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夏休みまで予定はぎっしりとは言っていたが、予想以上のものだった。
彼女曰く、確実に一日中開いているのは、八月八日にまでなるとのこと。どうしよう。
①了解 ②もっと早く ③その日は無理 ④断る
ーここでいったんは②を選ぶのですねー
予定なんてないと思うから、その日に関わらず、俺は大丈夫だろう。
「もっと早く出来ないんですか?」
忙しいのだ、わかっている。
けれどそう言わずにはいられないじゃないか。
「ごめんなさい。私の都合に合わせてもらっちゃって、申しわけないと思います。いけませんでしたら、何か断っても良さそうな予定を断って、優先させても良いですけど」
申しわけなさそうにして、天沢さんはそう言ってくれる。
先に俺と約束していたなら、その日に予定を入れないようにしてくれるのは、まだわかる。
なのだけれど、元から予定が入っていた日なのに、それを断って俺と約束をしてくれようとしているのか?
なんとも嬉しいことだろうか。どうしよう。
①俺優先 ②大丈夫 ③行かない
ー普通に②ですよー
優越感は得られるだろうが、やはりそれでは悪かろう。
断っても良さそうな予定というのが、どの程度のものかわからないけれど、俺のわがままのために予定をずらしてもらおうだなんて。
ましてや断らせるだなんてこと、許されようがない。
「いえ、別に大丈夫ですよ。早く行きたいのは、どちらかと言えば、天沢さんの気持ちでありましょうし」
「そうなんですよね! 正直、優先したい気持ちは、私も強く持っています。でもとりあえずは決定ということで良いですよね。そしたら、勉強を始めるとしましょう」
天沢さんの教え方はわかりやすく、先生に教わるよりも、むしろ良いのではないかと思えるほどだった。
自分でも信じられないほど、集中して勉強をすることが出来、満足満腹で俺は家へと帰って行った。
「時間も遅いですし、どうせ二人とも一人暮らしなのですから、私の家に泊まって行っても良いですけど。そのまま、そういう流れになっても、私は構わないとすら思っているんですよ?」
冗談ではなくて、本気の顔で彼女がそう言っていたのが、どうにも気に掛かるけれど……。
いつものように遊んでいるという表情じゃなかったのだから、断って家に帰ったけれど、どうにも忘れられようはずもない。
どうして天沢さんはそんなことを言ったのだろう。
そのことで、翌日も頭の中がいっぱいだった。
超絶美女め。どう意識せずにいろっていうんだよ。
「随分と上の空だけど、どうかした? 何かあったの?」
鋭いもので、コノちゃんに指摘されてしまった。
でも彼女じゃなくても、俺に声を掛けるような人がいないというだけで、気付いてはいることだろう。
先生にも何度も注意をされてしまったし。どうしよう。
①本当のことを ②嘘を ③無視を
ーここでも②を選んでしまうのですよねー
出来ることならば、コノちゃんに嘘は吐きたくないと思っている。
しかしここで本当のことを正直に答えてしまって、コノちゃんを傷付けずにいられるだろうか。
ときには、嘘の方が傷付けることもなく、より優しくある。
「いや、ちょっと、寝不足でね。昨日はついつい、遅くまでゲームをやっちゃったんだ」
俺にしては珍しく、昨日はゲームを全くプレイしていない。
眠れなかったから寝不足ではあるが、原因はゲームではない。
「テスト前なのに、気を付けなくっちゃ駄目だよ?」
信じてくれたようでもあるが、まだ疑っているようでもある。
コノちゃんの微笑みに不安を覚えるのは、暑いからだけではなくて、嫌な汗を掻いているのは、隠しごとをしているせいだろうか。
自分がコノちゃんに知られてはいけないことをしていると、そう認識しているからだろうか。
俺は天沢さんのことを意識してしまっている。それどころか、彼女とのことを、コノちゃんに隠した。
堂々としていられなかった。
本当に悪いことはしていないと思うなら、もっと堂々としていれば良いのに。
今ばかりは、コノちゃんと一緒にいることが嫌に思えた。
どう転んでも、俺は彼女を裏切ってしまうことになるから。どうしよう。
①謝る ②逃げる ③誤魔化す
ーここで③を選んでしまいますー
隠せば隠すほどに、嘘が重なり、罪も重なるとは理解している。
それでも最初ならばまだ言えたことも、引き返せない場所になっては、素直に謝ることさえ出来なくなってしまう。
今が最後のチャンスだと思うのに、俺は照れたように笑う。
「勉強も頑張っているよ。雪乃さんも助けを要しているかもしれないし、コノちゃん、今度一緒に雪乃さんのところに行ってみようか。俺、コノちゃんと一緒にいられるの嬉しいし、だけど二人きりは、緊張しちゃって勉強にならないと思うしさ」
結局、天沢さんの名前を出すことは、一度もしなかった。
コノちゃんは、天沢さんのことをどこまで知っているのだろうか?
あれだけの美女だし、ファンがたくさんいるというのだから、一つ上の先輩だとしても、知っているものだろうか。
しかし天沢さんについて知っていればいるほどに、俺が彼女の部屋へ行ったり食事したりしていることは、思いもしないことだろう。
天沢さんがあれだけ気を遣っていれば、噂になることはあるまい。
ならばコノちゃんに知られることも、あるはずがないと考えられよう。
だけれど、隠れて天沢さんと会っているとなると、それは裏切り以外の何物でもないということになる。
雪乃さんのことは、全てを話したなら、笑顔で受け入れてくれたじゃないか。
独占欲が強いのだと言うコノちゃんは、隠さずに話して欲しいだけなんだ。本当に俺を縛っておきたいわけじゃない。
心配だから、信じられないから、不安だから、正直になって欲しいのだろう。どうしよう。
①謝る ②逃げる ③誤魔化す
ーそれでも③を選んでしまいますー
本当に友だちとして会っているだけ。こそこそしているのは、天沢さんに迷惑を掛けないようにするため。
実際そうなのだから、言ってしまえば良い。
説明してしまえば悪いと思う気持ちもなくなり、俺も楽になることだろう。
それなのに言えないのは、天沢さんとどうにかなりたいという希望が、俺の中にあるということなのだろうか。
俺が好きなのは、だれなのだろう? 俺を好きなのは、だれなのだろう?
訊ねられたらコノちゃんの名前が出るのに、他を意識してしまうのは、俺の意思の弱さのせいなのだろう。
だって嘘なんて吐きたくない、なのに、だから。




