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「どうして自分のクラスを通り過ぎていったのですか? あんな綺麗な女性の隣で、何をなさっているのですか? ストーカーの予行練習ですか? それとも本番ですか?」
教室に入り用意まで済ませ着席すると、驚くほどに堂本さんからの質問があった。驚くほどにと言うより、驚いた。
だって堂本さんの方から、俺のことを尋ねてくるとは思いもしなかったんだもの。
オタク仲間として、あくまでもその程度の興味しか持っていないだろうと思っていた。
彼女が好きなのは俺ではなく、俺がプレイしているゲーム。そうとはわかっていたから、妄想だけを広げていた。
それなのに、俺自身に興味があるかのようなことを彼女はしてくるのだ。
大人しくて優しい。ほとんど知らなくても、それくらいのことはよく伝えてくれる。それほどまでに、彼女は内気で優しい少女なのだ。
そんな彼女が怪訝そうな顔をしてこういろいろと訊いてくるのは、俺が好きとしか思えないだろう。嫉妬して怒っちゃっているんだ、そうに違いない。
妄想乙? そんなこと言わせないから。どうしよう。
①答える ②答えない ③会話する
ー普通に①で良いのでしょうかー
堂本さんが本当にその質問の答を求めているのかはわからないが、とりあえず全てに返答しておくことにする。
おかしなことを言って拒絶を受けるくらいならば、質問に答えておいた方が、後で彼女のせいに出来るから……。
自分の性格の悪さは、もうわかっていたことだもん。今更、なんとも思わないさ。
「自分のクラスを通り過ぎたのは、ただ気付かなかっただけです。綺麗な女性は偶然会ったから、他愛のない話をしていただけです。ストーカーの予行練習とか本番とか、断じてストーカーではありません」
まるで浮気の言い訳をしているかのような気分だった。
だけど堂本さんの方から質問してきているんだから、変な空気はちゃんと回収してよね。
俺、悪くないから。無邪気に素直に、子供のような素直さで、質問されたことに正直に答えたというだけ。
堂本さんが望んでいた答えがあったんだとしても、それを俺は知らないのだから。
自分の気持を正直に答えたんだ。事実を伝えたんだ。
なんとかそうして自分を庇おうとするけれど、やはり二人の間に流れる空気に耐えかねた。
「そうですか。ストーカーでないなら、それで大丈夫です。心配だっただけですから。疑ってしまってごめんなさい」
しばらく沈黙が続いて、心が折れそうになっていたところ、堂本さんが可憐な笑顔を浮かべてそう言ってくれた。どうしよう。
①見惚れる ②微笑む ③目を逸らす
ーここは③しか選べないのだそうですー
彼女のその美しい微笑みを前に、微笑み返すことも出来ず、俺は目を逸らしてしまった。
本当に美しくて、それは堂本さんの心を映す綺麗な笑顔なのだろうと思った。
「それで、偶然会ったとはどういうことでしょう! 今は時間がありませんから、昼休みにまた詳しく問い詰めさせて頂きますね!」
まだ話は終わっていなかったようで、興奮気味に堂本さんはそう言ってきた。
それは提案や約束ではなく、決定事項であり確定としか思えない言い方。
普段の彼女の様子からは考えられないことだが、命令とも言えるのではないだろうか。どうしよう。
①承諾 ②拒否 ③無視
ーここは①としましょうかー
彼女がそうしたいと思っているのなら、それはそれで構わないかな。
俺は何も悪いことをしていないし、問われて答えられないような行為に及んだ覚えもない。
それだったら、昼休みに話す話題を先に決められたとして、自然と会話へと持ち越せそうでいいじゃないか。
これはつまり、昼休みに堂本さんと一緒に過ごすことが、確定したということでいいんだよね。
「わかりました。待っています」
その程度の答えしか返せないけれど、あまり長々しく言うより良いかな、と俺を納得させる。
どんな話題にしろ、堂本さんの方からともに過ごす約束をしてくれたんだ。
そして迎える昼休み。
「わあ、手作り弁当ですか? 男の方ですのに、そういうのって魅力的だと思いますよ」
弁当を食べながら取り調べは行おうと、そう決まったのだが、弁当箱を開けた途端に堂本さんは感嘆したようにそう言ってきた。
彼女に限ってないと思うのだけれど、多少それは馬鹿にしているようにも聞こえる。
一目見て、俺が作ったとわかったのはどうしてなんだろう。
それはきっと、この雑さと料理ではない感じからだろうね。どうしよう。
①喜ぶ ②憤慨 ③照れる
ーそれでもここは③になってしまうのですー
購入した弁当と間違えることはないだろうけれど、普通だったら母親が作ったものだと思うだろう。
それなのに俺が作ったと決め付け、そうして褒めてくるなんて、弁当の悲惨さを嘲笑っているとしか思えない。
そんなことも思ったものだが、やはり褒められて悪い気はしない。
男は単純な生き物だな。
罠とわかっていながらも、欲望のままに罠に嵌ってしまう男も、きっとこんな気持ちなんだろう。
「魅力的か、ありがとうございます。女の子に褒められることないから、もう……勘違いしてしまいそうですよ。堂本さんも、少しは自覚して下さいよ」
照れながらそう言った俺に、堂本さんも照れたようなはにかみを向ける。
「今更、女の子とか言われてもこっちはキュンとしませんよ。話を逸らさないで、大人しくあの美少女の情報をコノに下さい」
堂本さんの目的はそこだったのか。嫉妬してくれたんじゃないか、という妄想は音を立てて大きく崩れ落ちた。
そりゃそうだよね。
あの並びだったら、俺じゃなくて美少女に興味をもつだろう。
でも情報を下さいと言われても、俺だって与えられるほども知らないからね。




