日常
歌を謡い、物を運び、時に人も運ぶ武装旅団。
昔話は語る。ある時から世界には異形な化け物が生まれ、溢れる様になったと。
人は抗ったけれど化け物は強く、増え続ける様に見えた。
そんな傷ついた心達を癒したのは歌だったと言う。
争うだけは悲しいから。
人は集い歌い流れる。
今では無数の旅団が国々を巡り、血流となった。それが旅団の起源。
更に一部の化け物は癒され、記憶を取り戻した。
それらは化創に変ずる事が出来、化創士と呼称されたと言う。
俺達はそのひとつ、旅団『トラツグミ』と言う。
近隣の町を巡り、今日は久々にホームとした町に帰還。
この町に住みだしてもう5年になる。行商先でも良い仕事が出来て持ち帰れた品も多い。
時刻は夕刻、晩飯の準備前なので人通りの多い広場に陣取り、馴染みの客に答えつつ分担して荷解きと陳列を済ませる。
俺達の団トラツグミは現在4人のメンバーで音楽担当はボーカルの俺、アギラオの他に言語障害のあるイケメンギター兼ドラムス、女ギターの計3人。
隊長のノルドは歌好きだけど、もっぱら聞き専門で機材整備などを担当している頼りになるおっさんだ。
トラツグミで基本的に扱う商品は食料品に塩などの調味料、楽譜や小物、消耗品等。本職は歌謡なので商人と敵対しない範囲での扱いを心掛けている。
商品の配置を済ませた後はイケメンギターのフォルクが演奏を始め、女ギターのマリは仕入れを済ませた後、先に家に戻り出来る事をする事になっている。
フォルクの音色には温かみがあり人気が高い。演奏するは恋の歌、ドラムの重厚な響きが絡む落ち着いた音がともすればチャラく為りがちな恋愛歌に深みを与え、ギスギスとした商いの気を払う。
器用に演奏しながら微笑むフォルクの周りにも女の人垣が出来上がり、いつもの配置が出来上がる。
「イケメン爆発しろ」
流石長身、細身のさわやか系ロンゲ……女性受けがすこぶる良い。
俺は音楽を背に居並ぶ客をおっさんとバリバリ捌く事に専念する。
これが荷物のある時の俺達のやり方。
「しっかし、いつ見ても思うけどギターとドラムを同時演奏なんて器用だよな」と言うとフォルクは「そんな事無いですよ?」とカードに書いて見せる。
このカード、昔からフォルクが愛用している魔具で手に持って念じると文字が浮かぶ仕様らしい、サイズは少し大きめ。
数時間も経った頃合いで客もまばらになり、利益重視で無い販売はそんなこんなで終了、家に引き上げる事に。
俺達の家は町の外れにあって治安はそんなに良くないけど広い庭のある一軒家、勿論おっさんの持ち物だけど俺達も気に入ってる。
間取りは炊事場と居間、おっさんの部屋の3部屋で奥の間が倉庫になってて、2階へは玄関横の階段を上がる、2階はすぐ廊下になってて左右に4部屋。うち2部屋が空室で俺が1部屋借りてフォルクとマリは同室、少し広い奥の間の上を借りてる。
食事を済ませた俺達は一旦解散。
俺は自室で旅装を解きラフな格好に着替え酒場へと向かった。
暫くぶりに顔を出した俺の前にマスターが酒を置く。
「無事にお帰り、坊主」挨拶を返す俺。
「今日は連れは居らんのか?」と聞くマスターに一人練習に来た事を告げ、他のグループの演奏を聴きつつ待つ事しばし。
この日、歌の披露をしていた顔見知りのバンド『ウェザー』に混ぜて貰える事になり軽い打ち合わせをして一緒にステージへ。
チューニングを行う音、ざわめき、大勢の視線、人前で歌う事にはもう慣れたけれど衰えない興奮に気分が高揚して胸が熱くなる。
得意の開幕シャウト!
ビブラートを強く効かせた叫びに軽快な音楽に更に熱気が乗る。
声を張り情熱の歌を歌い上げ、聞き手と共に盛り上がる。
反応は上々。
その後も他のグループと入れ替わりつつ曲を変え、面子を変え歌う。
今でこそこんな暮らしが出来てるけど数年前、俺は孤児だった。
おっさんに拾われる迄は暴れる事しか知らなかった俺。当時は何も信じられずに他人の糧と日銭を奪うのが当然と感じる屑だった。
なまじ強かった俺をどうこうしようとしたのはおっさんだけで。
今はそれで良かったと思ってる。苦しかった気持ちも酷い生活も今は俺の歌の糧になっていると感じられる。
こうして一日が終わる。
これが今の日常。