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夢に響く歌  作者: 瑠璃
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優しい夢を┄


まただ。

夢の中でこの歌が聞こえると、追い立てられるような感覚に襲われる。

変化の無い日常がまた繰り返されるのか。



意識が少しずつ引き戻されて、目は徐々に光を感じ始める。

夢の中で遠く聞こえていた声が、やがてはっきりとした輪郭を持つ。



「愛しい我が┄あら」

誰かが僕を覗いている。

眩しい光にようやく目が慣れる頃、僕はようやく僕を見る人陰が母さんだと気付いた。


僕は思い通りにならない体をもがくように動かす。

母さん、母さん、必死に呼び掛けるのに、それらは「あぅ、うー」という言葉にもならない声になって放たれる。



「健ちゃんおはよー」

母さんが僕に手を伸ばし、その胸に抱き上げた。

「おはよう、健」

背後から父さんの声がして、大きな手が俺の頭を撫でる。


僕は赤ん坊だった。

母に抱き抱えられ、手の中に納まってしまうほど小さな体。

これまでの全てが夢なのか、今この瞬間が夢なのか。


でも、僕が生きてきた20年の月日が偽物だったとは思えない。

誰もいない水路で死んだあの記憶も。



母が僕の体を反転させ、父と対面させるように背中から僕を抱いた。

昔からあるピアノはやはり実家のいつもの場所に静かに立ち、蓋の閉まったその上には相変わらず父の仕事の書類が無造作に置かれている。


ふと一番上に置かれた紙に目が止まった。

『理想の子どもが欲しいあなたへ』

大きくそう書かれたチラシには、胡散臭い天使の絵と個人の体験談や何らかの料金表が載っていた。


『俳優Oさんのような顔の子供が欲しくて、100万円で“顔”をお願いしました。本当にそっくりな男の子が産まれて、感激です♪先生には感謝してもしきれません!』


記事の下には目にモザイクのかかった中年女性が赤ん坊を抱いた写真が載せられている。

チラシの〆にはこう書かれていた。

『理想の顔や性格、能力を持った子供が欲しい。そんな願いが綺羅先生の霊能力で叶うのです。妊娠中のお腹に手を当てるだけで、理想の子供に生まれ変わる。』


僕はこのチラシに見覚えがあった。

大学に進学する前、実家の郵便受けによく入っていたものと同じだと思う。

たぶん何かの宗教だろうけど、先生と言われる人の力で妊娠中の子供に親が望む特徴を与えるというものだ。

夫以外の男の子を妊娠した主婦が、子供の血液型を操作しようと何百万も注ぎ込んだ挙げ句失敗、出産と同時に不貞がばれ離婚に至ったために、詐欺で宗教団体を訴えるという騒動まで起こり、一時世間を賑わせていた。


当時壊滅状態にまで追い詰められていたという団体が、未だにこんなチラシを投函しているなんて。





もしかしたら。

僕は全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。


まさか…


「成功するかどうかは半々って話だったけど、どうなのかしら」

「確認の仕様がないからなぁ。健人分かるか?父さんと母さんだぞー」

両親が息を荒くして僕を覗き見る。

二人が満面の笑みを浮かべ、期待に胸を膨らませているのが分かる。


両親が“僕を作った”ことは間違いないように思えた。

言いようのない不安で視界が眩む。



目線の端にリビングと続きになっている和室が映る。

死んだ爺ちゃんや婆ちゃんの遺影が飾ってあった棚には、僕が知らない3枚目の写真が飾られていた。



あの日死んだ僕の意識は記憶の中をさ迷って、自分の日常をひたすらなぞり続けていたんだ。

子守唄は母の愛。

大き過ぎる母の愛。



『子育てが楽しくて仕方がなかったのよ。

あーもう!健ちゃんがもう一回お母さんの中に戻ればいいのに。』


口癖のように母が言っていた言葉を思い出す。


はいはいと呆れながら聞き流してきた言葉が凄みを持って脳を蝕む。

母は願いを叶えた。


ちゃんと考えようと思うのに、幼い体はこの短い時の間にも次の睡魔を覚えている。

次に目覚めたとき、僕の意識はどこにあるのだろう。



子守唄に目を覚まし、母に抱き上げられるのだろうか。



母の笑顔がベビーベッドに寝かされた僕に迫り、そっと頬にキスをした。



母の愛は海よりも深く、山よりも高い。


子供が可愛くて仕方がないって気持ちは、どこまではセーフで、どこからがアウトなのでしょう。


子供が傷付くことがあろうものなら、もう一度お腹に戻して産み直したい。

そんな思いも、あるのではないでしょうか。

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