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7月7日

作者: 綾鷹姫

 ―――――7月7日に、この丘でまた会おう。


 その約束を交わしたのはいつのことだったか。

 そう言った彼の名前も顔も今じゃ思い出せないのに。その約束だけは今も、鮮明に覚えている。

 約束を交わした幼き頃の夏。

 今年は、彼に会いに行かなきゃ。






―――――






日姫ひめ、聴いてるの?」


「あぁ、うん、ごめん、千名ちな。なに?」


「まーたこの子は」


 放課後の教室。私、織田日姫おりたひめ小林千名こばやしちなはいつも二人でこうしてガールズトークそするのが日課になっている。私と千名はクラスが違うため、学校内で会う機会も少なく、昼休み、または委員会が同じなので委員会のある日しか会えない程度。でも誰にも負けないくらい、千名と私は仲が良かった。


「この前の期末テスト、どうだったって聞いたの」


 早いことで高1の1学期が終わろうとしている。そして学期末のテストがつい3日ほど前に終わったのだ。テストが終わった当日に結果を聞かないのが千名流で、多分テストの話をもう聞きたくないという理由だと思う。


「うーん。数Ⅰが難しかったかなぁ」


「日姫って理数系苦手だよね」


 ちなみに私と千名は高校に入ってからの仲ではなく、中3で同じクラスになってからの仲だ。だから私が理数系で点数をとれないのを千名は知ってるし、


「千名は古文問題できなかったんでしょ?」


「ま、まぁね...」


 千名が文系できないのを私は知っている。それをお互いが馬鹿にしたことはないし、逆に励まし合って苦手な部分を教え合ってこうして受験にも成功している。


「テスト返ってきて欲しくないなー」


 テスト終わったあとの千名の口癖はいつもコレだ。


「そんなこと言ってても、返ってくるもんは返ってくるよ」


「そ、そんな馬鹿正直に言わなくても」


 あはは、と笑い合いながらそんな話をする。


「そーだ、もう7月だねー」


 入学してから3ヶ月が経とうとしていた。本当に早いものだ。


「今年は天の川、見えるかねぇ」


 急におばさん口調になって千名が言う。今日は7月4日。3日後には七夕の日だ。


「去年も一昨年も、その前も曇りだったっけ」


 ぽつりと私が呟くと、千名は馬鹿にしたように


「なに、日姫ってばそんな前の天気のことまで覚えてるの?天の川どんだけ見たいのよ、ロマンチストか」

 

 そう言い放った。


「年に一度、織姫様と彦星様が会える日だもの。そりゃぁ、ねぇ」


「空の上にそんなリア充がいると思ってるの...?純粋だねー」


 くははっ、と千名は笑いを上げ、私の肩を叩く。


「安心しなよ、今年の七夕は晴れる予定らしいから」


 千名の笑顔がちょっと眩しく思えた。





―――――






 私の家の自室の窓からは、空の丘、と呼ばれる丘が見える。名前の由来は分からない。

 だけど私はあの場所が好きだった。

 家族と喧嘩したとき。家に帰りたくないとき。気分が落ち込んで、泣きたくなったとき。私はいつも空の丘に登っていた。

 空の丘からの景色は本当に綺麗で、初めて登ってきたときは言葉を失ったほどだ。緑は溢れ、街全体を見渡せ、夜星が見える時間に登れば、手を伸ばせば星が掴めてしまいそうなほどの。

 七夕。

 千名が言ってくれなければ多分思い出すことはなかった。

 小5の七夕の日。私は確かにあの丘の上で誰かと約束を交わした。

 それが誰だかまだ思い出せないけど。





「...彦之ひこゆき?」






―――――






 目が覚めた。朝だった。いつの間にか眠りに落ちていたらしい。外は...雨だ。体がダルい。頭が痛い。ヒドく喉が痛い。

 昨日の夜が暑かったのだろう。ベッドから掛け布団が落ちていた。多分それで風邪でもひいたのだろう。


「今日は...休もう」


 私が起きる時間には親はもう仕事に出かけている。今日に限って妹は部活に行ってるらしくて家の中が静かだ。

 とりあえず私は千名に「風邪ひいたから今日は休みます」とメールを送り、学校にも連絡を入れ、薬を飲んでもう一度眠りについた。


 次に目が覚めたのは丁度お昼前。薬のおかげか頭痛はなくなったが、食欲がない。雨はまだ止む気配はない。


「...はぁ」


 なんとなく憂鬱な気分になった。今頃千名は何をしているだろうか。今頃クラスメイトは相変わらず騒いでいるのだろうか。今頃担任は呆れ顔で生徒を叱っているのだろうか。

 一人がこんなにもつまらないものだとは思わなかった。

 一旦自室から出て、一階へと階段を下りる。玄関を開けポストを確認する。新聞紙と親宛の多分保険関係の手紙と...茶封筒。


(なんだこれ)


 宛先は「織田日姫様」。裏返して差出人を見ると。


「「星野...彦之」...?」


 どこかで聞いた名前。だけど、どこで聞いたのか。

 とりあえず家の中に戻って、新聞紙と保険の手紙をリビングのテーブルに置き、星野さんからの手紙だけを持って自分の部屋に戻る。


「彦之って...」


 そこで思い出した。

 あの丘で。確か空の丘で、一度会った。もしかして...。

 とにかく私は封筒を開けた。中には一枚の手紙と...星型のデザインをつけた


「ヘアピン...?」


 女子の好みをなかなか分かっていらっしゃる方だ。いやいや、そうじゃなくって。

 私は中に入っていたその手紙を読み始めた。


『織田日姫様

  こんにちは。星野彦之です。

 お久しぶり、と言いたいところですが。多分日姫さんは僕のことを覚えてないでしょう。

 日姫さんと僕は、空の丘で一度会っています。と言っても4、5年ほど前の話ですけど。

 あの丘で僕と日姫さんである約束をしました。それは覚えててくれると嬉しいです。

 「7月7日に、この丘でまた会おう。」

 今年の七夕は晴れる模様。もしよろしければ7日の夜に空の丘で会ってみませんか?

 判断は日姫さん次第です。僕は7日の夜あの丘で待っています。

 星野仁彦より』


 こんな内容だった。

 約束。覚えている。名前も、覚えている。いや、思い出した。

 小学校の時、たまたま七夕の日の夜にあの丘に登って。星野さんと会ったんだっけ。

 もしかしたら。私が毎年天の川を見れるのを楽しみにしていたのはこれが理由なのかもしれない。

 今年の七夕は日曜日。丁度学校も部活も休み。親も10時あたりまで帰ってこないようなことを行っていたから家から抜け出し放題だ。妹はゲームでもして時間を潰しているだろう。

 その前に。


「風邪、治さなくっちゃね」





―――――






 7日はすぐに来た。しかも天気予報を確認したところ、曇りのマークがついている。なんてこった。

 それでも私は約束を果たしに行く。もう一度、星野さんに会ってみたい。






―――――






 夜になった。夜空にはうっすらと雲が見える。星の瞬きはちらほらと。今年も天の川は見れないのかな、と不審な思いを胸に、私は空の丘の頂上を目指し歩いた。なんとか風邪も完治し、約束のあの人と会える楽しみで足取りは軽かった。

 私の髪には、星野さんが送ってくれたあの星のヘアピン。

 でも、不安の方が大きかった。私は今まで星野さんのことを忘れていたのだから。きっと怒っているだろう。向こうは私のことをずっと覚えていてくれたのに、私は名前も顔も忘れて、約束のことだって忘れかけていたのだから。

 会って、謝らなくちゃね。





―――――






 頂上についた。うっすらとした月明かりで人影が一つ、ポツリと見えた。...妙に身長が高く思える。


「あ、あの...」


 私はやや小さめの声でその人に声をかけた。


「星野...彦之さん...ですか?」


 くるり、と私を振り返り、目が合った。優しそうな目。二重まぶたが似合う男性だ。...いや、おそらく私と同い年なのだろうから、男子、といった方がいいだろうか?


「織田...日姫さん...?」


 低くて柔らかいその声に私はコクリと頷いた。

 すると星野さんは私の手をとって


「ありがとう、来てくれてありがとう。また会えて、よかった」


 そう言って目に涙を浮かべた。


「ええ?!ちょっと、泣かないでくださいよ!」


「な、泣いてねーよ」


 そう言って星野さんは手のひらで目元を拭いて、笑うと


「こんばんわ、日姫さん」


「...こんばんわ、星野さん」


 お互いがお辞儀をして挨拶を交わした。


「あの...」


 私は口を開く。


「私、ずっと星野さんのこと忘れてて。約束のことも、ついこの間、思い出して...それで」


 なんて反応が来るだろうか。私の声はだんだん震えていった。


「ごめんなさい...」


「気にしないでよ」


 星野さんはきっぱりと言った。


「俺も、同じ感じだったからさ」


 あはは、と、そちらは申し訳なさそうに笑いをあげた。それにつられて私も笑う。


「俺が送ったそれ、付けてきてくれたんだ」


 星野さんは私の頭を指差し言った。


「せ、せっかくなので」


 少し照れ笑いになってしまった。だって、嬉しいのだ。こうして、昔会ったとされる人とこうやって話ができることが。


「今日、曇りになっちゃいましたね」


「そーだなぁ」


 私も星野さんも空を見上げてため息をついた。月だけは顔を出しているが、星が見えない。


「せっかく会えたのに、残ね」


「あのさ」


 私の言葉を遮るように星野さんが言葉を口に出した。


「俺さ、日姫さんのことを忘れたりしてたけど...けど、なんて言っていいのかな。俺さずっと好きな人がいるからって言って、告白とか断っててさ。自分でも好きな人が誰なのかわからなくてさ、それで、やっと気づいたんだ。」


 真っ直ぐと私を見つめて彼はこう言った。


「俺は、織田日姫さんが、好きだったんだ」


 しばらくの静寂が私たちを包んだ。


「あの...えっと...あっふ...」


 私はなんて言っていいのか分からなくなってしまい、上手く言葉を発することができなくなってしまった。


「あ。えっと、急にこんなこと言われても分けわからないよね」


 申し訳なさそうに、彼が笑う。

 そうじゃない。別に告白されたことに驚いているのではない。


「わ、わた、しも」


 途切れ途切れに言葉を出していく。


「私も、星野さんと、同じような、感じだった、から...」


「えっ?!」


 星野さんはそれにこそ驚いたように声を上げた。


「...俺ら二人揃って何やってんの」


「あ、あははは」


 それには私も笑うしかなかった。


「もし、もしよかったら日姫さん」


 先ほどより柔らかい表情のまま


「俺と付き合ってくれませんか」


 2秒程間をあけてから


「はい」


 とだけ答えた。

 瞬間。

 強風が一瞬吹いた。

 その時。私と星野さんは見た。


 空満面に広がる、星の集まりを。

 空を流れる、天の川を。


 約束は、果たされた。






―――――






「なによー日姫ー、最近ご機嫌だよねー。昨日何かあったのー?」


「な、なにもないよ。千名こそいつもとテンション違うじゃん」


「私はいつもこんな感じでしょ」


「わかった。テストの点が」


「ストップやめなさいやめてください」


 7月の放課後の教室。生暖かい風が教室の中を吹き抜ける。

 私と千名は同じように放課後の教室でトークを楽しんでいた。


「それにしても、今年も天の川見れなかったよね」


「私は見たよー」


「えぇ、うそー。曇ってたじゃん」


 千名の言葉を聞き、私は携帯の待ち受けを見せびらかした。


「うっそ、めっちゃ天の川見えてんじゃん!昨日とったの?!」


「うん」


 えーいいなーいいなー私にもその画像送ってよー、と迫ってくる千名を無視して私は帰る準備をした。


「あれ。もう帰るの?」


「うん、今日用事があって」


「珍しいね。私も帰ろーっと」


 千名も鞄を背負い教室から出ていこうとする。


「ところで」

 

 途中振り返り、千名が私を指差してこう言った。


「そのヘアピン、可愛いじゃん。」


「...ありがとう」


 私は千名に向けて最高の笑みを見せてやった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 七夕だなぁ〜 と、しみじみしてしまいました。 出てくる登場人物たちがとても可愛くて、七夕にこんな事があったらいいなぁ〜と本気で考えてしまいました。 [一言] もっと読んでいたいなと思いま…
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