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俺の言葉は、松尾さんも十分に理解していたことだったらしく、相槌を打ち大きく頷いた。
深呼吸をして、そうしてまっすぐにこちらを見る。
「ワタシたちの関係の嘘を認めてしまったら、ワタシは、ワタシの全ての嘘を受け入れなくてはいけないことになる。やっぱりワタシは嘘吐きになっちゃうんだ。もうマツリちゃんも、ワタシの言葉を信じてくれないのに、そうしたら、またワタシは何も言わないようにしなくっちゃならないのかな」
彼女の呟いた言葉の、半分は俺には理解が出来ていなかった。
祭ちゃんから聞いた話とも合わせて、どういうことか咀嚼しながら松尾さんの話をよく聞く。
適当だと思われる、そんな言葉で終わらせるわけにはいかない。
「どうしたら、嘘を吐かないでもいられるのかな~」
悲しそうで苦しそうで、けれど笑顔にも見える。
俺を覗き込む松尾さんの瞳に映っている色が読めなかった。どうしよう。
①自信を持つ ②気を付ける ③無理
-ここは③を選ぶみたいなのですよー
嘘を吐かずにいられない。自分は嘘吐きである。
そう松尾さんは悩んでいたのだと、彼女本人からも、祭ちゃんからも聞いた。
嘘を吐くのが辛いのに、後悔するくせに、つい嘘を吐いてしまうのだと。
だから嘘が嘘でなくなるように、全てが信じるであるという嘘を真実にした。
相当悩んでいたのだろう。
普通では考え付かないような、こんな考えに至って……ましてや実行してしまうほどに、彼女たちは悩んでいたのだ。
嘘くらい、だれだって吐くものだろうに。
「きっと、嘘を吐かないでいるというのは、無理なのだと思います。けれどそれは松尾さんだからじゃなくて、他のだれにも、人間だれだって、嘘を吐かずには生きていけないでしょう。俺だって、嘘くらいいくつも吐いています。それに思い悩む松尾さんは、人が好すぎるのではありませんか?」
ここまで言っても、まだ松尾さんの瞳は小さく揺れるばかりで、自分を認めようとはしない様子であった。どうしよう。
①強くなれ ②俺が守る ③両方
-両方があるのなら両方でしょう、③ですー
可愛くて、優しくて、性格も良いのだということがわかった。
欠点があるように思えないのに、どうしてここまで自信がないのだろう。
そこまで気にするほどに、”嘘吐き”だったのだろうか。
仮面を外した松尾さんの姿に、嘘などあるようには思えないのに。
「まずは自分のやりたいようにして、自分に正直になることです。そうすることにより出てしまった嘘で、嘘吐きなどと呼ばれたならば、じゃあお前は嘘を吐いたことがないのかと、言い返してやれば良いのです。それくらい、強くなっても、……良いのではないでしょうか?」
不安なのか動揺なのか、小さく揺れるだけだった松尾さんの瞳が、大きく見開かれた。
俺の言葉に驚いているようである。
「でも~、そんなことしたら嫌われちゃうよ。正直者にはなりたいけど、ワタシはワガママだから、嫌われたくはないの~」
「そんなことで嫌われません。むしろ、そんなことで嫌うような人なら、その人がそれまでの人だったのです。それまでの人に好かれるために、自分を偽る必要などない!」
嫌われたくない。そんなの、当然だれだって思っていることだ。
そう願うことの、どこがわがままなものか。どうしよう。
①抱き締める ②叱る ③手を握る
ーなんとここでは①を選びますー
元から嫌われている俺とは違う。
努力して、今の立ち位置にまで登り詰めたものだから、そう簡単に割り切ることが出来るはずないということだろう。
今までの努力を、一瞬で水の泡にすることになってしまうのだ。怖いに決まっている。
だから安心させてあげようと思ったのか、自分でも理由なんてわからない。
考える前に体が動いていて、気付いたら俺は松尾さんを……抱き締めていた。
「えっ?」
「強くなってください。それでも、一人じゃ耐えられないと思ったら、人を頼るのです」
幸い、突き飛ばされるようなことはなかった。
子どもをあやすように、背中を撫でていると、嗚咽が聞こえてきたのだ。
顔が見えないから、反対にこの方が泣きやすいのかもしれない。
「でもっ、でもぉっ、だれもワタシなんて助けてくれないわ。頼る人なんていない。マツリちゃんは、本当のワタシの友だちじゃない……。もう、友だちなんていないもの」
可哀想に。松尾さんが祭ちゃんを想う気持ちが嘘でないように、祭ちゃんが松尾さんを想う気持ちも嘘ではないのに。
それにも気付いていない。
助けてくれないだなんて、そんなはずがない。
松尾さんに頼る勇気が出たなら、それに応えない人なんて、いくらだっているのに……。どうしよう。
①だれでも ②俺が ③祭ちゃんなら ④だれも
-ここで②を選んでしまいますー
助けてくれる人くらい、いくらでもいる。
頼る力があったなら、それを助けずにいるほど、冷たい人ばかりではない。
そう言って、安心させてあげるべきだったのはわかっている。
けれど俺の欲が出てしまって、最低にもこんなことを言ってしまっていた。
「少なくとも俺は、松尾さんが頼ってくれたなら、いつだって全力で助けますよ。ほら、これで最低でも一人は、素の松尾さんで頼れる人がいるわけではありませんか」
ここにきて、松尾さんに頼られたいだなんて、醜い私欲に駆られてしまっていた。




