宇
やはり雪乃さんの心配はいらないようだったな。
雪乃さんとはこういう人なのだ。神様にも会えばわかると言ったけれど、こういう人なのだ。
「へえ、外国の人なのね。その外国人が、私の家へ日本語を習いに来るんだったっけ?」
「勉強を教えに来てくれるんです!」
何を話していたかも、忘れてしまったというのだろうか。
すごいすごいとは思っていたけれど、ここまでだとは思わなかった。どうしよう。
①また明日 ②さようなら ③もう少し
-ここも選択は①になりますー
そろそろツッコミにも疲れて来たし、一人で雪乃さんは手に負えない。
「どうせ一人じゃやらないんですから、宿題、きちんと進めてしまいましょうね。それじゃあ、そういうわけですから、また明日」
本気で着いて行こうとしていたようだけれど、さすがに男湯の文字に気付いたらしく、慌てて雪乃さんは離れていった。
雪乃さんだからそんなわけがないって言えないし、気付かず入って来ていたら、どうしようかと思った。
さすがにそこまでじゃないよね、仮にも高校生なんだから。
定員割れもしていないし、レベルだって低いってほど低くはないうちの高校に、一応は入学しているのだ。二年生にだってなれているんだし、いくらなんでも……ね。
一目見て謎の美少女だと思う雪乃さんだが、話してから謎が深まったような気がする。
最初に感じた謎とは、完全に違っているわけだけれどね。
神様と雪乃さん、だれがどう見ても美少女な二人と一緒に、宿題をやろうって言うんだ……。
翌日、目が覚めてぼんやりと考えていた。
そのとき、鳴り響いたインターホンの音!
寝過ぎた! 時計を見れば、針は十一時であることを示している。
もう約束の時間、神様が迎えに来てしまったのだ。どうしよう。
①家にあげる ②外で待たせる ③伝えてくる
-ここは③を選びましょうー
高速で着替えだけして、一旦は家から出る。
外で待たせてしまうんだから、何も言わないでおくわけにはいかないだろう。
家の中で待ってもらおうかとも思ったけれど、神様をこんな汚い家には入れられないし、それよりも急ぐことが先決だろうと思われた。
まさかここまで寝坊するとは思わなかった。
「ごめん! まだ用意が終わってないんだ。ちょっとだけ待ってて」
「は~い。全然大丈夫だよ~」
まだ顔も洗っていない、寝起き全開の顔を見て納得したのだろう。
にっこりと笑ってくれる神様は、マジで神級に優しかった。
出来るだけ急いだのだけれど、結局、外で五分くらい待たせてしまった。
「ごめん、本当にごめん」
「全然大丈夫だって言ってるのに~。それにワタシはね、キミが休日にワタシと会ってくれることが、取っても嬉しいんだ~。だってね、学校以外で同級生に会うとか、そういうのないもん。友だちと遊びに行くとか、一緒に宿題をやるとか、そういうのやって来なかったんだもん」
謝る俺に対して、神様は本当に優しかった。
少し悲しそうでもあって、だけどすごく嬉しそうでもあった。どうしよう。
①お礼 ②謝る ③笑う
-ここは①で進みますー
いつまでも謝っていたら、神様だって良い気はしないだろう。
「そっか。ありがとう」
一言お礼を言って、俺は食事を始めた。
食事で待たせるわけにはいかないが、朝食を食べずに行ったら、途中でお腹が空いてしまって仕方がないと思ったからだ。
適当に握ったおにぎりではあるけれど、自分で食べるんだからこれで十分だろう。
「朝ご飯、食べてなかったの? 別に大丈夫って言ってるんだから、家で食べてから来れば良かったのに~。ワタシとしては、こうして食べてるのを見てるのも悪くないけどね」
車の中で食事は良くないだろうかとも思ったが、神様は笑顔でそう言ってくれる。
今日の神様は微笑むわけでない笑顔が多くて、今日が楽しみだったことが伝わってくる。
「えっと、次の角を曲がったら、まっすぐ進んでください。雪乃さんの家はその辺です」
食べながらも道案内をして、雪乃さんの家に到着する。
「ここです」
車を止めてもらって、神様と一緒に雪乃さんの家の前に立てば、神様は驚いた顔をしている。
「ここ、なの?」
神様の戸惑いには、俺も共感するところがあった。
俺が見たのは雪乃さんと春香ちゃんだったが、彼女だって秋桜さんと冬華ちゃんを見てきているのだ。鬼山家は全員最上級に美男美女であって、だからこそ驚くのだ。
美しい貴族のように見えてしまうから、豪邸に住んでいるのだろうと想像してしまって、だから尚更、家に来たときに戸惑ってしまうのだ。
失礼な話だとはわかっているが、そうなってしまうのである。
明らかに俺よりも水準が高い神様であるから、期待値もより高かったことであろう。どうしよう。
①待つ ②入る ③入れる
-ここは③を選ぶとしますー
家に入ってしまえば、騒がしさに戸惑う暇だってなくなることだろう。
「あぁ、来たのね。いらっしゃい」
そう思って戸を叩こうとしたところ、ぴったりのタイミングで戸は開かれた。
何度見ても、思わず目を逸らしてしまうほどの美しさで、雪乃さんは微笑み招き入れてくれた。
隣の神様はといえば、雪乃さんを見るまであれほど楽しそうだったというのに、今は笑顔などない不機嫌な無表情になってしまっていた。




