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今日は何をする日だっけ。
そんな簡単なことが思い出せないままソファに腰掛ける。
少しの間ぼんやりして、ようやく思い出した。
あぁそうだ、学校へ行くんだった。
時計を見ると、針は7時過ぎを指していた。
授業は9時からだから、まだかなり余裕がある。
僕はゆっくり出発の準備をする。
朝ごはんの食パンをトースターに入れ、ケトルにお湯を沸かす。
焼けたパンにたっぷりのジャムを乗せ、紅茶を入れる。
再びソファに腰掛け、甘いりんごジャムのパンを頬張ると、それは何故か味がしなかった。
そういえばいつだったか、朝は味覚が鈍いと聞いたことがある。
熱い紅茶も、熱過ぎるのか味がよく分からない。
味気ない朝食に不満を覚えつつ時計を見ると、針はもう8時を回っていた。
甘味の無いパンを急いで食べ終え、熱い紅茶を諦めて家を出る。
下宿のマンションは2階立てで、僕はその2階の一番奥に住んでいる。
階段を下りながら辺りを見るけど、人影はない。
ゴミの日でもないからか、いつも立ち話をしているおばさん達も、今日は見当たらない。
駐輪場のたくさんの自転車から、なんとか自分のものを取り出すと、カゴの中に空き缶が入っていた。
「またか…」
僕はそっと呟き、誰も見ていないことを確認してからそれを横の自転車に移す。
そしてその場から逃げるように、力強く自転車をこぎ始めた。
―優しい夢…―
まただ。またあの歌が聞こえてくる。
頭の中で、微かに聞こえるくらいの小さな音で流れてる。
「…っ」
何かに追い出されるように、僕は睡眠から目覚める。
どうしてこんなに、苦しいんだろう。
この歌は、なんだ…?
夢の中で聞くこの歌は、思い出そうとしても思い出せない。
ついさっきまで口ずさめる程に知っていたはずなのに。
毎回こうして糸を辿るのに、それは遠い記憶の歌なのか、細い糸を辿るには深く潜り過ぎているようだった。
そして僕はまた名前を呟く。
沢村建人。
僕はここにいる。
いつものように時計を見る。
時間は7時過ぎ。
僕はいつものようにいつ着たかも分からないシャツを選び、顔を洗う。
鏡の中の痩せた男も、味のしないパンも、何も変わらない。
熱過ぎる紅茶も、少しもぬるくはならない。
家を出る。
自転車に乗る。
毎日がこうして繰り返されていく。