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いつか、松尾さんのことを彼女にしたいだとか、そんな大それたことを言えるくらいに、俺は自信を付けられるのだろうか。それほどのリア充になれるのだろうか。
それはわからないけれど、少なくとも今は、そうじゃない。
「つまり履歴から辿って、松尾さんの携帯電話の番号を手に入れられた、ってそういうことですね。へへへ」
下手な演技をしたせいで、疑われてしまっただろうか。
嘘くさい笑いなんて、入れなければ良かったかな。
とはいえ、これだけデレデレすれば他のファンと同じことだろう。どうしよう。
①電話を切る ②返事を待つ ③話をする
-ここは②を選びましょうー
どう思われたが怖くて、何を言われるのかが怖くて、今すぐにでも電話を切ってしまいたかった。
けれどこちらから電話を切ることは許されない。
そんなことをしてしまったら、先程の努力が無駄になってしまう。
頼む。早く電話を切ってくれ。
美少女との電話は幸せだし、彼女の方から掛けて来てくれて、かつ切らずに会話をしてくれるというのは、最高に嬉しいことだと思う。
だけど怖いんだって!
『そういうことになるね~。でも別に、電話番号くらい、直接ワタシに聞いてくれたら教えてあげるのに~。シャイで可愛いんだから』
嫌がっている色など少しも見せない、予想外の回答を松尾さんは返してくれた。
どうしたって、この人は電話を切るつもりはないらしい。
『あっそういえばなんだけど、今、暇だよね? 絶対、暇でしょ?』
完全に決め付けているのが微妙に癪だ。
そして暇かどうかの確認をするのは、最初にするべきことだと思う。
「お時間大丈夫ですか?」と。じゃなくても、クラスメートだって、「今電話大丈夫?」くらいは言ってもらいたかった。
それなら最初の時点で、予定があるって断れるのに。
松尾さんのファンに調べられて、嘘だとバレても恐ろしいから、予定があるとではなくても、充電がないと言えばその場で断れた。
今更だろこれは。どうしよう。
①暇 ②暇じゃない ③文句
-ここも②を選びますよー
予定があるから、急いでいるのだとは言えまい。
ここまでゆったりと会話してしまっているのだから、そうは言えないけれど、暇だとも言いたくない。
「暇ではありません」
机の上に広げられた勉強道具に目をやる。
飽き始めていたとはいえ、今は宿題をやっている途中だったのだ。
つまりそれは暇だと言えないということ。
『嘘だ~。ワタシの家に来てもらおうと思ったのに~。今日もマツリちゃんは部活なんだもん、頼れる人は、一人しかいなかったのになぁ。ワタシ、友だちがあまり多くないからさ~』
本当に寂しそうに聞こえる声で、彼女は笑った。
演技なようにも思えたし、本心のようにも思えたから、俺の感情が迷子になりそうになっていた。
だって俺は、彼女の言葉を信じようとせず、最初の最初から嘘だって。彼女が何かしたわけでもないのに、全部、勝手に嘘だって。
靡かないから、俺なら友だちになれるかもしれないって、本当にそう思っただけなのかもしれない。
陥れるようなことされたこともないし、彼女がそんなことをする理由がない。
訪れてしまった沈黙に、そう思わずにはいられなかった。どうしよう。
①話を聞く ②話をする ③電話を切る
ーここは①を選びますー
俺が彼女を疑った理由とは、なんだっただろう。
これほどの美少女が、俺なんかと話をしたがってくれるはずがない。そういったことだった気がする。
松尾さんのことほとんど知らないのに、見た目だけで判断したんだ。
「どうして家に来てもらおうなどと思ったのですか? 暇ではありませんけれど、理由によっては、暇にすることも出来ますよ」
『ホント? あのね、迷惑だってことはわかっているんだけど、……お父さんが呼んでって言ってるの』
雑用を頼まれると思っていたし、大将の肉体労働を覚悟していたのだが、理由がかなり謎である。
父親が呼んでいる? なぜ?
呼ぶ理由の前に、どうして松尾さんの父親が、俺のことを知っているのだろうか。
何か呼び出しされるような、卑劣なことを松尾さんにしてしまっただろうか。
内容を聞いてから断ってしまったら、……殺される。どうしよう。
①すぐに行く ②行く ③行かない
ーここは②となりますかねー
走って、すぐに向かうしかない。
でも松尾さんの家がどこかだなんて知らないぞ。
まずは落ち着こう。落ち着かなければ始まらない。
「え、えっと、行かせて頂きます……。それで、これは下心とかではなくて、今すぐ向かいますということで、家の住所だけでもお教え頂けると……」
家の住所なんて聞いてしまったら、更に怒らせてしまうだろうか。
しかし家の場所を知らされないままに、家への呼び出しなどどうしろという話になる。
答えはあるのか? どこにも答えが見当たらない。
『迎えを向かわせるから、家で待っててくれて大丈夫だよ。来てくれるの? もう、なんか、ゴメンね。家の住所をお願い、あと出来れば、家の外で待っててくれると嬉しいかな~。黒い車が来たら、それがお迎え。たぶん、松尾家の者だって名乗ると思うから、そうしたらその車に乗って来て』
「了解です」
そう答えると、プツッと電話は切られてしまった。




