酔いどれ兎は恐れで安心する
「あちいなーおい」
「暑いですね」
「なんだかよ、毎年暑くなるのが早くなってきてる気がするんだが」
「同感です。はいではこれを」
「お! こいつは!」
「ええ、ではトビ、手伝って頂いてよろしいでしょうか?」
「がってんしょうち」
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ
*
「ふいー、こんなもんか」
「十分ですね。後は冷やしておきましょう」
「よしよし、じゃあ俺はどれにするかなー」
「私はこれで」
「お前、それほとんど味ねえだろ?」
「そんな事はありませんよ。程よい甘みと、素材本来の旨みを楽しめる最高の組み合わせですよ」
「ちょっとうまそうに感じてきた」
「まあ、私は濃い味が苦手ですからね」
「じゃあ俺はこいつで」
「では、いただきましょうか」
「へいへい」
『いただきます』
*
「かー頭痛ええ!」
「ちょっとキンキンしますね」
「ああーでも、やっぱり夏はかき氷だな」
「ですね。苺味はおいしかったですか?」
「最高だ。しかし、ラビ。みぞれとは渋いチョイスだな」
「おいしく頂きましたよ」
「いやー体がすーっと冷えていったな。おいしくて涼しくて気持ちもいいなんてすばらしいなかき氷」
「ええ、この時期はやはりこれを食べないとですね」
「風物詩、ってやつか。夏って感じがするよな」
「そろそろ風鈴の用意でもしましょうかね」
「いいな、おい。風情があるじゃねえか。しかし、夏か」
「どうしました、トビ?」
「夏の風物詩っていやいろいろあるが、やっぱりあれだろ」
「ああ。あれですか」
「そう、あれだ」
「やりますか?」
「やろうか」
「いいでしょう。後悔しても知りませんよ」
「お、言ったな? おめえこそ覚悟してろよ」
「自信ありですか。臨む所ですよ」
「よし、じゃあ決戦は夜に」
「はい、楽しみにしてますよ」
*
「おおーやっぱろうそくってのは雰囲気出るな、おい」
「本数はとりあえずお互い10本ずつで大丈夫ですか?」
「とりあえずは、そうだな」
「では、早速始めましょうか」
「よし、やるか。じゃあ先行は俺で」
「お願いします」
「始めるか。なんだか緊張するな。心なしか寒くなってきた気がするな」
「集まってきてる証拠ですよ」
「おい、やめろ! ったく……」
「おやおや? 怖いのですか?」
「なわけねだろ! じゃあいくぞ。これは、俺の友達の兎が体験した話なんだが――」
*
「そして最後にその雌兎はこう言ったのです。『その兎、こんな顔ではありませんでしたか?』 と」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ふっ。はい、これで私の分もおしまいです」
「ふへ、ふは、ふひ、ふほ」
「トビ、呼吸が乱れていますよ」
「っつはー! ああー怖かったー! おめえ、なんだそのクオリティの高さは! 怪談トークイベントでも開けるレベルじゃねえかよ!」
「褒めて頂きありがとうございます。でもトビもなかなか良かったですよ。特に、雄兎が小屋で待っててそれを雄兎が迎えに来る話とか」
「ああ、あれな。迎えに来た雄兎は実はもう死んでたっていうな。なかなか出来た話だったろ?」
「ええ、結構怖かったですよ」
「その割に一切リアクションねえよな、お前」
「感情表現が下手なもので」
「話し手からすれば、こんなにもやりがいのねえ相手もいねえぜ」
「それに比べてトビは素敵な反応ですよね。話し甲斐ありすぎて困るぐらいです」
「上から見下ろしてんじゃねえよ」
「いやでも、今年も豊作でしたね。夏の怪談バトル」
「これも風物詩だよな。夏といえば、怪談」
「ええ。しかし、なんとも不思議ですよね」
「ん? 何がだ?」
「いや、こういう事が習慣づいている事ですよ」
「どういうこった?」
「いやほら、我々もこうして怖い話をしたりするでしょ? 人間達もこういうの好きじゃないですか。怖い話とか、本とか、映画とか。夏は怖い物に触れたがるじゃないですか」
「ああ、あいつらもそうだな」
「わざわざ自分から怖いものに近付く感覚ってなんなんでしょうね」
「ああ、そういう事かい」
「自分でも不思議なんですよね。怖い物見たさっていう感覚が一番近い気はするんですけど、どうしてこんな事をしたがるのかっていうのを真面目に考えると、とても変だなって思うんですよね」
「そうか?」
「あれ、トビはそう思いませんか?」
「思わねえな」
「ほう。じゃあこれは、普通の感覚なのですか?」
「至極普通だと俺は思うがな」
「ちょっと聞かせて頂きたいですね」
「安心感だよ」
「安心感?」
「そうだよ。こうやってわざわざ自分から怖え思いをしたがるのは安心したいからなんだよ」
「怖いのに安心? よく分からないのですが」
「例えばよ、幽霊って怖えよな?」
「怖いです」
「化け物って怖いだろ?」
「怖いです」
「おめえ、会ったことあるか?」
「へ?」
「実際に、そういう怖い存在に会った事あるかって聞いてんだ」
「いや、ないですね」
「そういう事だよ」
「んん?」
「つまりな、どんな怖い話であれ、それは自分にとって現実じゃねえんだよ」
「ふむ」
「自分の身に降りかかった本当の恐怖じゃない。他人事の恐怖。だからいいんだよ」
「なんとなく分かってきましたよ」
「本物のバケモノに追い回されたかねえだろ? 幽霊なんかに憑かれたくねえだろ? あくまで娯楽なんだよ。怖かったーって話聞いた後にそんなものがいない現実があるから楽しめるんだよ」
「なるほど」
「ようは安心してえんだよ。悪夢と一緒だ。とてつもなく怖え夢を見て、ばっと目が覚める。その時どう思うよ?」
「あー夢で良かった」
「そういうこった。それと同じ感覚なんだよ。恐怖にわざわざ触れにいこうとするのは」
「でも、そうなると肝試しとかはどうなるのですか? あれは話でも娯楽でもなく、語られる曰くは別にして、実際に現実の恐怖に飛び込んでるではありませんか。それも同じですか?」
「同じだな。延長線上ではあるけどな」
「延長線上?」
「ああいうのは、何か起きようが起きまいが、とりあえず生きて帰ってこれりゃそれで十分なんだよ」
「ん?」
「例えば本当に何か奇怪な事が起きたとして、とんでもなく怖い思いをしたとしても、帰って来れればそれでもうオッケーなんだよ。怖かったなって言っていつも通りの日常に戻って、ああ平和なんだなって思えればそれでな」
「じゃあ全ては、怖がりたいのではなく、安心したいが為にって事ですか」
「スリルを求めたり、恐怖を求めたりってのはな、何事もない平和で穏やかな日常があるからこそなんだよ。そういった絶対的な安心があるからこそ、そこを飛びでようとしたりするんだ。でも、結局はそこに帰ってきてえんだよ。家と同じだ」
「帰ってくるとほっとしますもんね」
「でもたまに外に出たくはなるだろ?」
「はい。それと一緒なのですね」
「それを証拠に、怪談バトルが終わった今、俺は今とてつもない安心感に包まれている」
「私も先程までの恐怖が嘘のように穏やかです」
「いやー、しかし今年も怖かった」
「ええ。なかなかでしたね」
「さて、夏と言えばこれを忘れちゃいけねえ」
「お、それはもしや」
「おうよ」
「しかし、ちょっと詰め込みすぎではないですかね」
「何、別に一回きりってわけじゃねんだ。夏はまだまだあるんだからよ。出し惜しみはなしだぜ」
「そうですね」
「よし、じゃあ火とバケツの用意すっか」
「はいはい」
「夏ってのは、いい季節だな」
「かき氷に怪談に花火」
「祭りもあるしな」
「そうですね。ぷー太さんも楽しみにしてましたよ」
「タヌキのぷー太か? あいつ祭りの時はやたら酒飲んではしゃぎやがるからな」
「あ、そうだ。あれも一度してみませんか。流しそうめん」
「いいな! 自分達であれやった事なかったもんな」
「なんだかわくわくしてきますね」
「だな。ほら、こういう平和に戻って来れるから、安心して怖い話が出来るんだよ」
「そうかもしれませんね。ところで」
「なんだ?」
「さっきからトビの後ろにいる方、どなたですか?」
「……え?」
「ほら、後ろに」
「……」
「――」
「……はわわ」
「――」
「ぎ、ぎいいいやああああああああああああああああああああああ!」
「あ、すみません。トビが怖がるのがおもしろくて嘘ついちゃいました」
「……おめえが一番怖えよ」