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―…に抱かれて―
歌が聞こえる。
どこから聞こえてくるんだろう。
遠くで誰かが歌っているような。
いや、違う。
これは僕の頭の中の音だ。
とても懐かしい、記憶の歌…。
眠りから覚めるか否か、そんな微睡みの中でこの歌が聞こえる日は、格段に目覚めがいい。
意識の覚醒が早いと言えば聞こえが良いけど、これは快適じゃない方。
心にじんわりと響く、淡い記憶を彷徨うような歌なのに、聞いていると追い立てられるように目が覚める。
まるで何かを怖がって、逃げているような感覚…。
そして今日も、僕はこの歌で目を覚ます。
「ん…」
体が重い。
手も、足も、目すら満足に動かせない。
鉛のような体に、やたらと冴え渡った頭。
真っ直ぐに天井を見つめた視線を動かすこともできない。
僕はふと浮かんだ言葉を口にする。
「沢村…建人」
固まってしまった喉が微かに震え、途切れ途切れの音が耳に届く。
沢村建人。僕の名前。
夢の中であの歌が聞こえる度、僕は起きるとこうして自分を確かめる。
大丈夫、僕はここにいると、自分に言い聞かせるように。
しばらくすると、強張った体が徐々に自由を取り戻す。
這うようにベッドから降りると、床に散らばった服の山が、足に絡むように雪崩を起こす。
寝そべったままその中の1枚を抜き取ると、山は形を失い、僕を隠すように崩れた。
ふと手の中のシャツを見る。
そういえば、昨日脱ぎっぱなしにしていたシャツはどこへ行ったんだろう。
もしかしたら、これがそれかも知れない。
けだるい体を起こすことに抵抗はあったけど、観念して立ち上がり周りを見る。
まるで絨毯のように床を覆う白地のシャツの群れは、その1枚1枚に違いがあるのかさえ分からない。
僕は少し考えたあと、諦めて手に持っていたシャツに袖を通した。
洗面所で顔を洗い鏡を見ると、中の男と目が合う。
水滴を滴らせ茫然と立つ20歳の若者。
端正な顔立ちに見合わずその体は細く弱弱しい。
僕は鏡の中の自分に少し笑って見せる。
男はそれに合わせて小さな笑みを浮かべたけど、その顔はすぐに生気を失った。
透き通るように色の薄い肌は、まるでその皮膚の下に赤い血が流れていないようにさえ錯覚させる。
僕は本当にここにいるんだろうか。
自分をこうして見るたびに、そんなことが頭を過る。