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この様子だと、松尾さんの父親その方で間違えないのだろう。
「えっと、初めまして、〇〇です。その、本日は、どのような……?」
名乗ったは良いが、続きがない。
緊張が隠せなくて、声が小さくなっていってしまう。どうしよう。
①逃亡 ②開き直る ③耐える
ーここは③を選びますー
どうして俺がこんな目に遭わなければならないんだよ。
そりゃ、松尾さんの家にやってきて、それで彼女の父親にまで会って、それは喜ぶべきことになるのかもしれない。
だけどこんなの心臓がいくつあっても足りない。
「うむ、君がそうか。クリスの結婚相手というのが、どういう男であるのか、早いうちに見ておきたく思ったのだ。悪い人ではなさそうだが、いくつかの試練を与え、そうだね……試験を受けてくれたまえ」
「結婚相手ぇっ?!」
驚きで思わず大声を出してしまって、慌てて両手で口を押さえる。
気になるところがいくつかあるのだけれど、一体この人は何を言っているのだろう。
松尾さんだってどうして否定をする気配がないのだろう。
全く状況が読み込めないんだけど、どういうわけなのだろう。どうしよう。
①話を合わせる ②尋ねる ③話を見る
ーここは②を選んでおきましょうよー
どうにか合わせようとしたって、こんな設定に着いて行けるはずがない。
少しも覚えがないことなのだし、試練とか意味がわからないし。
「何を言っているのですか? 俺が松尾さんの結婚相手とは、どういうことなのか、というかどうして松尾さんも何も言わないんですか」
「……え?」
「……ん?」
不思議そうな顔で、松尾さんも、父親と思われる男性もこちらを見ている。
素っ頓狂な声。何を言っているのか、本当にわからないといった様子だ。
どう考えても、それは俺の反応だと思うんだけど! どうしよう。
①呆然 ②逃亡 ③叱咤
-ここは①になりますかねー
もう呆然とするしか出来なかった。
逃げ出そうというのも難しいし、怒った方が良いのかもしれないけれど、怒ろうという気もしないし。
だからもう、呆然とするしか出来なかった。
どうしようもないと思わない?
この状況を呑み込むことが出来る人がいたとしたら、その人のことを俺は全力で尊敬する。
「俺は松尾さんの、ただのクラスメートであって、それ以上でもそれ以下でもありません! それ以外のなんでもありませんから! というか、俺よりも松尾さんのことが好きな人、もっとずっといっぱいいるに決まってるのに、どうして俺なんですか?」
開いていた口を閉じて、言葉をどうにか纏める。
纏まりきりはしなかったけれど、俺としては頑張った方だろう。
「え、それってつまり、全部ワタシの勘違いだったってこと? 勝手に一人で舞い上がって、なんだかすごい、可哀想な子みたいじゃん。ゴメン、こんな自意識過剰のことなんて、嫌いだよね」
いつもの明るい口調はどこへやら。悲しそうに告げる。
もしかしてこれ、やっぱり怒らせているってことか。ワタシのこと嫌いかなって、以前に尋ねられた覚えがあるもん。
根に持ってたってことかぁ。どうしよう。
①謝る ②肯定 ③否定
ーここでなんと②を選ぶのですー
試練を与えたい、それだけのことなんだよね。
いろいろあって結論はそういうわけなんだ。
「嫌いとは言いません。嫌いではありません。けれど、もし本当に俺のことを結婚相手だと思って、実際に舞い上がったのだとしたら、それはとんだ勘違いですね。間違っても、そういった勘違いをさせるようなことをしたとは思えないのですけれど、どうして松尾さんはそのように思われたのです?」
ここまで言えたことに、自分でも驚きである。
どうせ何をしたって殺されるんだから、それならいっそ、はっきりと言ってしまおう。そう思ってのことだった。
恐る恐る松尾さんの方を見てみれば、彼女もこちらを向いて、目が合う。
その表情は、無、だった。
「ほらね、面白い子でしょ。他の子たちみたいに、ワタシの顔立ちや髪に興味を持って、雰囲気に誤魔化されて、美少女と洗脳されて、それで……馬鹿みたいにご機嫌取りするようなことがないの」
「実に、面白い子だね。…………む、少し席を外すから、二人でよく話し合っておきたまえ」
八方美人な松尾さんが素の姿だとか、そんなことは最初から思っていない。
裏があるだろうとは思っていが、こうして目の前で見せられると信じられない。
普段の姿からは想像も出来ない、震え上がるほど冷たい声だった。
父親らしき男性が部屋を出て行ってしまい、困ったことに松尾さんと二人きり、更に沈黙である。どうしよう。
①進む ②止まる ③戻る
-ここで①を選んでいきますー
もうとっくに、引き返せる場所を過ぎてしまっている。
それなら行けるところまで行って、拷問でもなんでも受けようじゃないか。
怯えたって後悔したって、何もかも今更なんだから。
「ファンクラブまで作って、チヤホヤして、尽くしてくれる人たちのことを、馬鹿みたいだって思っていたのですか?」
影の松尾さんが出てきたということは、きっとここにファンクラブの目はないということなのだ。
その認識は、恐れるものを一つ減らしてくれた。
「だってそうじゃないの。外見からして、純日本人とは思えないでしょ? 見てのとおりって感じかな、ワタシはハーフなの。お母さんがイギリス人よ~。日本では目立つに決まっているわ。物珍しいから近付いて来て、わかりやすいぶりっ子で、ちょっと優しくしたら簡単に落ちた。これを馬鹿みたいって言わなくて、なんだって言ったら良いの~? 正真正銘の馬鹿だからみたいじゃないって?」
冷めた物言いであった。
この中で一つ意外なことを挙げるとしたら、本人も言っている”わかりやすいぶりっ子”の一環かと思った彼女の話し方は、本人の素だったというところだろうか。




