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覚悟はしていたけれど、本当に彼女を傷付けてしまったとなると、俺のメンタルにも来るところがあった。
もしかしたら、途中から彼女は何を言っても大丈夫なのだろうと、ポジティブさを誤解して、勝手に思ってしまっていたのかもしれない。
そんなはずはないというのに。どうしよう。
①肯定 ②否定 ③逃亡
ーここは①を選ぶしかありませんー
放り出してしまうのは、あまりに無責任だろう。
ここまで来たのだから、それなら最後まで、全てを伝えてしまう他ないのだろう。
中途半端というのは、何よりも傷付けてしまうだろうし、進展させることも出来ない。
どうせ、十分に彼女を傷付けてしまったんだ。
最終的に彼女のフォローまで出来たら良いんだけれど……、俺には無理だな。
出来るのは余計なことをするだけだ。
「そうとしか思えません。実際に松尾さんの話を聞いたわけではありませんから、確実にそうとは言えないでしょうが、祭さんの話を聞く限りは、彼女の話には嘘が多く含まれています。間違えなく、わざと、嘘とわかっていて発したであろう嘘が」
「あぁ、そうかよ。どこからどこまでが嘘なのか、質問しようとも思ったけれど、こうまではっきり言われちゃ認めるしかないよな。あたしだって、さすがにわかっているよ。嘘を吐いていないのだと、信じていたのは本当だけれど、もし仮にクリスが嘘を吐いているんだとしたら、それを認めることが出来るのだとしたら……あたしにもわかるよ」
返ってきた祭さんの言葉は、彼女らしいと言えるものではなかった。
彼女のことをよく知っているわけでもなしに、彼女らしいなんてことを、簡単に俺なんかが言って良いものとは思わないけれど。少なくとも、俺が創造していた彼女の姿とは、違うものだったというわけだ。
松尾さんが嘘を吐いていることを、認めることが出来るのだとしたら。
詳しい事情がありそうな、どうにも察することすら出来ないような、祭さんの言葉であった。
そもそも二人の関係性というのは、どういうものなのだろうか。
友だちというにはどこかが歪んでいるように思えてならない。どうしよう。
①踏み込む ②避ける ③逃げる
ーここも①を選んでしまうのですー
躊躇いもありはするけれど、言ってしまったからには、最後まで言わなければならない。責任を持たなければならない。
自分にそう言い聞かせて、少し吹っ切れたくらいの気持ちで、俺はまっすぐ祭さんのことを見る。
普段の俺では出来ないほどに、逸らすことなく目と目を合わせる。
「あたし、クリスが嘘を吐くだとか、そういうことは全く思わない。全部、クリスの言っていることは全部、本当のことだと思ってる。それがたとえ、宇宙人がやって来ただとか、タイムマシーンを作っただとか、信じられないようなことだとしても、全部、全部さ」
何から尋ねていこうかと思っていれば、彼女の方から話し出してくれた。
話を最後まで聞いて、それで思ったところを、改めて聞き直せば良いだろうか。
二人のことをどうしたいわけでもないし、本人の幸せを想うならば、しなくても良いことなのだろうと思うけれど。彼女に疑いを持たせてしまったからには、最後まで嘘を暴いてしまおう。
特別、そういった趣味があるわけではない。
きっとここまでするのは、祭さんのことを想っているからでは決してなくて、シンプルに自分が、松尾さんの態度が気に入らないのだというそれだけのことだろう。
可愛らしい天使のような方だとは思うけれど、だからこそか、人を玩具にするような態度が俺は嫌だった。
正義感とは関係のないところで、嫌だと思えてならなかった。
「だってクリスは嘘なんて吐かない。嘘なんて吐かない。あたしの信じているこの事実が、存在しないものだとしたら、それさえも崩れ落ちてしまう、全ての最初からが嘘なのだとしたら。だったら、クリスの言葉は全て嘘、彼女の言葉の中に真実はないことになる」
告げる彼女の表情からは、もう悲しみが完全に消えているようだった。
残っているのはなんだろう。そこまではわからないけれど、笑顔でない祭さんというのは、表情の薄い祭さんというのは、激怒する姿よりも恐ろしいものであるように思えた。
明るい彼女にも闇があるのだと、祭さんが感じているほどのものではなかろうが、信じていたものが最初から崩れるという感覚を、少しばかり俺も味わっているような気分だ。
知られていない他人の面を知るというのは、それだけの責任を負うようで、臆病で逃げることに慣れた俺には難しいことだ。
けれど今は、今だけは。
彼女のことだけはと、そんな気持ちが俺の中にあるのだった。どうしよう。
①恋と名付ける ②興味の表れ ③責任感の延長
ーここは③になってしまうのですねー
抱えている責任感の、その延長上にあるものなのだろうか。
だれでも言えるような、ほとんど意味さえ持たないような、適当な言葉しか発しない俺だから、慣れていないのだというそれだけのことで。
そうだ。一瞬でも特別に思えてしまったのは、そういったことがあってのことだ。
彼女だから特別だということではない。
きっとそのようなことはあってはならない。
「どうして祭さんは、そこまで松尾さんのことを信じられるのですか?」
話が終わったのかはわからないけれど、一旦は話が区切れたようで、祭さんが黙ってしまったものだから、俺はそんな初期的な疑問を投げ掛けた。
前提をしっかりしておかなければ、見えるものなどあるはずがないからだ。
それに、これ以上を進むには、もっと慎重にならないといけないと思ったから。




