紫眼のロザリンド|霊が見える令嬢は卑劣な犯人に自業自得の罰を与える
我が国では昔から『赤眼は血を見る、青眼は泣きを見る、紫眼は霊を見る』と言われている。
曰く赤眼は争いやすく、青眼は悲劇に見舞われやすい。
瞳の色で勝手に人の性質や運命を決めつけるなど理不尽だ。
しかし確かに俺の知る限り、赤眼は人と揉めがちで、青眼には不幸が多かった。
そしてこれも言い伝えどおり、十五歳から十八歳までの上流階級の子女が集う王立学園で出会った紫眼の伯爵令嬢――ロザリンド・クルスには霊が見えた。
彼女はこの特技を生かして、有料で心霊相談を受けている。
相談場所には主に、学園の敷地内にある礼拝堂が使われる。
ここはロザリンドが学園長の許可を得て、放課後だけ正式に借りていた。
この日も同じ学園の男子生徒が、人目を忍んで彼女に相談に来た。
今回の相談者であるウェイバー伯爵子息は、間近で見たロザリンドの姿に目を見張る。
「まさか紫眼で有名なロザリンド・クルス嬢がこれほど美しい女性だとは。もしこれで髪や目の色が黒や紫ではなく、お隣のレイフィアー卿のような金髪緑眼なら、学園中の男が虜になってしまいそうですね」
この男はまさか、これで彼女を褒めているつもりなのだろうか?
何かと忌まれがちな黒髪や紫眼と反対に、金髪や緑眼は『神の祝福』や『繁栄』を意味する色とされている。それはこの国の王族に金髪と緑眼が多いからだ。
よって男女ともに金髪緑眼というだけで、容姿に付加価値がつく。
逆に髪は黒に近いほど人気がなく、紫眼は不吉な噂があるので『せっかく美人なのに黒髪紫眼なのが残念だ』と、この男は言っているのだ。
他人事ながら腹を立てる俺をよそに、当のロザリンドは下手くそな誉め言葉を笑顔でスルーして、
「それで本日は、どのようなご用件で?」
と説明を促した。
相談者が言うには、彼のもとには夜になると女の霊が現れて「どうして、どうして?」と、しくしく泣くそうだ。
……ところで俺はロザリンドの助手兼護衛として同席しているが、実はお化けが大の苦手だ。
ロザリンドの隣で密かに身を硬くする俺をよそに、相談者はこう締めくくる。
「声だけで姿は見えないし、直接的な危害はないのですが、毎晩のように泣かれると流石に鬱陶しいし気味が悪くて。どうすれば霊を消せるか相談に来たのです」
ロザリンドを異性として意識してか、相談者はやや格好つけた態度で説明を終えた。
「霊を消したいなら、まず原因を知らなければ。彼女はあなたに執着しているようですが、霊の正体や動機について心当たりはありますか?」
ロザリンドの質問に、相談者はバツが悪そうな顔で俺に目をやった。
「いちおう心当たりはありますが、なるべく人には知られたくなくて。話すならレイフィアー卿には、退席していただきたいのですが……」
彼はいちおう本当に困っているようだが、どことなく軽薄で信用できない感じだ。
ゆえに俺は断固たる態度で告げる。
「悪いが、俺は彼女の護衛として同席している。と言うのも人目が無いのをいいことに、相談のフリをして彼女に言い寄ったり、拒否されて逆上したりする男がいるからだ。あなたも紳士なら彼女の安心を優先して、同席を認めて欲しい」
「そう言われれば拒否はできませんが……王家の血を引くレイフィアー公爵家の次男でありながら、兵科トップの実力者として名高いあなたが、なぜ恋人でも婚約者でもないクルス嬢の護衛を?」
彼の疑問は尤もで、公爵家の次男が金銭と引き換えに護衛を務めるわけがない。とすれば金銭以外の理由になるが、仮に古きよき騎士道精神によるものなら、男の助けが必要な女性は他にもいるだろう。
ならなぜ恋人でも婚約者でもないロザリンドを特別に護るのか?
黙り込む俺に代わり、ロザリンドが優雅に説明する。
「実は彼もあなたのように、かつて霊の相談に来たのです。義理堅い彼は問題を解決したお礼として、私の護衛をしてくれるようになりました」
口の上手い彼女は本当の経緯を話しつつも、触れて欲しくない部分は伏せてくれた。
「なるほど。そうだったのですか」
俺たちの関係に納得した相談者は「では」と代案を出す。
「レイフィアー卿の同席を認める代わりに、ここで聞いた話は口外しないでいただきたいのですが……」
「もちろん。私も彼も、ここで知り得た情報は決して他言しませんから、安心してお話しください」
ロザリンドの勧めに、相談者は重い口を開いた。
「僕に取りついているのは、恐らく当家に仕えていた若いメイドです」
相談者によれば、彼女はメイドの身でありながら、伯爵家の跡取りである彼に、一方的な恋着を向けていたらしい。
しかしそもそも身分違いの上に、彼には同じ学園に通う婚約者がいるので無視していたそうだ。
「しかも彼女は……女性であるクルス嬢にお聞かせするのは憚られますが、実はメイドとして働く以外に陰で春を売っていたようで。その末に妊娠したのが、なんと僕の子だと言い出したんです」
普通の令嬢なら確かにショックを受けそうな内容だが、人の闇に触れ慣れているロザリンドは冷静に話を進める。
「かなり突拍子のない嘘に聞こえますが、彼女はなぜ客との間に身ごもった子を、あなたの子だと?」
「さぁ? 思い込みの強い女でしたから、妄想と現実の区別がつかなくなったんじゃないでしょうか。それか僕の子だと言い張ることで、慰謝料でももぎ取ろうとしたのかもしれません」
自分を嵌めたメイドに悪感情があるのか、相談者の口調には彼女への嘲りが滲んでいた。
「そんなトラブルがあったとして、彼女はどうして亡くなったんだ?」
霊の正体がメイドなら、彼女はその後、死んだことになる。
俺に理由を尋ねられた相談者は、再び話に戻る。
「彼女がどうして亡くなったかは知りません。と言うのも一時は僕の子だと言い張ったものの、後で気が咎めたのか、彼女は自ら売春や本当は客の子であることを告白する文書を残して消えたのです。罰せられる前に逃げたのだろうと思っていましたが、霊になって現れたことを考えると、恐らく自らの過ちを恥じて自殺したのでしょう」
事実というより自身の憶測を述べた相談者は、
「これで彼女に関することは全て話しました。どうすれば、この霊を消せますか?」
とロザリンドに助言を求めた。
「では、お教えしましょう。取りついた霊を祓うには、あなたが真実を告白し、心から彼女に詫びるとともに社会的な罰を受けることです」
口元だけの微笑みで冷ややかに告げるロザリンドに、相談者は「なっ!?」と肩を跳ねさせた。
予想外の展開に、俺は眉をひそめて尋ねる。
「真実を告白? つまり失踪後に亡くなったらしいメイドが身ごもっていたのは、やはり彼の子だったということか?」
「ええ。それもだけど、彼はもっと許されざる罪を犯しているの。そうですよね? ウェイバー様」
ロザリンドの追及に、相談者は声を荒げる。
「な、何を根拠に人を嘘つき扱いするのですか!? 彼女自身が腹の子は、売春の末の子だと認めているのですよ!?」
「それは失踪後に残されていた文書によるものでしょう? 筆跡を真似るなりタイプライターを使うなり、本人がいなければいくらでも偽造できるものです。悲しいことに貴族の若様に立てついてまで、メイドを救ってやろうとする者は少ないでしょうしね」
さらにロザリンドは確信を持って、こう続ける。
「あなたは保身のために、全て彼女の嘘だったことにしようと偽の文書を作った。そして陰で売春をしていたという汚名を着せるとともに、失踪に見せかけて彼女を殺したのです」
「まさか、そこまで酷いことを?」
思わず口を挟む俺に、相談者は「違う!」と叫ぶ。
「だいたい彼女は失踪して死体さえ見つかっていないのに! どうして僕が殺したなんて言えるのですか!?」
確かに死体がなければ、いつどうやって亡くなったか分からない。それでは他殺だと言い切れないはずだ。
「死体がなくとも私には見えていますから。彼女があなたの残酷な嘘に顔を覆ってかぶりを振る姿と、その細い首に残る誰かの手の痕が」
ロザリンドの言葉に、相談者と俺は「うっ」と青くなった。
俺が恨まれているわけではないが、すぐそこに霊がいると知って、すごく怖かったのだ。
それぞれの理由で戦慄する男たちをよそに、ロザリンドは真顔で核心を突く。
「否定だけでは彼女のほうが嘘を吐いている可能性もある。しかし首についた絞殺の痕だけは誤魔化せません」
「ロザリンドの話が本当なら、自分を手で絞め殺すのは不可能だから、明らかに他殺だろう」
人間には防衛本能があり、命の危機を感じると、意思とは裏腹に手の力が緩んでしまう。
仮に強靭な精神力で本能に抗ったとしても、死ぬ前に酸欠で意識を失う。すると、やはり手の力が緩むので、どちらにしろ最後までは絞められない。
俺たちの指摘に、相談者は動揺しつつも反論する。
「し、しかし本当は他殺だったとしても、行きずりの犯行の可能性だってあるじゃないですか……」
失踪後に彼女が一人で行動していたとしたら、確かに悪人の餌食になる可能性は高い。
けれどロザリンドは即座に、その説の穴を突く。
「他の人間に殺されたなら、なぜ犯人ではなくあなたに取りついたのでしょう? 殺された霊は大抵、その死の原因になった人物のもとに現れるものですが」
例えば殺し屋に依頼した場合、霊がそれを知っていれば依頼人を恨むらしい。
けれど相談者は『行きずりの犯行だろう』と言った。それなら自分を直接手にかけた相手を恨むはずだ。
「そ、それは……」
たじろぐ相談者に、ロザリンドはさらに畳みかける。
「それにあなたは声しか聞こえない女の霊を、なぜかいなくなったメイドだと思った。あなたの話が本当なら、彼女は失踪しただけで死んでいるとは限らないのに」
そもそも相当親しい相手でなければ、声だけで判別するのは難しい。
執事やメイド長などの管理職や、侍女や侍従など主人に付き従う者と違い、メイドは貴族にとっては名もなき下働き。
下働きの者は、まるで空気のように主人に存在すら感じさせないことが美徳だ。それが主人に自分から話しかけるなど普通はしない。彼らが本当にただの主従関係なら、声を聞く機会などほとんどなかったはずだ。
では、なぜ相談者はそれができたのか?
要するに本当は声だけで分かるほど親しい仲であり、
「それが『どうして、どうして』と泣くだけの声を聞いて霊の正体が分かったのは、恨まれる覚えがあるとともに、彼女の死を知っていたからです」
ロザリンドが言ったように、自分が殺したから化けて出たのかもと思ったわけだ。
ロザリンドの鋭い指摘に、相談者は今度こそ言葉を無くして「う、うぅ……」と情けなく唸った。
「無責任に女性を孕ませたばかりか、保身のために相手の名誉を汚し、あまつさえ命を奪うなんて。恨まれて当然じゃないか!」
あまりの非道さについ叱責すると、相談者は敬語も忘れて怒鳴り返す。
「う、うるさい! 僕には婚約者がいると彼女は知っていた! それをメイドの分際で『卒業したら婚約破棄して君と結婚する』なんて見え透いた嘘を信じるほうが悪いんだ!」
あり得ない言い訳に、ロザリンドは皮肉な微笑みで俺を見た。
「まぁ、面白いわね、エドワード。この人自ら、軽薄な嘘で彼女を騙したと認めたわ」
「どうやら自分が何を言っているかも分からないようだな」
言外に非難する俺たちを、相談者はキッと睨み返しながら吠える。
「言っておくが、この話を人にしたところで無駄だからな! この国では霊の存在は公に認められていない! 彼女が僕に殺されたと警察に訴えたところで、君たちの正気が疑われるだけだ!」
それはコイツの言うとおりで、我が国では神や天使への信仰は許されているが、霊や悪魔は空想の産物とされている。
霊や悪魔の存在を認めれば、過去に多くの混乱と犠牲をもたらした魔女狩りの悲劇が、また繰り返されるかもしれないからだ。
よって親しい者同士で語るくらいは構わないが、コイツの言うとおり、犯罪や裁判の証拠として公に訴えることはできない。
「それであなたは永遠に彼女の霊を貼り付けて生きて行くつもり? 新妻と同じベッドで昔殺した女のすすり泣きを毎晩聞くなんて、さぞ楽しい新婚生活になるでしょうね」
ロザリンドの痛烈な皮肉に、相談者は急に弱気になって呟く。
「僕だって、こんなことになって後悔している。しかし今さら罪を告白するなんて無理だ。婚約者がいるのにメイドを孕ませたばかりか、殺したなんて知られたら、父上がどれほどお怒りになるか。そんな目に遭うくらいなら死んだほうがマシだ……」
罪無きメイドを殺しておきながら、我が身を嘆く相談者に、ロザリンドは笑顔で言い放つ。
「でしたら、いっそ死んだらいかが? あなた自身が居なくなれば、彼女に悩まされることも罰に怯える必要もありませんよ」
「なっ……」
言葉を失う相談者をよそに、ロザリンドはふと彼の背後を見て語調を変える。
「……というのは私の意見であって、彼女の意思は違うようです。彼女が求めるのはあなたの破滅ではなく、心からの謝罪と弔い。あなたが隠した遺体を彼女の母親に還してキチンと埋葬し、毎年の命日に手ずから花を供えて欲しいそうです」
騙されて孕まされ、最後には命まで奪われたにもかかわらず、彼女は復讐を望んでいないのか。
そう言えば、コイツの話では「どうして? どうして?」と泣くだけで、直接的な危害はなかったらしいことを思い出す。
ここまで踏みにじられてなお、残酷になれないメイドが、かえって気の毒だった。
しかし当の加害者は、
「馬鹿な! そんなことをしたら自分が犯人だと告白するようなものじゃないか!」
と被害者のささやかな望みさえ、保身のために拒絶する。
「彼女の他殺体が見つかっても『行きずりの犯行だ』と、しらばくれればいいじゃないですか。彼女があなたに取りついていることは周りには分からないのですから、多少怪しまれても、それだけで有罪にはなりませんよ」
ロザリンドの言葉に、相談者は親指の爪を噛みながらゴニョゴニョとごねる。
「しかし、その後、彼女の墓に自分の手で花を供えるようになったら……人に見られたら、どんな噂を立てられるか……」
どこまでも身勝手な犯人に、ロザリンドは冷たい眼差しで告げる。
「だとしても証拠がない限りは、やはり噂止まりです。あなたは彼女から、もっと大事なものを奪ったのですから、周囲の視線が痛いくらいは罪滅ぼしと思って受け入れては?」
大きな罪を犯した相談者が、人目を恐れる気持ちは理解できる。
けれど公的な罰を逃れたいなら、せめて被害者の願いくらいは聞くべきだ。
ところが相談者は逆上して叫ぶ。
「君はさっきから霊の無念を晴らす方向で話しているが、僕が頼んでいるのは彼女に許されることじゃなく消すことだ! 君も霊能者なら霊の機嫌を窺うんじゃなく、不思議な力で消したり追い払ったりできないのか!?」
無関係の相手ならまだしも、かつては愛を囁いた相手に、人はここまで残酷になれるのか?
いっそ俺が叩きのめして、高いところに吊るしたいくらいだ。
ロザリンドもさぞ怒るだろうと思ったが、
「分かりました。では私が彼女を説得しましょう。『あなたにはもう何も期待するな。弔いなら別の人間に頼め』と」
彼女は急に笑顔で矛を下げた。
呆気に取られる俺をよそに、相談者も目を丸くして問い返す。
「ほ、本当か? それで彼女は僕から離れるのか?」
「ええ。彼女は責任を持って、こちらで弔いますから、あなたはもう何もしなくて結構ですよ」
ロザリンドの言葉に、相談者はホッとしたように笑った。
「は、ははは。なんだ。そんなことができるなら、最初からそうしてくれれば良かったのに。危うくしなくてもいい贖罪をするところだった」
「『しなくてもいい贖罪』じゃなくて『しなければならない贖罪』だろう。まさか本当に全てをロザリンドに押し付けるつもりじゃないだろうな?」
俺に咎められるも、相談者はヘラヘラと返す。
「本当にも何も、本人がそうしていいと言っているんじゃないですか。そうでしょう? クルス嬢。あなたが僕の代わりに彼女を弔ってくれるのですよね?」
「ええ。だって、あなたは彼女を弔ってくれないのでしょう? 放置は可哀想じゃないですか」
「ロザリンド。しかし……」
食い下がろうとする俺に被せるように、相談者が明るい声で言い放つ。
「感謝します、クルス嬢! お礼は、いくらがいいですか? 望むだけ支払いますよ!」
「いいえ。事前にいただいた相談料だけで結構です。私が助けたいのは彼女であって、あなたではありませんから」
ロザリンドはいつも相談料と解決料を別に取る。話を聞いた結果、あえて助けないこともあるからだ。
それなのに今回は、明らかに非のある相談者を助ける真似をした。
相談者が去った後、俺は眉を寄せて彼女の真意を問う。
「ロザリンド。本当に、このまま事件を闇に葬るつもりか?」
「事件を闇に葬る? 私、そんなことを言ったかしら?」
食えない笑みで返すロザリンドに、俺は「は?」と戸惑う。
「しかしさっきはアイツに何もしなくていいって。彼女は自分が弔ってやると言っただろう?」
「だってこれ以上、話がこじれたら彼、他の霊能者に頼みに行きそうだったし。彼には言わなかったけど、実は霊の意思を無視して強引に消すこともできるの。ただその場合、今度は魂ごと消滅してしまう。あんな男のために、二度も彼女を殺させるわけにはいかないでしょう?」
アイツのためではなく、霊になった彼女を別の霊能者から護るために弔いを引き受けたのか。
気の毒なメイドのためだと言われれば、少しは納得できるが、
「だから君が代わりに弔うと? しかし、それでは結局アイツはお咎めなしでは?」
俺としては、あんな卑劣な男がなんの罰も受けないなんて許せなかった。
しかし俺の質問に、ロザリンドは無言で笑った。
俺の経験上、これは何かよからぬことを企んでいる顔だ。
「まぁ、彼の裁きは天に任せて、私たちは彼女の弔いに集中しましょうよ」
ロザリンドには何か考えがあるようだと、俺は彼女に協力することにした。
【相談者視点】
クルス嬢に相談した後、メイドの霊は現れなくなった。
どうやらクルス嬢が上手くやってくれたようだ。
あの二人が僕の罪について、口外しないかという恐れはある。
しかし前に言ったとおり、霊の存在を信じるのはほんの一握りだ。
クルス嬢のように霊が見えるか、僕のように霊の被害に遭って初めて存在を信じる。
だからクルス嬢が霊を根拠に罰しようとしても、僕はただしらばくれるだけでいい。
霊なんて存在しない。彼女は力を誇示して自分の信者を増やしたいだけだろうと。
これで僕は安泰だと、ようやくホッとしたのも束の間。
クルス嬢への相談から、およそ三週間後。
全寮制の我が校に、なんと父が面会に来た。
父もこの時期は領地を離れて仕事で王都にいるが、学園まで会いに来るなんて初めてだ。
学園の面会室で父と会った僕は、その用件を聞いて心臓が凍った。
「えっ!? 失踪したメイドの死体が見つかった!?」
動揺する僕に、父は冷静に詳細を告げる。
「ああ。それも残念なことに、メイドの死体を見つけたのは警察や無関係の第三者ではなく、お前の婚約者だ」
「な、なぜ彼女がメイドの死体を!?」
メイドとのトラブルは外部に漏れないように、硬く口止めしていた。特に婚約者とその家族には、絶対に知られないように注意していた。
それがなぜ事件を知らないはずの婚約者が、メイドの死体を発見したのか?
僕の疑問に、父はこう答える。
「信じがたい話だが、どうも死んだメイドの霊がお前の婚約者のもとに現れるようになったらしい。そこで霊を恐れたお前の婚約者は、この王立学園にいるという霊能者に相談したそうだ」
僕の婚約者も、この学園の生徒だ。そしてこの学園に霊が見えると噂の紫眼持ちは一人しかいない。
「王立学園にいる霊能者……もしかしてロザリンド・クルス伯爵令嬢のことですか?」
「ああ、確かそんな名前だ。お前の婚約者はその霊能者に『霊を消すには望みを叶えてやる必要がある。この霊の場合は遺体を発見し、親元に還すことだ』と助言されたそうだ」
父の話を聞いた僕は、クルス嬢の発言を思い出した。
『分かりました。では私が彼女を説得しましょう。「あなたにはもう何も期待するな。弔いなら別の人間に頼め」と』
あの女、あの時から別の人間にメイドの霊を差し向けて、死体を発見させるつもりだったのか!
それも、よりによって僕の婚約者に!
衝撃を受ける僕をよそに、父は淡々と話を続ける。
「霊能者の指示どおり、お前の婚約者は使用人に命じてメイドの遺体を発見した。次に親元へ還そうとして、失踪前のトラブルを知ったんだ。メイドはお前の子を身ごもったと訴えた後に、何者かに殺されたのだとな」
「ぐっ……」
青くなって冷や汗をかく僕を、父は冷ややかに見ながら再び口を開く。
「死体を発見したのが警察かメイドの母親なら強引に揉み消すこともできた。しかし同じ貴族相手ではそうもいかない。婚約者はすっかりお前を疑って父親に訴えた。『彼には殺人の疑いがある。そんな恐ろしい人と結婚させないで』とな」
この際、婚約破棄は仕方ないが、殺人だけは認めるわけにはいかない。
現在は長男である僕が跡を継ぐ予定だが、うちには弟が二人いる。
メイドを孕ませただけならまだしも、殺したとなれば、跡継ぎの座から外されるかもしれない。
「そ、そんな。あのメイドが殺されたからって、僕のせいとは限らないでしょう? 単に姿を眩ませた後、金か女目当ての暴漢に殺されて埋められたのかも……」
ところが僕の言い訳を遮るように、父が鋭く指摘する。
「なぜメイドの遺体が埋められていたと知っている?」
「えっ?」
父の発言の意味が分からず、僕はポカンとした。
そんな僕に、父は厳しい表情で追及する。
「私はお前にメイドの遺体が『発見された』と言っただけだ。それだけなら単に見つかりづらいところに遺棄されていたか、屋内に隠されていた可能性もある。それなのに、なぜお前は死体が埋められていたと知っていたんだ?」
「そ、それは……」
言いよどむ僕の返答を待たず、父は続けて叱責する。
「正直お前に都合のよすぎる文書を残してメイドが失踪した時点で怪しいとは思っていた。しかし信じたくなかった。まさかうちの息子がここまで馬鹿だったとはな!」
ついに声を荒げた父に、僕は半泣きで謝罪する。
「ち、父上! どうかお許しください! 父上だって身内から犯罪者を出したくはないでしょう!?」
「ああ。だが、さっきも言ったとおり、相手が貴族ではもみ消しは不可能だ。先方はお前の卑劣な所業に怒って、相応の罰を与えるべきだと言っている。無視するなら事件を公表すると」
「そ、相応の罰って……」
震えながら問い返す僕に、父は冷たく宣告する。
「交渉の結果、警察に引き渡す代わりに、空の葬式を出すことになった。それがお前への罰だ」
空の葬式とは、上流階級において最も重い絶縁だ。
単に家から追い出すのではなく、葬式を挙げることで社会的に死んだことにする。
単なる勘当なら和解の可能性もあるが、空の葬式は正式に死者として記録が残り、決して取り消せない。
僕は二度とウェイバー伯爵子息を名乗れず、当然その権利も行使できない。
「空の葬式って……つまり僕を死んだことにすると!? 生きながら死んだことにされて、僕はどうすればよいのですか!?」
「名もなき民として生きるか、偽名を使って自力で出世するか。この家の息子を名乗るでなければ、好きにすればいい」
実の父からの非情な仕打ちに、僕は泣きながらその場に崩れ落ちた。
「そんな……メイド一人殺したくらいで、実の息子を捨てるなんて、あんまりだ……」
「……お前がそう言う考えなら、これ以上の愚行に及ぶ前に切り捨てるのが我が家のためだろうな」
これから僕は社会的に死ぬのだから、当然この学園にも通い続けられない。
父は僕を退学させると、家には連れ帰らず、手切れ金を渡して追い払った。
この金は後ろ盾を失った僕に父が寄越した、せめてもの慈悲。
この金が尽きる前に、僕は新しい人生を始めなければならない。
だが、なぜ僕がそんな惨めな人生を甘受しなければならない!?
こうなったのは全て、あのロザリンド・クルスのせいだ!
秘密を守ると約束したのに、最悪の方法で僕の罪を暴いた!
僕を破滅させたあの女に復讐しなければ気が済まない。
そこで僕はこの手切れ金を使って、あの女の殺害を依頼することにした。
貧民街に行けば、金のためなら平気で人を殺すような悪人どもがいくらでも見つかる。
僕は早速、薄汚い酒場に出向いて、昼間から飲んだくれている連中に声をかけた。
「ほう? それで親に捨てられた腹いせに、その貴族のご令嬢を殺して欲しいって?」
僕から事情を聞いた中年の男は汚らしい無精ひげの生えた顎を撫でながら、面白そうに言った。
高貴な出自の僕が、こんな社会のクズにタメ口を聞かれるのは耐え難い屈辱だが、今はこの依頼を成立させるほうが先だ。
「そうだ。その女を殺してくれたら、ここにある金は全て君たちにやる」
「女一人を殺すだけならわけないが、王立学園に通っているとなりゃ早々手は出せねぇ。全寮制じゃ、学園への行き帰りを狙うってこともできねぇしな。俺たちを警備の厳しい王立学園に潜入させるか、そのお嬢ちゃんが外に出るタイミングを狙う手段はあるのかい?」
賢そうに見えて間抜けな質問だ。
「ただあの女を殺すだけなら僕にだってやれるさ! 部外者が学園にいるアイツを襲うのは難しいから、大金を払ってお前たちに頼んでいるんだろう!? この金が欲しければ自分たちでなんとかしろ!」
察しの悪さに激怒する僕に、悪人たちは「ほ~ん……」と気のない返事をした。
僕の話をちゃんと理解しているとは、まるで思えない態度。
別の人間を当たるべきかと思った時、男は急に鋭く眼を光らせる。
「その金を手に入れるために、早速いい案が浮かんだぜ」
「なんだ? 言ってみろ?」
説明を急かす僕に、男はニヤッと笑って告げる。
「そのお嬢ちゃんの代わりに、交渉の仕方も知らねぇ馬鹿な依頼人を殺すんだよ」
咄嗟に背後を振り返ると、すでに男の仲間たちが悪意の笑みで僕の退路を塞いでいた。
【ロザリンド視点】
私がわざと事件を発覚させたことを知れば、あの男は必ず復讐しようとするだろう。
その危険は承知で、私は彼を破滅させた。ただし私に復讐するなら、必ず返り討ちにしてやるつもりで。
護るにも迎え撃つにも情報は不可欠だ。
よって私は相手の出方を探るために、肉体を抜け出して霊の姿でたびたび監視していた。
今日も昼食後に、学園の医務室のベッドに抜け殻を横たえ、霊の状態であの男の様子を見に行っていた。
それがまさか、あんな間抜けな最期を迎えるなんて。
契約は対等な力を持つ者同士か、約束を守らせる第三者の存在なしには成立しないと、お父様に教わらなかったのかしらね?
「ロザリンド? 急に笑って、どうした?」
ベッドの横で本を読んでいたエドワードが、笑い声に気付いて首を傾げる。
彼と医務室の先生には体調不良だと言い訳してベッドを借りたので、心配して付き添ってくれたのだ。
私はベッドから身を起こすと、笑みを残した顔で彼に告げる。
「いえ? 面白い夢を見て、つい笑ってしまっただけ」
「どんな夢だったんだ?」
「馬鹿が自業自得の成り行きで無残に殺される夢」
ニッコリ言ってのけると、彼は呆れ顔で注意する。
「……たとえ夢でも人の死を嗤うのは、どうかと思うぞ」
エドワードはいかなる時も道徳を重んじ、他人に軽々しく同調して自分の品性を損なわない。
彼のそういう点は好ましいが、自分がそうなろうとは思わないので、
「残念ながら私はあなたほど性格がよくないの」
別に自虐したつもりはなかったが、彼はフォローするように言う。
「しかし君のおかげで、あの男は罰を受けてメイドの遺体も発見された。遺体は母親の手で共同墓地に葬られたそうだし、きっと彼女も喜んでいるだろう」
エドワードには悪いが、それはそうあって欲しいという生者側の願望だ。
『理不尽に命を奪われたけど、ちゃんと埋葬されたから満足だろう』なんて自分じゃないから言えるのだ。
「……あなたに言っても仕方ないけど、彼女は愛する人の裏切りによって唐突に人生を奪われたのよ。その痛手は簡単には癒えないわ。ましてあの男は最後まで反省などしなかったのだから」
私にも心から謝って欲しい人がいた。けれど彼女と同様に謝罪は得られなかった。
どうして、ただゴメンと。自分が悪かったと言ってくれなかったの?
私も密かに、ずっとそんなやるせなさを抱え続けているから。
「あの男を罰することはできても、彼女の本当の望みを叶えられなかったのは無念だわ」
そんな心残りを吐露してから最初の休日、エドワードは私をある場所に誘った。
「なんだ。珍しく遠出したかと思ったら、お墓参りだったの」
彼が手配した馬車で連れて来られたのは、殺されたメイドが埋葬された街の共同墓地だった。
「犯人が罰を受けただけでは、彼女の心は癒えないと言っていたから。しかし赤の他人が花を供えたところで意味はないか?」
白百合の花束を手にしたエドワードは、少し不安そうに尋ねた。
彼には見えないが、亡くなったメイドが墓石の横で微笑みながら首を振る。
そうよね。心から自分の死を悼んでくれるなら、誰からのお花だって嬉しい。
「ロザリンド?」
その呼びかけに、私はエドワードへ視線を戻す。
「いいえ。きっと彼女、喜んでいるわ。ありがとう、エドワード」
怖がりの彼はよい霊でも、いると分かると怯えてしまうので推測ということにして、彼女の代わりに感謝する。
「別に……俺も犯人が罰を受けても被害者が救われなければ意味がないと思うだけだ」
そう呟きながら彼女の墓前に花を供えるエドワードの姿に、私は目を細めながら言う。
「あなたはお化けが怖いのに、お化けにも優しいのね」
「お化けは得体が知れないから怖いんだ。得体の知れているお化けは、ただの人間だから怖くない」
だから彼女の悲運を知ったエドワードは生者と同じように故人を労わる。
その気持ちは本当だろうけど、
「あなたの考え好きだけど、そう優しいとお化けにモテちゃうわよ?」
笑顔で言うと、彼は「ぐっ……」と肩を揺らした。
私はニヤニヤしながら彼の腕を突く。
「本当は怖いんでしょう? 素直に『護ってください』って言ったら?」
なぜ次男とは言え、公爵家の人間である彼が婚約者でもない私を護り助けるのか?
答えは簡単。私たちは互助関係にあるのだ。
あの男に話したとおり、エドワードも元は相談者で、私は彼が大のお化け嫌いなのを知った。
彼も私と知り合ったことで、今までは信じないようにしていたお化けの存在を確信し、いっそう怖くなったらしい。
そこでエドワードは霊から、私は現実的なトラブルから助けてもらうべく一緒にいるようになったのだ。
けれど将来は将校として国防を担うべく「強くあれ!」と厳しく育てられたエドワードは、人に弱みを見せまいとする性格なので、
「男がそう何度も、女性に縋るわけには……」
小刻みに震えながらも強がるエドワードに、
「でも本当は?」
重ねて問うと、彼はしばらくして観念した。
「お化けだけは、どうしてもダメだ……。さっきはああ言ったが、得体が知れていても、あまり寄って来られたくない……」
彼の心を折った私は満面の笑みで「素直に言えて偉いわ」と褒めると、
「ちゃんと護るから安心して」
とエドワードの背をポンポンして励ました。
そんな私たちの背に「あの……」と女性の声がかかる。
振り向くと、若い女性を連れた中年の女性がいた。その中年の女性は、メイドの母親だった。
「もしかして娘に花を供えてくださったんですか?」
メイドの母親のことは一方的に知っていた。
あの男の婚約者を被害者の母親のもとに向かわせた時、やはり霊体になって成り行きを見守っていたから。
その後。娘さんの意思を婚約者に伝えた霊能者が私だと知ったお母様は、
「あなたが娘の無念を貴族のご令嬢に伝えて、遺体を発見してくださったんですね。本当にありがとうございました」
と感激に目を潤ませながら頭を下げた。
「いいえ。人として当たり前のことをしただけです」
人として当たり前どころか、遺体発見のために罪なき婚約者にメイドの霊を差し向けた私は、まぁまぁの悪人である。
しかも解決料は取らなかったけど、相談料は拒否するほうが不自然だからもらっちゃったし。
私はこうして生きるために罪を重ねて行くのね……と、ちょっと遠い目になる。
「失礼ですが、そちらの女性は?」
エドワードの質問に、メイドの母親は感じよく答える。
「娘の友人です。遺体が見つかったことを知らせたら、お墓参りがしたいと」
彼女たちに場所を譲った私は、離れた場所からその背を見つめて呟く。
「彼女、ちゃんと愛されていたのね」
たまたま非情な男の餌食になってしまっただけで、彼女自身は温かな人間関係の中にいたのだ。
亡くなった彼女が孤独でなくてよかったと喜ぶ私を見下ろして、エドワードが口を開く。
「……俺には死者は見えないが、きっとここを訪れる人たちが、いつか彼女の悲しみを解いてくれるだろう」
先日は埋葬されただけで霊が満足するなんてあり得ないと彼の言葉を否定した。
けれどエドワードの言うとおり、遺体が発見されたおかげで、心から故人を想う人たちがこうして訪れてくれるなら――その人たちの優しさが、きっと少しずつ傷ついた心を癒してくれるだろう。
私も隣に立つ彼の不器用な優しさに、ずいぶん救われたから、いつか彼女の悲しみも解けるはずだと今度は信じられた。
まぁ、でもこういうしんみりした空気は好きじゃないので、
「私、お腹が空いたわ、エドワード。せっかく外出したんだし、何か奢って?」
当たり前のように頼む私に、彼は分かりやすくムッとした。
「すぐにたかろうとする」
公爵家の次男であるエドワードは、伯爵令嬢でありながら親と仲の悪い私より、うんと裕福なので、よく食事やお菓子を奢ってもらっていた。
「だって私、あなたにしか甘えられないんだもの。ダメ?」
私はこの紫眼のせいで家族から疎まれている。
その証拠に父は私をこの学園に入れたのを最後に、卒業後は一切の援助を切ると言っていた。
それを告げられても当然だと思う程度には、庇護や愛情とは無縁の人生だ。
しかし、この王立学園で出会ったエドワード・レイフィア―という人は気難しそうな顔つきに反してあまりに毒が無いので、いつしか拒絶や失望を恐れずに甘えられるようになってしまった。
そんな彼は今回も、
「……まぁ、君のおかげで事件が解決したんだし、褒美に奢ってもいい」
と無愛想に私の甘えを許してくれた。
「やった。じゃあ、行きましょう」
私はパッと笑って彼の袖を引くと、共同墓地を後にした。
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