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呼び方のことだって、何か他のものと言うだけで、自分からは案も出さない。
挙句の果てには、今すぐ実行する自信はないだなんて。どうしよう。
①撤回 ②強引に ③慎重に
ーここは③になってしまうのですー
もっとすぐに答えを返してくれると思っていたのに、思いの外、祭さんが悩んでいるようだったので、俺は自分の発言を撤回してしまいそうだった。
俺にとってしてみれば、ヘタレなこの確認さえも、勇気を出したものである。
なのだから、怖くなってしまっていけなかった。
自分にとっての友だちが、理想論となっていて、本当の友だちというものから遠ざかってしまっていただろうか。
不安になってしまって、祭さんの反応を見る。
「お前ぇの方から言ってくれるなんて、あたしは嬉しいぜ。ずっとあたしもそう思ってたんだよ。なんで、同じクラスなのに、敬語なんて使ってんのかなぁって。呼び方も、花空さんから祭さんになったから、マシなのかと思ってたけど、やっぱそうだよな!」
表情が曇っていたように見えたが、そんなのは見間違えだったのかと思うほどに、彼女は明るく笑う。
そういえば、修学旅行の予定を立てているときだったか、愛称で呼んでくれと言っていた。
それだけ前から彼女はそう提案してくれているのに、今更になって、俺は何を言っているんだか。どうしよう。
①愛称で ②呼んで欲しいように ③今までどおり
ーここでは②を選びますよねー
傷付かないよう、自分を守ろうとする意識が、あまりにも大きい。
客観性を持ち合わせていない、本人の目から見てもそう取れるほどだ。
「それで、祭さんはどのように呼んで欲しいのですか? 物凄く恥ずかしいとかじゃない限り、祭さんが呼んで欲しいように、俺は呼ぼうかなと思うんだけど」
呼ばれる側の彼女がどう思うか不安だから、最初から本人に聞いてしまおう。
そうだ。これもまた、臆病な俺の自己防衛だったのだ。
被害者になってしまうのは恐ろしいことだけれど、加害者になってしまうことは、より恐ろしいことなのだから。
だから俺は、彼女に嫌な思いをさせないようにと、祭さんを口実にした。
「おう。そう言われると、悩むなぁ。別にあたしは、祭ちゃんとか、そんな感じで良いからさ。特別どう呼んで欲しいとかじゃなくて、さんだと、距離があって嫌かなって思うだけ」
祭さんが祭ちゃんに変わるだけ。そこまで高いハードルじゃないだろう。
半ば言い聞かせているようなところもあったが、俺は頭の中で繰り返す。
祭ちゃん。さんがちゃんになるだけ。ハードルは低い。
何度もそう繰り返して、彼女の方を向き直る。どうしよう。
①祭ちゃん ②祭さん ③その他
ー僕は③が気になりますが、ここは①ですー
愛の告白をしようっていうんじゃないんだ。何をこんなに緊張しているんだ。
ただ、名前を呼ぶってだけだ。
「祭ちゃん。これで、良いかな?」
「おー! 良い! それ、なんか良い!」
良いかなってどういう意味だよ、自分でツッコみたかったところだが、どうやら祭ちゃんはそれで良かったらしい。
興奮気味に立ち上がって、なぜか絶賛だった。
俺としては、何を絶賛されているのか、さっぱりわからないわけだが。
「これからちゃんと祭ちゃんだからな。ここでだけとかじゃなくて、学校でもだから。わかったな!」
なぜか念を押してから、祭ちゃんはにっと笑った。
彼女の笑顔に可愛いと思ってしまうけれど、コノちゃんに隠す必要のない感情だ。もう恋人ではなくなってしまっているのだから、どんな感情も、隠す必要はなくなってしまったけれど。
そういうことではなくて、どう表現したら良いのだろう。
幼稚園生の男の子を相手しているような、元気いっぱいで可愛いなって、そういうイメージ。
一応、言っておくけど、断じて俺はショタコンじゃないからな。
ロリコンはほんの僅かとはいえ、要素がなくはないから、男の子に変えたんだというくらいショタコン要素は全くないから。
とにかく、見惚れるあの笑顔とは違って、素直に可愛いと感じたのだ。どうしよう。
①本人に言う ②目を逸らす ③写真を撮る
ーここはなんと③を選ぶのだそうですよー
自分でも驚くことに、携帯を取り出して写真を撮ってしまっていた。
「え、急に何してんの?」
予想外の行動をするにしても、限度というものがあるだろう。口を開けたままの彼女は、表情からそう物語っていた。
たぶん、逆の立場だったら、俺もそうなるだろう。
けれど作り笑顔とは全く違う、彼女の笑顔を、写真に収めておきたいと思ったのだ。
そうすることでしか、俺は本当の笑顔を覚えてはおけないからなのかもしれない。
作られて、貼り付けられた表情の方が、わかりやすく顔にくっ付いている。
だからどうしても、そちらの方を覚えてしまうだろう。
そんな俺だからこそ、彼女の笑顔を見たときに、このまま残しておきたいと思ってしまったのだろう。
そのためには、彼女に許可を取る暇なんてなかった。
写真を撮っても良いかと、確認をしていたなら、レンズに映る頃にはもう作り笑顔に変わってしまっている。
俺が欲しい表情とは、異なるものになってしまっている。
惜しかった。記憶で撮るだけじゃ、惜しかったのだ。どうしよう。
①説明する ②適当な理由を ③何も言わない
ーここは②を選ぶんですってねー
本当の理由を言ったところで、きっと伝わりはしないだろう。
「いや、祭ちゃんが可愛かったもので、つい写真を撮っちゃってたよ。いけませんでしたか?」
真実だというふりさえせずに、少しは彼女を見習えと思うほどに、完全なる作り笑顔で俺は告げた。
可愛かったから、だなんて。




