第5話:ベーゼ
R18指定を受けたため、大幅に変更。(2019年3月1日)
元の小説はより修正作業が終わり次第『ノクターン』に掲載予定です。
掃除屋をしているイングリッドは、依頼を受けて金を得ていることから「掃除屋」が生業と言えなくもない。
しかし彼女の本質は百合であり、世界を崩壊させた触手達の王――触手王の討伐が人生の目的である。
それはつまり、世間一般にイングリッドは職業:掃除屋として知られているが「百合」または「復讐者」というのが彼女の職業としても相応しいだろう。と、彼女自身は考えている。
そんな彼女は今、依頼人でもあるとても可愛らしい貴族のお嬢様と相対していた。
「あんたが依頼を受けた掃除屋?
私は腕利きを頼んだのに大して強そうじゃないじゃないのよ」
依頼人の少女、イオリーン・ウォルターは貴族として生まれ、高貴な身分に相応しい教育と経験を積んできている。
まだ年若いため侮られやすいが、この崩壊した世界において第三次産業を支援することで確固たる地位を築いているウォルター家の一人娘にして、すでに当主なのだ。両親は他界している。
そんな彼女は見た目で侮られることを是としないだろうに、それでもイングリッドを見た目で低評価した。
これは何故か?
イングリッドが露出過多なビキニ衣装に外套を羽織っているだけという痴女めいた格好でイオリーンの前に現れたからだ。
当然、ここは本音でしか会話できないイングリッドに代わり、クラミルが補足を入れる。
「あ、すいませんイオリーンさん。
この方は私の主でイングリッド・ゾーション様と言います。
一応、ギルドではレベル9999の掃除屋をやっているので超ド級の触手型クリーチャーが相手でも問題なく潰せます」
当たり前とはいえ主への見下した発言に慌てて人化するクラミルだが、実は「語り○○」という動物は触手型クリーチャーが蔓延る今の世界では珍しくないのだ。
イオリーンは何も感じていないような冷たい目でクラミルまでも見下すのだった。
「あんたには聞いてないわ。
従者風情が貴族である私に生意気な口を聞くんじゃないわよ」
淡々とした口調でクラミルを罵るイオリーン。
実はこれ、高慢ちきな如何にもな馬鹿貴族を演じることによってクラミルの主であるイングリッドがどういった対応をするのか、能力や人間性を見抜こうという腹積もりなのだ。
この世界では見た目は能力と直結しない。
どう見ても子どもにしか見えない者が、巨大な触手を投げ飛ばすことも出来れば、筋骨隆々の巨漢が低レベル触手にあっさり殺されることも茶飯事。
なればこそ、最初の見下した視線や権力を振りかざす自分にどのような対応をするのかがイオリーンは知りたいのだ。
怒って帰るのなら新たな掃除屋を探す。殴りかかってくるなら背後に控える護衛に潰させる。
へこへこ頭を下げるニヤケ面を晒すような馬鹿は今回の依頼で使っても二度目はない。
彼女が求めているのは自分の目的を達成できるだけの実力と、この崩壊した世界すら楽しめる度量を持つ掃除屋と繋がりを作ることなのだ。
だからこそ、イングリッドを試した。さて、イングリッドの反応は?
「た、堪らん美少女だ!」
バサリ、と翻った外套がイングリッドの太陽のように輝く健康的な白い肌をさらけ出す。
彼女はそのまま両手を大きく広げ、いきなりイオリーンを抱きしめたのだ。
「んなぁ!? なぁ!!?」
「イオリーン、お前さん滅茶苦茶可愛いじゃねぇか♪
ワタシはお前の依頼を受けるぜ♪」
豊満な胸でベアハッグするイングリッド。
この手の展開では抱きしめられた対象が窒息するのがお決まりだが、イングリッドはそんなヘマはしない。
絶妙な力加減で自分の乳と敏感な先端部を相手に押し付けつつも、慈しみしか相手に感じさせない技前!
イオリーンも最初は驚き抵抗していたが、イングリッドの巧みな乳圧に安心感を感じ大人しくなる。
「やれやれ、まったくイングリッド様ときたら、こんな子どもでも平然と落としにかかるだなんて」
いつもの事とはいえ、クラミルはイングリッドの虜となった目の前の美少女の行く末を案じている。
イングリッドは誇り高き百合として無理矢理な行為は迫らないが、相思相愛になった相手ならば子どもであっても抱くのだ。
それこそ微塵の躊躇いもなく、有象無象の道理や道徳を押しのけて抱く。
彼女にとって愛(性愛、肉欲)とは真理! 真理とは百合なのだ!!
「それで、依頼内容を聞かせちゃもらえないかい? イオリーン」
「……ええ、あなたはなかなか使えそうね。イングリッド。
依頼はあなたに頼むわ」
「何だってワタシがぶっ飛ばすさ。
大船に乗った気でいてくれ♪」
そして聞かされたイオリーンの依頼。
……それは並みの触手を相手にするような低レベル掃除屋では手に負えないほどの難易度である。
討伐対象はS級触手――ベジイモ! 幼い子どものみを食し続けて経験を積んだ強大な触手。
ベジイモの伸ばす触手は周囲13キロを薙ぎ払い、突き刺し攻撃は岩をも砕き、細胞がほんの少しでも残っていれば一瞬にして再生可能な耐久力!
これは強敵だ! バトル小説ではないとはいえ、これほどの強大な触手がのっけから登場するだなんて、イングリッドはどうやって対処するというのか!?
「木端微塵にしてやるぜぇぇぇー!」
ベジイモの居場所を聞いたイングリッドは、
一歩でイオリーンの屋敷から自分の間合いまで距離を詰め、
二歩目で自身の両腕に縄のような筋肉を浮き上がらせ、
三歩目を踏み出した時には目にも止まらぬ速さで拳が捉えていた。
そして、ひたすらに殴る! 殴る! 殴るッ!!
哀れ、なんの抵抗も出来ずに攻撃用の触手を全て千切り砕かれ、トドメのアッパーで上空へと打ち上げられたベジイモ。
だがイングリッドは容赦しない。口からビームを出して完全に消滅させたのだ。
そう、彼女の答えは至って簡単。とてもシンプルな答えだ。 反応出来ない速度で近づき、再生が追い付かない速度で殴り、細胞を一つ残らず消し去るッ!
天晴れ見事! 彼女こそこの崩壊した世界における人類の救世主だ!!
そして間もなくして場面は変わり、イオリーンの自室にて。
「……それじゃイオリーン。報酬をもらおうか」
「ん……、仕方ないわね」
舌舐めずりをして自らの唇を湿らせたイングリッドに近づくイオリーン。ほっぺにチュッ♪
昔はテレビの料理番組でゲストの女性がシェフにキスをするという儀式めいた報酬があったのだ。イングリッドにとっては美少女のキスは最高の報酬と言えるだろう。
◆ ◆ ◆
今回、特に出番のなかったクラミルは、主人であるイングリッドの触手めいた手による人間離れした衝動に巻き込まれないように部屋を出る。
「さて、百合に目覚めた依頼人への対応はイングリッド様にお任せして、私は金銭の報酬を受け取っておきますか♪」
静かに閉じられた扉の奥では、あどけない少女がほっぺにチュッ♪ だなんて、えっちぃ報酬を支払っている様子は見ないようにする。クールに去る者こそがクラミルであり、従者というものだ。
自分の役目は、一仕事終えて疲れた主人と、新たなイングリッドの恋人のための食事を作ってあげるだけ。
「ふふ、ここも貴族の家だけに立派な厨房と腕の良いコックがいるのでしょうが、私に料理で敵う者などおりますまい♪」
語り馬のクラミル……彼女こそ、イングリッドの母が最後に作りだした、今は無き「インターネット」の情報を全て脳内へ取り込んだ存在。
当然、知識においては賢者級である。
本日の報酬:美少女のキス。預金通帳のゼロが増えたそうな。