以
その日の夜、銭湯で偶然に雪乃さんと会った。
今日は一人なようだった。
「これからお風呂に入るの? 私もそうだから、せっかくここで会ったんだし、一緒に行きましょうよ」
言っておくけれど、もちろん銭湯は混浴じゃない。
相変わらずの様子である。どうしよう。
①話でもしていく ②放っておく ③ツッコむ
ーここは①を選びましょうー
時間はあるのだし、話でもしていくとしようか。
無駄だとわかっているから、ツッコミは入れないけれどね。
「ところで、勉強はきちんとやってますか?」
会話の流れでそうなったときに、俺はふと思ってしまった。
ここで雪乃さんと会ってしまったということは、明日雪乃さんに会いに行くことを、伝えずに別れる選択肢はなくなるのではないだろうか。
もし彼女がいたとして、どうして昨日には伝えてくれなかったのかと、普通ならそうなるだろう。
相手は雪乃さんだから、普通に行くとは限らないことだが……。
だからこそ、何が起こるかわからない恐怖がある。どうしよう。
①言う ②言わない ③許可を取る
-ここは③を選びますよー
断られてしまったのなら、それを隠して神様と会って、そのまま二人きりでいれば良い。
だって断るということは、家を訪ねても雪乃さんに会わないということなのだろう? だとしたら、断られていることを知っていてのことだとは、神様に知られることはないだろう。
外出でもなく断るのだとしたら、早めに知れて良かったと、神様に伝えてやむなく諦めるとしようか。知らずに行って、気まずくならなくて良かった、そう考えれば良いのだ。
この場合、知ってマイナスになることはないだろうと考え、一応は雪乃さんに許可を取っておくことにした。
「明日、家に行って一緒に宿題をやりましょうか?」
「ありがとう。助かるわ」
やはり大丈夫だったようだが、それにしても即答である。
当然、手を付けてはいないようだけれど、宿題の存在は憶えているようで安心した。
雪乃さんならば「何それ」と返って来てもおかしくなかったからね。
「ところで、明日はあんたが一人で来てくれるの?」
神様のことを伝えるべきか迷っていたところでの、雪乃さんからの質問であった。
言えなかったとして、言い忘れたという逃げ道を絶たれてしまった。
絶対に狙っていないものだろうが、それだけに脅威である。どうしよう。
①伝える ②隠す ③はぐらかす
-ここは①で十分でしょうかー
嘘を吐いても仕方のないことだし、伝えておかないといけないだろう。
「二人で行っても良いですかね。松尾クリスっていう、俺のクラスの子なんですけど、雪乃さんも知りませんか? 話したことがないとしても、結構、有名な人なんですよ」
なぜだか俺の言葉に雪乃さんは噴き出して笑った。
「なんでよ、知ってるわけないじゃないの。あんたのクラスってことは、私とは違うクラスなんでしょ? クラスが違うのに、話したことなくって、なんで知ってるのよ。あんたったら、意外と天然よね」
どのポイントを聞いて、彼女は俺を天然だと判断したのだろう。
しかし、知ってるわけないとは、神様が聞いたらショックを受けるだろうな。
雪乃さんのクラスにも、ファンはいるだろうと思うけど、残念ながら雪乃さんの耳には全く入らなかったようである。
確認だけど、この人はクラスにいるんだよね? どうしよう。
①笑う ②困る ③微笑む
-ここは②を選ぶのですー
もしかしたら、神様なら知られているかもしれないとは思ったのだが、さすがに雪乃さんにまでは届いていなかったか。
「変わった名前なのね。男の子? それとも女の子なの? どういう漢字を書くんだか、難しそうね、私に当てさせて」
彼女の中に片仮名という発想は少しもないのだろう。
どんな漢字を言ったところで、正解は出ないよ。
そうは思ったのだが、雪乃さんが何を言うのか、気になってしまって片仮名だなんて言えなかった。
だって、面白そうじゃん。
「く、く、くってことは、苦渋の決断の苦ね! あとは、り、だっけ? 林檎のりなんてどうかしら。あと、すは、やっぱりお酢の酢しかないわよね。どう? 正解?」
この人に子どもが出来て、名前を付けることになったら、その子が可哀想だと心から思った。
何を言っているんだか、さっぱりわからない。どうしよう。
①正解発表 ②褒め称える ③ツッコむ
-ここはさすがに③でしょうー
聞き流すにも厳しいほどのひどさである。
「逆に、よく苦渋の決断なんて出てきましたね……」
「見直したでしょ? 私だって難しい言葉を知ってるのよ」
どうやら、聞いたことがあった言葉を言っただけらしい。
「ちなみにどんな字を書くかはわかりますか?」
それがわかっていたら、よろしくを夜露死苦と書いちゃうようなヤンキーしか、使わないだろうよね。
「い、いくら私だってそこまでは知らないわよ」
だなんて、答えて来た。
漢字を当てるって言っていたのに、どんな漢字だか知らないで答えるとところ、雪乃さんらしいところである。
「苦しむですよ。苦いに渋いと書いて苦渋です。林檎のりはただの林ですし、そもそも、りではなくてりんです。お酢の酢は、酢には違いありませんが、名前で使いますかね?」
わざとらしく頭を押さえて、雪乃さんが崩れていく。
「自信あったのにー!」
衝撃の言葉も添えられていた。どうしよう。
①正解発表 ②褒め称える ③ツッコむ
-もう①で大丈夫でしょうー
「クリスは片仮名で書きます。それと、女の子ですよ」
性別もわからないでいたみたいなので、ついでにそちらも正解発表をしておいた。




