第17話:姉妹 上
珍しく一話完結といかず、三話構成。
「う~む……」
似つかわしくない思考の海に没頭する一人の百合。イングリッドである。
必要もないのに、「あるとカッコいいから」というだけの理由で作られたイングリッド邸の執務室にて何やら思案しているようだ。
掃除屋という職業は肉体労働系であるため、半裸(露出過多はイングリッドの基本)で屋外での仕事な訳で、まるで使われていない執務室。
そこに珍しく籠って何か考え事をしているのは、この物語の主人公にして百合の道をひた走るイングリッド・ゾーションに他ならない。
今日は自宅にいるということでパンツ一丁。
長い髪もパパスコ社のパンの袋の留め具『バッグ・クロージャー』を何枚も使って適当に纏めている。
ゴム紐やシャレた髪留めなど、彼女はそんなものにお金を使うくらいなら食費か娼館につぎ込む。そういう女だ。
「もう、どうしたのよ、さっきから。
あんたが考え事なんて似合わないわよ」
見かねて声をかけたのはイングリッドの恋人にして同居人、イオリーン。
ちなみにもう一人の恋人のハルカトーゼは仕事で出ており、従者のクラミルは一緒に執務室にいる。
しかし、イングリッドの悩みが何なのかを一番近しい位置にいる従者が尋ねないのは、しょーもない悩みだと分かっているからだ。
クラミルは返ってくる答えが分かり切った質問をするほど愚かではない。一人静かに本を読む。
この事から、イオリーンの方が愛情と言う意味ではイングリッドにぞっこんなのが分かるだろう。
クラミルの愛情は自分の欲しい時に自分から求めるものであり、それ以外――今のように読書を楽しんでいる時は基本構いたくないのである。面倒だから。
イオリーンも、イングリッドという女性をベッドを共にすることで理解しているのだろうが、根が優しいので悩んでいるのを放ってはおけないのだろう。
口調こそキツイが、イオリーンは清らかで乙女チックな心の持ち主なのだ。
「……んぉ? イオリーン。どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃないわよ。
あんたがグダグダ悩んでるみたいだから心配してんじゃない!」
「ハッハッハッ、そいつぁ~悪ぃな。
ワタシが今考えていることは、単純でいて奥が深い問題なんだ」
そうして椅子をグラグラさせて遊んでいたのを正し、イオリーンの正面に向き直るとイングリッド。
こんな動作一つとっても思わずドキッとして頬を朱に染めるイオリーンは初心なものだ。何度となくお肌を晒した仲であろうに可愛らしい。
イングリッドは、そんなイオリーンを「可愛いにゃ~♪」と思いつつ真面目っぽく言う。
「『面舵いっぱい』を略すと『おっぱい』になるけど、『取舵いっぱい』を略して何かえっちぃ良い言葉が出来ないかな?」
直後、イオリーンの拳に黒い炎のような怒りの感情が纏わりつき、イングリッドの右頬を抉り飛ばす!
「ば、ばばバカなのアンタぁ!?
そ、そんな事ずっと考えてたの!?
心配してた私の気持ちをどうすんのよ!!」
イオリーンは怪力と言う訳ではないが、感情を推進力とすることで拳の勢いは100トントラックめいた威力を生み出すのだ。
聖書にあるように、信心深いイオリーンは右頬を殴ったら左頬も殴り飛ばすべく怒りの炎の威力はさらに増し増し。これは差し出す側の心持を示す言葉だが、イオリーンは殴る側としても使っている。
触手型クリーチャーと人間のハーフであるイングリッドは属性で言えば草タイプであるため、効果は抜群だぁ~ッ!
イングリッドは左頬で二度目の拳を受けた。
「……百合たるもの、惚れた女の子の拳は避けるべからず!」
イングリッドにしてみれば、いかに感情を推進力としようとも非戦闘職のイオリーンの拳を避けることなど造作もない。
だが避けない! 何故ならイオリーンの怒りを真っ向から受け止めるのも恋人らしさだと彼女は思っているから!
「……さて、気が済んだか?」
「まだよ!」
まだのようだ。
仕方がない。イングリッドは観念して、イオリーンの気が済むまで殴られる決意をするのであった。
ちなみに、マゾッ気も多少あるイングリッドは、ここでまず達した。
◆ ◆ ◆
「……落ち着いたか?」
「……ええ」
頭を左右に揺すりながら遠心力と足腰の踏ん張りまで、すべての力を振り絞って殴り続けたイオリーンの拳を笑顔で受け続けたイングリッドの怪我は……無傷!
圧倒的……無傷!!
「アンタ、固過ぎるわよ。何で全然効いてないの!?」
「いや、効いてない訳じゃないぜ?
ただ、ワタシは植物よりの触手型クリーチャー特有の再生能力で常時回復効果がある体質なんだ。
溶岩に飛び込んで細胞全てを完全消滅させたとしても再生出来るほどの無敵さだぜ? 愛するイオリーンの拳で怪我なんてする訳ないさ♪」
ようするに愛の力である。
イングリッドにとって、ベッドで頬にチュッチュし合うことも、拳を顔で受け止めるのも同じこと。どちらも愛の語らいなのだ。
ならば、その愛で怪我をするはずもなく、体力的に疲れたりなどもしない。何故なら生粋の百合は惚れた女の子と行為に及んでいると肌艶も良くなっていくからだ!
そこにキスと暴力行為の違いなど誤差の範囲内というわけだ。
あまりにも真っ直ぐに愛を語るイングリッドに、照れが勝ったイオリーン。
彼女は駄々っ子のように両手でポカポカと再度殴ってくるが、怒りの炎が付与されていない状態では破壊力は大幅に激減。
しかし身長差もあって、叩きつけられる拳はイングリッドの胸の高さ。
叩きつけられる度に心地良い刺激とも言える拳は、さらなる快楽を生み出すので思わずニヤケ顔が止まらないイングリッドなのであった。
「ところでイングリッド様。執務室に籠ったのは悩む前からですよね。
何か他に考え事があってこの部屋に入ったんですか?」
一通り漫才が終わったと見たクラミルが場面転換を図るべく声をかける。
彼女の周囲には、イングリッドとイオリーンがポカポカしている間に読み終わった本がうず高く積み重なり、まるで竜巻めいて彼女の知識の深さを示していた。
イングリッドも母親が学者であるため、マルチタスクや完全記憶などは造作もないが、
外見的雰囲気で「知識が似合う」のはどちらか、と問われればクラミルの方に軍配が上がるだろう。
普段の態度が大きな要因だ。クラミルは朝食のパンもきちんと用意できる家庭的な女性なのだから。
「で、それはともかくイングリッド。本題はそんな取舵いっぱいなんかじゃないんでしょ?
さっさと私たちに相談でも何でもしなさいよ」
今更ながら怒りのポカポカパンチがイングリッドの胸に触れ、快感を与えていた事実に赤面しつつも本題に戻そうとするイオリーン。
「あぁ、そうだな。
実は今、ハルちゃんに情報収集を頼んでるから、その成果が纏まるのを待ってたんだ」
「情報収集?」
「そ。ワタシのよく行く娼館に嫌がらせをする無礼な連中が蔓延っているんだが、どーもそいつらは金で雇われただけみたいでね。
何度も捉えて拷問したんだけど黒幕は掴めないんだ」
「それで、ハルカトーゼに?」
「その通り!
決して頭脳労働が面倒くさいからじゃないぜ♪」
胸を張るとブルンと揺れる大きなイングリッドの「面舵いっぱい」。
先ほどの感触が思いだされるからか、顔を背けてしまうイオリーンだが、チラリと横目で見続けているのは惚れた弱味というものだろう。実際可愛い。
クラミルはというと、「ならば待つだけ」と今すべきことを悟り、読書へと戻ることに。
1000ページ超えの長大作ファンタジー小説であることから、読み終わるまでは無反応となるだろう。
読書好きにとって読書中の、無我と有我の境地の境界線を彷徨う感覚はたまらなく楽しいのだから。
それから時間は流れ、ハルカトーゼがギルドでの仕事と情報収集を終えて帰ってきたのはクラミルが1000ページ超えの小説を読み終わったのと同時であった。
イングリッドは体の細胞の一つ一つを細胞壁で覆っているので基本的には固いです。
打撃技は効果が薄い。
たぶん、死んだら骨だけでなく肉の部分も朽ちずにそのまま残ると思います。




