ピ
俺が冬華ちゃんの頭を撫でていると、秋桜さんの呟きが耳に入ってしまった。
「あまりに良い彼氏で、悪いことをしている気分になるな」
「え?」
「え?」
聞き返しても、同じように聞き返されただけで終わって、そのまま意味を聞くタイミングを逃してしまった。
はっきり聞こえたわけではないけれど、彼氏って言葉が聞こえたような気がしたのだけれど、気のせいだろうか。
神様の結婚相手だと言われた動揺が、まだ残っているだけなのかな。
あれも結局は、ただ彼女が嘘を吐いただけだったわけだが。
これは、秋桜さんが勘違いしているのか、俺が聞き間違えたのか。どうしよう。
①確認する ②大丈夫 ③気のせい
-ここで選ぶのも②となりますー
勘違いしていたのだとしたら、訂正しなければいけないだろうが、雪乃さんを見ていれば、自然と秋桜さんも勘違いであると気付くだろう。
それなら心配はいらないかな。
ここで訂正しておこうとして、本当に俺の聞き間違えでしかなかった場合が、恥ずかしすぎて死にそうだもん。
彼氏って言いました? いえ、言ってません。……そうですか。
悲しい会話だな。絶対に嫌だ。
「そういえば、秋桜さんと冬華ちゃんなんですね。雪乃さんから、秋桜さんは葉月くん、でしたっけ? の面倒を見ていると聞いていたのですが」
冬華ちゃんの頭から手を離して、何か言わなければいけないかと悩み、俺はどうにか話題を振った。
だれとだれが一緒にいるだとか、決まっているわけでもないのだし、みんなが仲の良い兄弟であることだろう。
おかしかったかと思ったが、秋桜さんはアイドルスマイルで返してくれる。
「確かに僕と葉月、雪乃と春香、海夏と冬華でいることが多いから、僕と冬華の二人だけでの買い物というのはあまりないかもしれませんね。いつも良い子な冬華に、ご褒美に何か買ってあげようかと思ってね」
「秋桜お兄ちゃんが、きらきらの定規、買ってくれるんです!」
嬉しそうに冬華ちゃんは飛び跳ねて、秋桜さんの持っていたピンク色の可愛らしい定規を見せてくれた。どうしよう。
①可愛いですね ②欲しいですね
-ここも②を選んでしまうのですー
消しゴムやペンのように消費されるものではないし、筆箱のように目立つものでもない。
お揃いの定規、ありかもしれない。
「欲しいですね」
気付けば俺は、冬華ちゃんではなくて、神様にそう言ってしまっていた。
これだと冬華ちゃんの微笑ましさに言っているのではなくて、本気で可愛らしい定規が欲しいと思っているようになってしまう。
嬉しそうな冬華ちゃんにデザインの素敵さを、そして神様にはお揃いの定規という発想を、同時に伝えるのは難問みたいだ。
どうして同時に伝えようと思ってしまったのだろう。
「優しいおじさんも、この定規が欲しいんですか?」
「あ、うん、良いなぁ。俺も欲しいなぁ」
無邪気な冬華ちゃんにそう言われて、とてもいらないとは言えようもないので、笑顔でそう答えるしかなかった。
神様の視線が微妙に痛い。どうしよう。
①説明する ②諦める ③去ってもらう
-ここは③を選ぶことになりますー
そもそも神様と一緒に出掛けたはずなのに、秋桜さんと冬華ちゃんとばかり話している時点で、会ったのは偶然とはいえ、彼女は不機嫌なことだろう。
彼女は雪乃さんすら知らないのだから、話に入って来るのは難しいだろう。
そして秋桜さんも、まだ幼いというのに冬華ちゃんも、とても綺麗な顔立ちだ。
注目の的であり続けるべき神様としては、不機嫌になる要素ばかりである。
「それじゃあ、二人とも、雪乃さんによろしく伝えておいて下さい。それと、普段から真面目に勉強をするように、冬華ちゃんが注意してあげるんですよ」
「はーい!」
話を強制終了して、二人のところから立ち去る。
元気に返事をする冬華ちゃんの声を後ろに聞き、それなりの距離を取ってから、俺は神様へと向き直った。
案の定、いかにも彼女は不機嫌そうである。
「まずだれよ。雪乃とか言ったっけ? その人からして、ワタシは知らないんだけど~。何、どんな美少女なの? キミと仲が良いくらいだし、兄妹があれなんだから、どうせワタシなんて比べものにならない美少女なんだろうね~」
黒いオーラが漂っていそうなくらい、神様には迫力があった。どうしよう。
①紹介する ②誤魔化す ③逃げる
-ここは①を選ぶとしますよー
どうやら神様からの印象は悪そうだけれど、彼女も雪乃さんに実際に会ったなら、そんな感情はなくなるに違いない。
超絶美少女でありどこからどう見ても絶世の美女である雪乃さんだけれど、写真で見るんじゃなくて、実際に会って会話をしたら、神様と仲良くなれると思うんだよね。
本気で、本当に仲良くなって欲しい。
神様と雪乃さんのツーショットが見たい!
「学校でなら、会いに行けば必ず会えるだろうけれど、次に登校する日って言ったら、かなり先になっちゃうもんね。今度、一緒に雪乃さんの家へ行かない? どうせ宿題をやらないだろうから、宿題を教えに行くってことであれば、一緒にも行きやすいでしょ」
「え、名前も知らない子の家に、宿題を教えに行くって何それ難易度高すぎるよ~。ワタシには難しい~」
神様の反応は当然のものだろうが、俺だってコノちゃんだって、ほぼ初対面みたいなものだったのに、突然家へ行ったのだ。
嘘吐きでも上辺だけでも、コミュ力のある神様なら問題ないに決まっている。
問題があるとすれば、そのことをどうやって神様に伝えるかだ。




