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第3話:格の違い

 むか~し、自身一作目を連載するよりも前の小説資料から使われていない名前を発見。再利用。




 馬に跨る美女の姿が存在感を放つ。


 荒れ果てた荒野だというのに、彼女の長く美しい緑髪が光の残滓を周囲に撒くことで辺り一面までも輝いて見えるが本人は気にするでもなく馬を走らせる。


 世にも珍しい人語を理解する“語り馬”と半触手人間のコンビだ。



「イングリッド様、本当に良かったのですか?」


「あん? 何がだ?」


「ミヤちゃんですよぉ~」


「ああ、あの子なら大丈夫さ。

 ワタシが出る幕は無い」



 ダカッダカッと、砂煙を上げながら荒野を走るのは、イングリッドを乗せた彼女の愛馬クラミル。


 そしてクラミルは今回の依頼を終えた後、依頼のあった村で主のイングリッドが気に入っていた少女とのベッドインが無い事に疑問を感じているのだった。



「お前は気づかなかったのか?

 ワタシの愛馬でありながら洞察力が足りないんじゃね?」


「だ、だって私は馬ですから厩舎に繋がれていましたし、人化したらしたで面倒そうですし」


「あ、そういやそうだな。

 じゃあ厩舎からワタシとミヤちゃんの会話を聞けただけでも凄いことかもな」



 観ていないのなら仕方がない。イングリッドは語る。


 センタロ村でのCランク触手型クリーチャーの殲滅依頼は無事に終えたし報酬も滞りなく支払われた。


 ならば後は一人の百合としてのお楽しみに興じるのも良いという物だが、イングリッドはそうはしない。


 確かにイングリッドを頼ってきたミヤちゃんは強く輝く魂を持った可愛らしい少女だったが、彼女にはすでに想い人がいたのである。


 イングリッドは気づいていた。物影から自分とミヤの会話をじっと見つめるパルパルとした嫉妬深い視線に。



「へ~、イングリッド様でも遠慮とかするんですね~」


「馬鹿にするなよ、クラミル。

 ワタシだって好き合った相手のいる女の子に手を出すような無粋な真似はしないさ。

 ただ少し、残念に思うのは事実だがね」



 イングリッドは百合であり同性愛者であり、大雑把で気分屋の自分本位の女性ではあるが、それでも誰かを望んで不幸にするつもりはない。


 このままミヤを口説いていれば、彼女のテクニックなら寝取ることは出来ただろう。しかし、それを望まないのはイングリッド自身なのだ。


 彼女は自分本位な性格ではあるが、決して自分本位な百合ではない。


 百合とは、もっと健全で崇高なものであるべきだと考えているのだから。



「そんなことよりも、急げよクラミル。

 今日中には家に帰って我が家で寝たいんだ」


「ハイ喜んでー!」



 荒野を駆けるクラミルと、その背に跨るイングリッドは会話を終えてひたすらに夜の闇を突き進むのだった。



 ◆ ◆ ◆



 ~ドレバス・シティ~


 世界が戦争と触手型クリーチャーによって疲弊し、人口は大きく減ったが人類は絶滅した訳ではない。


 世界各地に村や町が多く作られているし、発展したところで触手どもに襲われるのは日常茶飯事ではあるが、その触手どもを駆逐する掃除屋が多くいる街は発展を続ける。


 それが掃除屋イングリッドの拠点としても知られる人類の最後の砦、ドレバス・シティだ。実際デカイ。



「通行証を拝見します……って、なんだ。イングリッドさんじゃないですか。

 わざわざ正門から通らなくても、あなたなら顔パス用の門から入ってくれても良いのですよ?」


「悪いなドクヤ。ワタシは正々堂々ってのがどうしても好きなんで正門から入る方がカッコイイと思ってるんだよ」



 ドクヤと呼ばれた男はこの街の兵士であり、街の中へと通じるゲートの受付員もしている。


 ドレバス・シティは大きな街である為、犯罪者の流入を防ぐためにも東西南北にあるゲートは兵士に通行証を見せなければ入ることはできないようになっている。


 街の住人も、街の外に出て帰ってくる時はこのような正規の手段を使うのだが、イングリッドのような外に出向くことの多い掃除屋は顔パスで問題はないのだ。


 だというのに彼女は頑なにゲートに続く列にいちいち並び、通行証を提示しながら入る。


 何故か? それはカッコいいからだ!



「そういえば今回はセンタロ村まで行っていたそうですね。

 どうでした?」


「だぁ~めだめ。期待はずれもいいとこだな。

 ワタシが出向いた要件……まぁ、いつもの如く触手どもに若い衆が男女関係なく大半が殺されちまってたんだ。

 可愛い子も一人見かけたけど彼氏持ちのようだしよ~。

 あと、触手の群れが急成長してCランク相当に強くなってたし」


「いや、食べ物などの話ですよ?

 センタロ村と言えば養殖の兎肉が評判じゃないですか」


「ワタシは兎のように可愛らしい動物は基本的に食わん!」


「はぁ、相変わらず女性と動物にはお優しいこって」



 イングリッドは菜食主義ではないし、必要とあらば何でも喰うが、それでも可愛らしい小動物系の肉は食べない主義だ。


 何故なら、可愛いは正義だからである!


 ちなみに牛や豚や鶏は「美味しそうな可愛さ」という括りである為、手ずから捌くのは平気だったりするのがイングリッドの七不思議。


 勿論、女の子からの手料理ならば兎肉だからという理由で拒んだりはしない。美味しくいただくのである。



「……とりあえず、手続きは完了です。

 お帰りなさいイングリッド様。

 この街の安全をこれからもよろしくお願いします」


「おう! ワタシに任せときな!!」



 クラミルも街に入ったことですでに人化し、従者然として後ろをついて歩く。馬の姿だと人通りの多い街中では不便だからだ。


 道中、砂嵐で道に迷ったため多少の時間はかかったが、そう何日も空けた訳ではない。


 だが自分の暮らす街の空気というのは依頼から帰ってくるたびにイングリッドの心を落ち着かせるのだった。



「さってと、まずは……」


「イングリッド様。娼館は後回しですよ。

 掃除屋たるもの、街に帰って来たのならまずギルドに報告です!」


「んだよ、固いこと言うなって、クラミル。

 ワタシの帰りを待っている子は沢山居んだぜ?」


「現在の時刻は午後10時です。

 ギルドでは受付嬢たちが勤務交代の時間ですから彼女・・も帰り支度をしているでしょうね」


「やっぱりギルドへ最初に行こう。

 掃除屋たるもの報告は大事だ」


「ほう、れん、そう!」


「ほう、れん、そう!」


 イングリッドとクラミルは声を揃える。


「「ほう、れん、そう!!」」



 イングリッドとクラミルは仲良くギルドへと向かうのだった。


 ちなみに「ほう、れん、そう」とはホウレン草のことではなく、「報告、連絡、相談」のことである。社会人の常識だ。



 ◆ ◆ ◆



 ――カランコロン


 軽やかな音と共に開かれたギルドの扉。


 ここは世界中に跋扈する触手型クリーチャーたちの駆逐を生業とする“掃除屋”が集まる掃除屋ギルド。


 この場にいる顔ぶれも大半は豪放磊落な腕自慢が多いが、掃除屋以外にも冷徹で合理的なギルド職員や、困り顔でやってくる依頼人などもいる。


 そんな中、開かれた扉より入って来た人物にギルド中の視線が集まる。



「よぉ~、てめぇら。相変わらず小汚ぇ面してるじゃねぇか♪」



 挑発的ともとれる発言と共に入って来たのはイングリッド。


 それと人化した彼女の愛馬クラミルがあとに続く。



「イングリッドさん、また指名依頼来てるッスよ」

「今日こそてめぇをぶっ飛ばして街一番の掃除屋になってやるぜ!」

「抱いてくださいお姉さま♪」



 様々な声をかけられながら、向かい来る男には拳を。抱かれに来る女には包容とキスを。


 この街はイングリッドの拠点であり、顔馴染みは男女問わず多く、殴られた男にしても親しみがそこにはあった。



「よっ! ハルちゃん。相変わらず良い乳してるな。

 そろそろワタシに抱かれてみないかい?」


「遠慮する」


「そいつは残念。

 絶対に絶頂させてやるのにさ」



 カウンターの特等席に腰を下ろしたイングリッドはギルドの受付に軽口をかける。


 この受付嬢の名はハルカトーゼ・スズムラ。


 ドレバス・シティでは有名な美人受付嬢だが、イングリッドの誘いを頑なに拒み続ける女性だ。



「とりあえず依頼、完遂したさ」


「御苦労さまです」


「乳揉ませてくれ」


「お断りします」



 これもまたいつものやり取り。


 隣に座って牛乳をストローで飲んでいるクラミルや、周りの掃除屋たちも呆れたような顔で二人を眺めている。


 イングリッドは腕が立つ街一番の掃除屋なのだが、如何せん百合ということが知れ渡り過ぎて指名依頼はそこまでは来ない。


 だがギルドでの人気という点では確かなものなのだ。


 ……が。



「オレはてめぇなんざ認めねぇ!」



 愉快な騒ぎ声をかき消すように響く謎の声。声にはあからさまな敵意が込められている。



「……誰だ、お前?」


「オレの名はドイーナ・カモン! 最近この街にやってきた遠方の地の掃除屋だ!!」



 しかし名を聞いたところで聞き覚えのないイングリッド。


 受付で帰り支度をしていたハルカトーゼに尋ねてみると、彼女曰く「滑稽なほど世界を知らない新人。ただし雑魚というほど弱くはない」との評価だ。



「で、そのドイーナ君だっけ?

 ワタシに何か用か?」


「オレの要件はたった一つ。

 街一番と噂されている掃除屋がてめぇみたいな美人の女だなんて認められねぇ!」


「おいおい、美人だなんて照れるな♪」



 理由は何ともシンプルなことだ。


 ようするにこのドイーナ君。イングリッドに一目惚れしてしまったのだが上手く言えないツンデレさん……、だと周りに思われてしまった。


 いや、実際にどうなのかは彼自身にしか分からないが、少なくとも言葉通りに受け止めれば「自分よりも強いのが美人で驚いたけど好みだぜ」ってことだろう。



「てめぇなんざ怖かねぇ! ぶっ飛ばしてやる」



 周りが囃し立てるものだから、すっかり茹でダコのように真っ赤になってしまったドイーナ君。


 肝心のイングリッドはというと、

 ハルカトーゼの評価に加え、そのドイーナとやらの手に持つ酒瓶で値踏みをしていた。



「よし、ドイーナ君。格上の相手に勝負を挑む心意気は買うが、ワタシは手加減が下手でな。

 今なら酒を酌み交わして笑って済ませてやるぞ?

 ワタシは依頼を終えたばかりで金もあるし、奢ってやってもいい」


「だ、誰が酒なんかで勝負をやめるものか!」


「お前が手に持っている酒……、『ホワイト・メツブシ醸造所』の1年物のワインだろ?」


「そ、それがどうした!?」


「それの10年物を奢ってやろう」


「なにぃ!?」



 ドイーナはこの日一番の驚きで表情を取りつくろうことすら忘れてしまう。


 それも当然だろう。ホワイト・メツブシ醸造所と言えば名の知れた至高の酒蔵。


 その10年物となれば値段は一樽でAランク触手型クリーチャー討伐依頼の報酬が吹っ飛ぶほどだ。



「ま、負けた……。スケールが違い過ぎる……」



 ドイーナは自分とイングリッドの買える酒の値段により、両者の間にある格の違いを思い知った。


 そうしてイングリッドはハルカトーゼに頼み、店にあるだけの酒をギルド中の人間に振る舞うのだった。


 これこそが彼女の人気の秘密であり、その実力を示す最も顕著なものともいえよう。

 町の名前は『風来のシレン』で特に見た目の好きな武器「ドレインバスター」から。


 ちなみに、イングリッドは兎肉は基本食べませんが、女性の手料理なら何でも食べます。


 それと、この手の話では序盤に主人公に絡むバカを腕っ節で黙らせる作品が多いですが、

 イングリッドは腕っ節が強いだけでなく、場を制する戦いも得意としていたりします。

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