第2話:女の子の涙は見たかねぇ!
村長の家に厄介になることとなったイングリッドだったが、彼女はとても不満を感じていた。
それは彼女が「百合」と呼ばれる同性愛者。つまり女の子が大好きだというのに村には女性が一人もいないということだ。
これは村の女性たちがイングリッドの仕事の獲物である触手型クリーチャーに攫われたことが原因でもあるが、何よりも村長が村中に言い回っていたからである。
村の危機を救ってくれる凄腕の掃除屋は百合である、と。
「あぁ~クッソ! ワタシの仕事における最大の楽しみを奪いやがって村長の野郎!
仕事が終わったら稼いだ金全部を娼館に使ってやる!!」
男は駄目だが、女であればそれは皆全て美しい。それこそがイングリッドの信念だ。
若い女の子や幼い女児にはそれぞれの良さもあるが、中年以上――年老いて老婆となろうとも女性というのは女性だけに備わる美しさがある。
だからこそイングリッドは外見や年齢などではなく、まず第一に性別が「女性」でさえあれば心から愛せるのだが、それが居ないんじゃ~、しょうがない。
まずは仕事をこなす必要がある。
出会いにしろエロにしろ、先立つ物が無ければままならないものなのだから。
「おっ?」
しかし彼女は気づいた。
村長宅を出たばかりで適当な道具屋なり食堂なりを探していたことが幸いし、遠目にイングリッドを見つめる視線に気づけたのだ。
これぞまさに百合洞察力! 普段から百合センサーを働かせることで身に付けた彼女の類稀なる百合力による賜物だ。
一もニもなく素早く距離を詰めるのは当然の流れ。
「おっす! お嬢ちゃんこの村の子だろう?
ワタシはイングリッド。掃除屋さ。
今回は依頼で来たんだ♪」
「あうっ……」
少女はいきなり話しかけられたことで驚いた表情をしていたが、イングリッドは何気にナンパ成功率の高い女である。
砕けた口調と性別関係なく惹きつけるさっぱりした笑顔は少女の緊張感をほぐすのには十分すぎるだろう。
彼女の、風になびく爽やかな緑色の長髪もそれを助長している。大人の色気だ。
勿論、解すのは緊張感だけではないのだが、それはベッドの上でのお話。イングリッドもきちんと弁えている。
「えと、あの、私はミヤと言います」
「おう、可愛い名前だねぇ~、ミヤちゃん♪
それで、ワタシに何か用なのかい?」
「……」
少女ミヤは黙ってしまう。
しかしイングリッドは急かすことはしない。
何故なら、彼女の百合センサーは目の前の少女の心に燃える情熱の炎が大きいことを見抜いているからである。
大きい炎は必ず大きく動く。その炎が自分に燃え移るのを待つのは苦ではない。快楽を生むからだ。
「お、お母さんの仇を討ってください!」
時間にして10分ほどだろうか。
道端に立ったままイングリッドは辛抱強くミヤの言葉を待ち続け、ようやく出てきた心からの言葉。
事情をゆっくりと聞いてみると、ミヤの母は触手型クリーチャーに喰い殺されてしまったのだそうだ。
「(敵は人喰い系の触手か……。ランクにしてCってとこか?)」
この世界は触手型クリーチャーが跋扈するため、原始的な肉弾戦を得意とする戦闘職が引く手あまたである。
かつて世界を分かつ戦争が行われていた時の名残で銃などの兵器は存在するが、触手型クリーチャーはそれらの攻撃が一切効かず、熱にも冷気にも毒にも強いのだ。
そんな化物を倒そうとなったら、人間に残されたのは原始的な武器――刃物や鈍器を用いた接近戦である。
別におかしな話ではないだろう。
この世界に蔓延る触手型クリーチャーというのは、かつて戦争に用いられた生物兵器である。戦争に勝つために作られたのだから銃や火で死ぬようなら造る意味がない。
当然それら銃器への対策だけでなく、触手型クリーチャー達は人間を見ると無条件で襲いかかり、のべつまくなしに殺して回る。しかも植物に近いため意思疎通も出来ないとされている。
そして現在この世界でCランクに指定される触手――人を殺すだけでなく捕食するタイプの触手型クリーチャーは群れを作る非常に危険な種類である。
そして触手達は経験を積むことで上のランクへと勝手に上がっていく。
ギルドやこの村が騙したわけではなく、触手たちの成長の規模が予想以上だったと言う訳だ。
「ちっ! どうやらギルドの情報は古かったか」
「あ、あの、イングリッドさん……?」
「ん? おー、悪ぃ悪ぃ。ミヤちゃん。
どうも思った以上にこの村を襲った触手どもが手強そうなんで、ちと考え事をな」
「……あの、頼んでおいてなんですけど、もし駄目なら無理しないでくださいね?
いざとなれば村を捨てれば助かる道もあるんですから。
仇だって、イングリッドさんが死んだら意味ないですもん。
それに……」
そこで視線をそらしてくるミヤちゃん。
イングリッドもさりげなくチラリと彼女の視線の先を見ると、ミヤちゃんと年の近い少年が物影から覗いていた。
「(なぁ~るほどね。ワタシの出番はないってか?)」
ミヤは母親の仇を討ってほしいのだろう。しかし敵の強さをその目で見た幼い少女は心が折れそうになっている。
そして彼女自身には想い合う相手がいる。
イングリッドもそのことを察したからこそ、どんなに己の欲を滾らせたところで抑えることにしたのだ。
だからこそ言うのだ。こんな小さな女の子が苦しむ様を見ないで済む元の平和な村にする誓いの言葉を。
男に取られるのは癪だが。
「ワタシに任せろミヤちゃん。
大丈夫、触手型クリーチャーはワタシが殲滅してやんよ♪」
力強い言葉と共にミヤの頭を優しく撫でるイングリッド。
彼女は武器らしい武器も持たず、砂埃や雨避けの外套の下も薄着だが、その背に背負う「百合」の二文字はどんな困難だろうと踏破するための信念なのだから。
……
…………
…………………
「さぁてとぉ! ワタシの探してる獲物じゃねぇが、てめぇら皆殺させてもらうぜ触手ども!!」
一人、戦闘の高揚に昂ぶるイングリッド。傍らには相棒でもある“愛馬”クラミルのみ。
「はぁ、可愛い女の子にお願いされるとすぐこれですよ」
「そーいうお前だって、ワタシのそーいうとこが好きなんだろ?」
「もうっ!」
イングリッドは戦場にいた。
「どりゃぁぁぁぁー! はっはー♪」
多数の触手の群れ――それも人を捕食するための鋭い牙と強酸性の胃液を撒き散らすCランクの触手の群れだ。
それをたった一人の、別段体が大きい訳でもない女性が蹴散らす。殴る蹴る。それだけで爆発四散だ。
傍から見れば冗談か何かのように爽快な爆裂戦闘だが、これこそ彼女の戦い方。いつものことである!
「あ~も~、イングリッド様~。
触手たちの素材をはぎ取るのが難しくなりますから木端微塵になるまで壊さないでくださいよ~」
「確かにこいつらはランクも高いし素材も良い値で売れるだろうな。
だが断る!」
イングリッドは触手の群れに拳を突き出すと、その拳風が周囲を切り裂き吹き飛ばし抉り散らかす。
まさに台風のように激しく、その勢いは戦闘を繰り返すごとに段々と派手になる。
手加減どころかより強く攻撃の手を緩めることなく繰り返される。
「これで終いだなぁ触手ども!
ワタシの宿敵を倒す日の糧として死んでいきな!
あと、可愛い女の子の母親を喰らったことが何よりも許せん! 残酷なまでに見苦しい死体に変えんぞゴラァァァァ!!!」
「あーもー、だから手加減してくださいって~」
この世界で人類の生活圏を大きく狭める要因となった触手型クリーチャーたちには銃火器は一切効かない。
だからこそ、生き残った人類は武士や騎士などの古い時代の武器を手に物理的に戦うのだが、イングリッドは違う。
彼女は生まれながらにして触手型クリーチャー達と戦うことを宿命づけられた女なのだ。
だからこそだろうか。彼女は武器を使わない。
使うのは……、
「ワタシの武器は、この拳だぁぁぁぁー!」
一瞬、縄のように浮かび上がる血管と筋肉が彼女の腕を倍以上に太くし、さらに威力を増した拳が振るわれる。
まるでどちらが化物なのか分からない殺戮劇だ。
そう、彼女は純粋な人間ではない。
人を犯し、繁殖能力を持つ触手――世界で最初に生み出された触手型クリーチャー達の王と人間との間に生まれた半・触手人間なのだ!
「待ってろよ、触手王。
戦争を終わらせ、人間を守るために生み出されたはずの触手達を率いて世界を滅ぼした報いはワタシが償わせてやる!」
誰のために戦うのかと問われれば、イングリッドは自分のためだと答えるだろう。
だが、それだけではない。何か深い因縁が彼女と触手達との間にはあるように見える。
愛馬のクラミルもそんな彼女だからこそ放ってはおけないのだろう。
◆ ◆ ◆
そしてその日の夜。
イングリッドが依頼を受けて村にやってきてから時間にして5時間ほど。
村外れにある触手型クリーチャーの巣が壊滅し、跡地には100を超える触手が物言わぬ死骸となり果てていたのだった。
Q:銃が効かないのに肉弾戦で倒せるのはナンデ?
A:ゲイのサディスト……ではなく、触手には「遠距離攻撃無効」の特殊能力があるということで。
それに加えて、遠距離攻撃はHIT依存ですが、純粋に鍛え抜かれた脳筋によるATK依存の技の方が通りが良いのです。ただし魔法はないのでINT依存の武器はない。
基本ギャグですので、のんびり楽しんでいただければと思います♪