったら、あんたらしくて良いと思うわよ。私の下僕なんだから当然だけどね」
答えを返してくれない神様。
彼女を一瞥した後で、雪乃さんが優しく声を掛けてくれた。
気を遣ってくれているのか、素直にそう思ったから、思ったままに言い思ったままにそうしただけなのか。
雪乃さんを考えれば後者なのだが、気を遣わせているようにも感じられた。
表情はいつだって変わらないのに、今は妙に大人びて見える。
「こうも優しい人を謝らせて、空気を悪くして、それで何もないわけ?」
凍り付くように冷たい雪乃さんの声が響く。
俺を庇ってくれているのはわかるけれど、それはそれで辛かった。どうしよう。
①宥める ②頷く ③微笑む
-ここで③しか選べなくなってしまうのですー
俺なら大丈夫だから。
そう言えば良いのだろうけれど、今の雪乃さんを見ていると、何も言えなくなってしまった。
微笑んでしまう、ただそれだけになってしまう。
「だってしょうがないじゃん。そんなこと言われると、思ってなかったんだよ~。ワタシ、笑っちゃってから、しまったって思ったの。でも笑っちゃうの、止められないの。それで、話を逸らせば、だから矛先を変えようと思ったの~!」
「笑うことでどうして、しまった、なんて思うのよ」
「聞いてたんならわかるでしょ。下品な笑い方! でも、そうなっちゃうんだもん。学校では気を付けてるんだけど、どうも駄目なんだよ~。直らないの~」
「直す必要なんてないわ。それがあんたなんだから、それで十分じゃない。人からどう思われるかを気にして、自分を封じ込めるなんて、どうかしてるわ。自由に笑えもしない関係なら、くそくらえだとは思わない?」
俺には言えないことを、ズバッズバッと雪乃さんは言っていく。
目を見開いている神様の感情に、驚き以外の何が足されているのか、見ている俺にはさっぱりわからなかった。
良く思っているのか、悪く思っているのかすらも伝わってこない。
「清々しいね」
何とも取れるそんな感想を残した後で、スッと目を瞑った。
「ありがとう」
雪乃さんが褒められていると判断することは、わかっていたが、この場合はその判断が正しいのかがわからない。
今は、雪乃さんのわかりやすくはっきりした、正直で嘘のない性格がありがたかった。どうしよう。
①雪乃に乗る ②クリスを称える ③傍観
-ここも③になってしまいますー
落ち着いて、俺も何かを言った方が良い。そうは思っても、ただ見ていることが俺の限界だった。
「羨ましくてならないよ~。元が良いから、何をしたって綺麗だし、何もしなくたって綺麗だよね。人に合わせず、思ったことをきっぱりと言い切る強さだって持っていて、それでいて、ひどくポジティブで、何もかもが羨ましいよ~」
また無表情のまま照れの言葉が入るかと思えば、そうではなかった。
これは褒め言葉と取っても正しいと言えるものだろうに、雪乃さんはいつものようにせず、鋭い視線を神様へと向けた。
凛として言う。
「元が良いのはあんただってそうでしょ。羨むなら、努力をしてからにして頂戴。私は生まれつき天才だから、進んで努力はしないけれど、だから人のことを羨むこともないわ。他人を見事だと思ったなら、心から憧れたなら、近付けるよう目指して努力することくらい出来る。それくらいのこと知っているわ!」
こんなにも雪乃さんのことをカッコイイと思えたのは、初めてだった。
初対面のときよりも、ずっとその姿は輝いている。




