昼下がりの奇襲
草原探索2日目、この世界に来て6日目の朝だ。いつもは寝床を片付け朝食を食べたらすぐに出発だけど、今日は違う。カーに空から町を探してもらうのだ。
「カー、町を探して来てくれ。お前が頼りだ」
「くぁっ!!」
カーが空高く舞い上がり、弧を描くようにして飛んでいく。
ワイルドホースを狩りながら帰りを待とう。
皆が我先にと魔物に向かっていくので俺の出番はない。ヒマなので戦闘でも観察しよう。
まずは敵であるワイルドホース。見ている限りだと突進と足を揃えてくり出す後ろ蹴り、二種類の攻撃手段をもっている。競走馬とゆうよりは農耕馬のような筋肉質な身体つきで、毛の色は様々だ。一対一で戦うなら厄介そうだけど、複数で囲むように戦えば楽に勝てそうだ。
続いて仲間達。
前衛で戦っているのがララビィ、レイドッグ、ゴブ、リザルドの4匹。レイドッグが注意を引いて突進させる。それを跳んで回避すると今度は待ち構えていたゴブが足に攻撃、スピードが落ちたところでララビィとリザルドが追撃する。
後衛ではタランが糸を後ろ足に向けて放っている。
空中組みはコウとモリーがワイルドホースの首に噛み付いたまま離れず、ミツバが速度の落ちたお尻を針でつついている。
足への攻撃と糸と毒と吸血のせいで見る見る動きが悪くなり、足が止まると前衛後衛空中関係なくぼこぼこ。ワイルドホースはものの五分で倒された。
「くぁ~」
皮を剥がし終わったところでカーが帰ってきた。ワイルドホースを倒してから20分程経過している。戦闘よりも解体のほうが時間が掛かっているけど、剥ぎ取りナイフを使うよりは素材の面で効率はいいはずだ。無駄もないし。
適当にぶつ切りにして背負い袋にしまう。残りの解体は町に戻ってからにしよう。
「カー、町は見つかったか?」
「くぁっ!」
「それじゃあ案内してくれ」
「くぁ~っ!」
カーの先導にしたがって歩き出した。方向は森を北として南南東の方向、ゲームでは東の方から森に入った。同じ森ならだけど、歩いている間に大分西に来ていたようだ。それなら森を抜けるのに3日掛かってもおかしくは無いか。
お昼を過ぎて少し経った頃、ようやく遠くに外壁のようなものが見えてきた。カーの先導はもう要らないな。
「カー。降りて来ーい。ご飯にするぞー」
「くぁ~」
カーが降りてくるのを確認せずにさっさと飯の用意をする。お昼を過ぎてもカーが飛び続けたおかげで腹が切ない。
今日も魔物達は蝙蝠の肉だ。犬やリザード等の森に入る前に持っていた肉は流石に色が怪しくなって来ていたので、背負い袋にそのまま封印してある。
馬肉をフライパンで焼きながら、蝙蝠の肉を包丁で切り分ける。
と、いつもは勝手にその辺の草を食べているはずのララビィが俺の近くでじっとしていた。よく見るとレイドッグとコウとモリーも落ち着かない様子であたりをキョロキョロと見回している。
なにかあるのか?
「プン」
ララビィが急に俺に跳びかかってきた。
「うぐっ!?」
包丁を持っていた俺は受け止めることも出来ずに弾き飛ばされる。
――ぃぃいいん。トスッ。
「いってー!」
倒れた身体を起こし、文句をゆうために俺がいた場所にいるはずのララビィを探す。
「まったく、俺が何したって――」
ララビィは俺の立っていた場所に確かいた。横向きに倒れ、白い体毛を赤く染めて……。
「ララビィ!?」
すぐにララビィに近づく。
ララビィの腹に細い木の棒が刺さり、そこから血が流れ出ていた。
棒を抜こうとするが引っかかって抜けない。よくみたら先端に羽がついている。矢だ、これ……。
「おいおい、何でウサギが邪魔すんだよ」
後ろから、男の声がした。振り返ると、そこにいたのはクラスメートの甘沢 礼示だった。
甘沢の手には弓が、背には矢筒がある。あいつがこの矢を放ったのか?
「まったく、遠視でお前のこと見つけたからって、わざわざ隠れて攻撃したってのに。兎に邪魔されるなんて予想外だ」
「ホントですね、甘沢さん」
甘沢の後ろには三田島達、取り巻き三人組もいた。それぞれ手に大盾、大剣、両手斧を持っている。
「よう、久瀬。今日は随分と遅い昼食だな?」
何事も無かったかのように挨拶をする甘沢。その態度が余計に俺をイラつかせた。
「あまさわぁぁぁぁぁっ!!」
「やっとやる気になったか? 久瀬っ!」
俺は右手に持ったままだった包丁を両手で握り、脇に構えて甘沢に突っ込んだ。
「突っ込むとかバカか!」
三田島が大盾で俺を殴り飛ばす。
「くはははは、無様だな」
「三田島、事実だからってそんなに笑ってやるなよ。久瀬がかわいそうだろ」
仲間の魔物達が心配そうに寄ってくる。そこにララビィの姿は無い。
ララビィを傷つけた甘沢達が許せない!! ララビィの仇を討ちたい!!
「やれ!!」
「さっさと殺せってか?諦めがよすぎるんじゃ……」
俺の声にしたがって、魔物達が襲い掛かる。レイドッグは三田島の空いている腕に噛み付き、カーが斧持ちを頭上から攻撃、ゴブは大剣使いと打ちあっている。リザルドの尻尾を三田島が盾で受け、タランが糸を放つ隙をうかがい、ミツバ、コウ、モリーがそれぞれ顔に取り付こうとしている。
「な、何だこいつ等!?」
「なんでこっちにばっか来るんだ!?」
「近寄るな、この!!」
取り巻きたちが慌てる中、甘沢は冷静に取り巻きの後ろに下がっていた。
「落ち着けお前等。久瀬が魔物使いだってだけだろ。相手は所詮魔物だ。落ち着いて対処しろ」
「「「はいっ」」」
甘沢の言葉で落ち着きを取り戻したのか、防戦一方だったところから持ち直してしまった。
レイドッグ、ゴブ、ミツバは事態を察したのかすぐに離れたが、リザルドが盾で殴り飛ばされ、空中にいた魔物達も手で叩き落とされた。
「おいおい、これは弱すぎだろ。これじゃあ、身代わりになるぐらいしか役に立たないじゃないか」
芝居がかった仕草でこちらを嘲笑う甘沢。
頭の血管が切れた気がした。
「しねぇぇぇ!!」
包丁を振りかぶって突っ込む。俺の動きに魔物達も続いた。
「お前は何がしたいんだよ!!」
三田島が俺を殴るために盾を振りかぶった。それに合わせて他の魔物が敵の顔目掛けて突撃した。
「がぁ!!」
またも殴り飛ばされた俺と魔物達はすぐに起き上がり、甘沢一派とにらみ合う。一撃でもいいから甘沢にダメージを与えたい。
?甘沢の後方から体勢を低くして近づく黄色い影が……あれ、ミツバだ。羽音で甘沢たちにばれないように、歩いて近づいているみたいだ。
「久瀬、お前こんなもんだったのかよ。昔に比べて弱くなってるんじゃないのか?」
甘沢が馬鹿にした口調で話しかけてくる。癇に障るが、今は会話に付き合って注意を引いたほうがよさそうだ。
「こそこそ隠れて攻撃してきたくせに、よくそんな偉そうな態度が取れたもんだな。卑劣漢」
「てめぇ、甘沢さんにっ……」
俺の挑発に反応した大剣持ちの取り巻きを甘沢が手で制した。ミツバが甘沢のすぐ後ろまで来た。
「俺もまさかこの程度だと思わなくてよ。まあ、あの程度避けられない方が悪いだろ」
「……そうかよっ!!」
俺達は三度甘沢に向かっていく。そして甘沢たちも武器を構えなおす。
その音にまぎれるようにして、ミツバが飛びあがり甘沢を針で刺した。
「いつっ!! ――誰だ!」
急な大声に取り巻き達は注意が逸れ、甘沢が敵を確認すため後ろを振り返る。ミツバはすぐに高度をあげて逃げようとしたけ甘沢は見逃すことなく弓を構えた。
「ミツバを攻撃させるな!!」
全員で甘沢に迫るが取り巻き達に阻まれる。
甘沢が弦を引き絞る。このままじゃミツバも……。
俺は手に持っていた包丁を甘沢に向けて投げた。
俺の手を離れた包丁は縦に回転しながらも運よく番えていた矢に当たり、甘沢が矢を地面に落とす。
「邪魔すんな!!」
仲間が次々殴り飛ばされる中、俺の目は矢筒から新しい矢を抜こうとする甘沢の手を追っていた。
……甘沢の首のところが腫れている? もしかして、ミツバの毒か?
甘沢が矢を抜こうとした時、矢筒の中の一本がその腫れた部分に当たった。
「いてっ! 今度はなんだ」
甘沢が矢を抜こうとした手で確かめるように首の後ろを触った。
「いたたたたたた!!」
刺激を与えたことで痛み出したのか、甘沢が地面に倒れ転げまわった。
「甘沢さん!!」
またも三田島の盾で殴り飛ばされる。
仰向けに倒れた身体を起こそうとするが、腕をついて上半身を起こすのが精一杯だ。盾で何度も殴られて、ダメージがたまっているみたいだ。
「甘沢さん、大丈夫ですか?」
「首の後ろ、すごい腫れてるぞ!?」
「いてぇ、いてぇよぉ」
いつの間にか三田島以外の取り巻きが甘沢を囲んでいた。
「おい、久瀬 大地!! 甘沢さんに何をした!!」
三田島は倒れた俺の近くまで来て見下ろしながら、怒鳴りつけてきた。
「…………しらねぇよ」
三田島が近くに伏せっていたリザルドの腹を蹴った。
「リザルド!! ――手前ェ、なにしやがんだ!!」
「やめてほしけりゃさっさと答えろ!!」
これ以上弱った仲間達を攻撃されたく無い。そう思い口を開こうとした。
「三田島、毒だ! ソルジャービーがいた!」
「解毒系のアイテムは用意してないよ」
「チッ! 飼藤、犬崎。甘沢さんを町までお連れしろ」
「三田島、お前は?」
「こいつ等の後始末をする」
「わかった。町についたら連絡する」
2人分の足跡と甘沢の泣き声が、遠ざかっていく。
「……逃がさねぇぞ」
「うるせぇ、よっ!!」
「うっ!」
三田島が俺の左肩を踏みつけ、上体が倒される。
「てめぇのせいでまた甘沢に色々言われんだろうが!! あいつに八つ当たりされるこっちの気持ちも考えやがれ!!」
「ぐぅっ……」
左肩に乗せた足に体重をかけて踏みにじってくる。このままじゃ骨が折られるかもしれない。
……体力的にも状況的にも今しか反撃するチャンスはなさそうだ。
そう思った俺は右手に握った包丁を左肩を踏みつけている三田島の足に突き立てた。
「ぐあぁぁっ!! ……てめぇ!!」
「動きを封じろ!!」
俺の指示でミツバとコウとモリーが三田島の視界をふさぎ、そうして出来た隙でレイドッグ達地上戦力が三田島に組み付いて動きを封じた。
「タラン、来い」
「うおっ。邪魔だ!離れろ!」
俺の方へとタランがやってくる。すぐ側まで来るのを待って俺は小声で命じた。
「足に噛み付いて麻痺毒をありったけ流し込め」
「どけっ! どけぇぇぇぇ!!」
タランが三田島の足に噛み付いた。
体の自由を取り戻そうと腕をがむしゃらに振り回していた三田島。その動きが徐々に弱くなっていった。
……とりあえず、何とかなったようだ。ほんと、1人になってくれて助かった。
俺は三田島の足から包丁を抜いて、右腕をそのまま地面に下ろした。