1-1.荒れた家庭
1-1.荒れた家庭
俺は22歳。大学の4年生。家庭は荒れているので普段は大学の寮に入っている。
万年金欠ではあるが、奨学金は借りられたし、サークルの先輩も後輩も良い人が多い。金がないから教科書は先輩にねだってお古をもらっていた。
「おい、○○?」
「あ、どうも。」
「俺、来月から、次の研修プログラムで田舎の病院行くんだけど、国試対策の本、欲しがってたよな?」
「あ、ええ。」
「取りに来るならやるけど。どうせ資源ゴミにするんだし。」
「あ、勿体ない。先輩、すぐ取りに行きますよ。」
「了解。待っててやる。」
俺は先輩のアパートに向かった。
「どこかへ行く予定だったのか?」
「はい。本を頂いて寮に持ち帰ったら、ちょっと実家に。」
「ああ。お前も苦労が多いな。親父さんの酒瓶、片付けるんだろ。」
「え、あ、まあ。」
俺は頭を掻いた。父の酒のことは、飲み会であまり飲まない言い訳として、皆に話しているが、母が風俗嬢とは恥ずかしくて言えない。
「まあ、頑張れよ。国家試験を通れば、同じ、医者だ。」
「ええ、先輩みたいに良い研修医になれたら良いんですが。」
「お前ならなれるって。」
「ありがとうございます!」
「ほら、これ、『演習銀行』と『年間帳面』」
「ありがとうございます!わあ!いっぱい線が引いてある。」
「普通の奴は新品使いたがるけどね。」
「俺にとっては先輩のメモの方が貴重ですよ。」
「そういえば、綾香とはどうなったの?」
「ああ…。気持ちはあるんですが、別れちゃいました。」
「勿体ないな。美人で、東京の大病院の跡取り娘なんだろ?」
「でも、整形外科医にならないとダメって言われると、ちょっと…。」
「あー。お似合いだったのに、難しいね。家が付いて来ると。」
「それに俺の家、ろくなもんじゃないですから。」
医学部に通ってはや、四年。恋もした。
綾香とは家柄が違いすぎるのだ。だから、遊ぶことは出来ても、結婚を意識することは難しい。
時々、帰って来ては酒瓶を資源ゴミにまとめて俺はまた寮に戻る。そういう繰り返しだった。
大学ではカラオケも行く、旅行も行く、騒いだり勉強会もする。みんな対等に扱ってくれる。しかし、どこか自分が醜いアヒルの子のような、場違いな存在じゃないかという劣等感は、俺の背に、常に漬物石のように乗っかっていた。
「いるかい?」
安アパートにはセキュリティロックなどない。
借金取りである。母は俺に、奥の部屋に入っていろと目で合図した。男の俺がいた方が安心なのではと目配せするが下がっていろということだった。
「主人は、おりません。」
母は応える。
「困りますなぁ。借りたものは返してもらわんと。」
「申し訳ありません。」
「私らもボランティアと違いますのや。仕事でお貸ししてます。」
「はい。承知しております。」
「ほんでこんな、酒ばっかのんで。返す気ないんと違いますか?」
「今日は金策にでているかと。」
「どうせパチンコでしょう。」
「……。」
母は何も言えずうつむいている。
「奥さん、払えんのなら体で払ろうてもらってもええんですけどね。」
「そんな。」
「お前が何しとるんか知っとるんやぞ。」
「でも…。」
「一円も払えんのならサービスくらいせんかい!」
男が母の手首を掴む。
「止めて!」
「止めろ!」
俺は男の前に立ち塞がった。
「何やワレ。邪魔すんのか。」
「今日は帰ってくれ。」
そういう俺も膝が震え、声が割れていた。
「うるせえ。今日という今日は何か持って帰らにゃこっちも兄貴にどやされるんじゃ。」
男はナイフを取り出した。
「えっ。」
「ほら、危ないぞ、避けんと!」
威嚇のつもりだったか、本気だったのか…。
――ヤバい!!
と、思った時には、
ズブリ、それは俺の鳩尾に深く入った。
――怖いよ…。嫌だ、死にたくない…。
目の前が真っ暗になった。
俺はそのまま崩れ落ちた。




