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薄桃色の花びらに

作者: 砂糖いづみ

小説と詩の中間のようななんともいえないものになってしまいました。拙い文章ではありますが、優しい心で読んでいただけると嬉しいです。


その少女は、耳が聞こえなかった。


でも、その少女には、音が見えた。


その少女は、話せなかった。


でも、その少女は、美しい詩を紡いだ。







薄桃色の花が咲いた。


今年もまた、春が来た。







少女はある日、恋をした。


少女の住む町にやって来た、旅芸人の青年に。


その青年は、とてもきれいな顔立ちと、とてもきれいな歌声を持っていた。





少女には、青年の歌は、薄桃色の花びらに見えた。


ひらひらひら。くるくるくる。


青年の歌が空を舞う。


ひらひらひら。くるくるくる。


そして突然、ひゅんと消える。


少女は歌をつかまえようと空に手を伸ばす。


歌は細い指の間をすり抜ける。




少女には友達がいた。


たったひとりの友達。心優しい少年。


ふたりはいつも一緒にいた。


少年は青年を見て、きれいだと思った。


青年を見る少女を見て、きれいだと思った。


少年の胸は、きゅうっと痛んだ。


この感情の名前は、まだ知らない。




青年は少女を見て優しく笑った。


きみ、なまえは?


少女の鼓動がとくん、と跳ねる。


少女は答えられない。


少女には名前がない。


青年の声は花びらに見える。




青年は少女に語る。


今まで巡った町のこと。


少女の知らない夏の国。


少女の知らない冬の国。


少女の知らない海の色。


少女の知らない空の色。


青年のくちびるから花びらがこぼれる。





薄桃色の花びらが街にふる。





明日青年は町を発つ。


つぎのまちで、ぼくのことをまっているひとがいるから。


青年は手を振った。


さよなら、かわいいおじょうさん。


またいつか、あえるといいね。




これでいいのと心が問う。


これじゃあだめだと心が言う。


青年たちの別れの宴。


少女はこっそり席につく。


少女の周りの奇妙なすき間。




少年は少女を探す。


突然どこかへ駆け出してしまった少女を。


どうしてひとりでいっちゃうの?


怒りと焦りと寂しさでぐちゃぐちゃになりながら。


少年の足は宴に向かう。




薄桃色の花びらを踏みつけながら。




少女は想いを伝えようと口を開く。


わたし、あなたのことがすきなの。


でも、言葉は生まれない。


少女の想いは届かない。


だから、少女は詩を紡ぐ。


あなたのことを歌う詩。




少年は宴に着く。


少女を見つけて手を引く。


どうしてひとりでこんなところにきたんだ。


いっしょにかえろう。


少女は首を振って少年をにらみつける。


そしてもう一度青年を見つめる。


少年がはじめて見る少女の表情。


いつのまに、きみは。


そんなかおをするようになったんだい?




少女は立ち上がり、歌いはじめる。


あなたのことを歌う詩。




あなたの瞳は宝石のよう。


あなたの髪は星から紡いだ絹の糸。


その大きな手で私を撫でて。


そのくちびるで私を歌って。


あなたぜんぶでわたしを抱いて。




私を薄桃色の花びらにして。




少女の詩は届かない。


少女の詩は少年にしか聞こえない。


宴の喧騒の中。


こんなに美しい詩なのに。


こんなに健気な詩なのに。


少年は悲しくなる。


どうしてだれもきこえないの?


どうしてだれもきこうとしないの?


こんなにすてきなうたなのに!




そんなんじゃとどくわけないだろ!


少年は叫ぶ。


もっとおおきなこえをだすんだ。


もっとちかくへいって。


きみのすきなあのひとのめのまえにいって。




少女はびっくりしたように少年を見る。


そして青年の前に進み出る。


決意を小さな胸に抱いて。


少女ははじめて声を出した。




薄桃色の花びらを、小さな胸に抱いて。




わたし、あなたのことがすきなの。




宴は、静まり返りはしなかった。


少女の声は喧騒にかき消された。


青年は、優しく微笑み首をかしげる。


どうかしたの、おじょうさん。




あなたが、すきなの。




二回目は、もうない。




少女は首を振る。


青年が止める間もなく、少女は走り去った。




青年は少女の町を発つ。


少女の想いも知らないで。


少女の詩は届かなかった。


少女の声は聞こえなかった。




薄桃色の花はみんな散った。




少女は話さない。


青年たちの乗る馬車を見つめて、少女はきれいな涙をこぼした。


少女のかたわらに、少年が立っていた。




いっしょにかえろう。







それから何度も春が来た。




薄桃色の花は何度も咲いた。




少女と少年は大人になった。


二人は夫婦になった。


旅芸人の青年たちは、あれから一度もこの街に来ていない。


この街は何も変わらない。


少女は話さない。


少年は少女のかたわらに立っている。




何も、変わらない。





時々、少年は少女に問う。


きみはいま、しあわせ?


少女はにっこり笑ってうなずく。


やわらかい花びらのように笑う。


そうか、よかった。








そしてまた、春が来る。




薄桃色の花を連れて。




新しい家族を連れて。




〈Fin〉




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― 新着の感想 ―
[一言]  はじめまして、葵枝燕と申します。  「薄桃色の花びらに」、読ませていただきました。  少女の恋の叶わなかった物悲しさや、少年の伝わらない想いの悔しさの後に、大人になった二人の幸福感があって…
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