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カオスフィア戦記

【短編版・初期稿】カオスフィア戦記 〜 クリストフ先生の魔導物理学講座 〜

作者: 麺樽豆腐
掲載日:2026/06/12

長編版(https://ncode.syosetu.com/n2512lh/)を作成する前に作った初期稿の短編です。


 おぉ中世的魔法世界(ナーロッパ)。あなたはなぜ一部不自然に現代的(ナーロッパ)なの?


 この命題を考察するため、数ある典型(テンプレ)的な世界のひとつを覗き込んでみよう。諸卿らも共に思索されんことを願う。

 そんな事より俺Tueeee無双を見せろ?わかったわかった、見かけることがあればね。


 さて、ここは魔物の脅威におびえる人類を憐れんで、神々がその力の一部を授けた世界。

 魔法。神々の()()()に一歩だけ迫ることができたそれをもって、数多(あまた)の魔物・魔獣を(ほうむ)り、人類の領域を拡大し、(つい)には世界のほぼ全土を人類の活動領域となさしめた。


 もはや魔物は脅威足りえず、家畜化するかわずかに残った魔物の領域たる秘境・迷宮へと追いやられたのだ。


 そして神々が見守っている証としての魔法を発展させながら、人類は穏やかに暮らしたかというと・・・それは楽観主義にも程があるだろう。


 そう、歴史は(いん)()むのだ。たとえ世界が違おうとも。かれらが人類である限り。


 外の脅威がなくなれば、内で相争(あいあらそ)いだすのは歴史の必然。

 耳・体格・毛皮の有無など些細なことに難癖をつけエルフ・ドワーフ・獣人などという種族を造り出してまで争いの種を求める。

 もちろんそれで収まるはずもなく、果てには同じ人族同士であっても容赦はしない。


 あぁ、それでこそ人類!人にあっては人を斬り、神にあっては神を斬るその()(がた)き闘争心こそ、われら・かれらの本質よ!!


 文明が爛熟(らんじゅく)するはるか以前に魔法を発見()()()()()()事実は、その後の文明発展を大きく歪ませてしまう。

 系統だてて魔法理論を構築することなく、個人の経験および素質に縛られた徒弟制度に頼ったそれは、血筋と環境に裏打ちされた貴族の台頭を(うなが)し、身分制度の停滞をもたらすこととなった。


 結果、医療や食文化などは著しく発達し近代末期もしくは現代初期頃の領域まで進んでいるものの、支配体制や産業、とりわけ軍事関連においては中世から変化していないなどという(かたよ)りが大きく存在している。


 無理もないことではある。なにせ実力では最下層の貴族であっても当たり前のように一騎当千の無双働きを行うのだ。

 雑兵など正直なところ数合わせにもなってはいない。

 また実力上位の貴族は下位の貴族を同じようにとまではいかないが無双してしまう。


 ランチェスターの法則などどこ吹く風といわんばかりに個の力が猛威を振るう世界において、(じゅう)(ほう)に代表される弱者の実力を底上げするような武器を開発するのは至難の(わざ)となり、畢竟(ひっきょう)、平民ひとりひとりが主権者たる国民国家へ進化する蓋然性(がいぜんせい)を失うのだ。


 知識・資産は強者のために研究・消費され、強者の庇護のもとで弱者は安寧な生活を営む。

 時代が進むとともに両者の格差はより進み、強き者はより強く、弱き者は弱いまま。


 中世の資産とはほぼ土地と同義であり、強者は土地を手に貴族を名乗り、より強いものは貴族を束ねて王位を宣言する。

 権威がどうのと(のたま)いだすが、結局のところ権力の源泉は純粋な力だ。これは魔法があろうがなかろうが変わりない。

 力衰えた王が無惨に滅ぶ盛者必衰を含め、根本の(ことわり)()()できているのであろう。


 そうして生来の蛮性を糊塗するように仲間内でのみ通じる礼儀作法を張り付け、王国・帝国を名乗る強者たちが()()す戦国乱世が出来上がる。

 まぁどこの世界でも大まかには同じような経緯をたどっていることからして、人類の本能に根差す()()()が引き起こしている事象と推察される。


 神の嘆きも何処へやら。有史以来争いの歴史を紡いできたこのカオスフィア大陸において、統一帝国が崩壊して以降6つに分裂した国々が時に手をとり、時に争いて(しのぎ)を削り、同じ国に属する領主同士であってもそれぞれ派閥の盟主たる大貴族の寄子(よりこ)として生死を()けて闘うのだ、(あわ)れな領民を兵士として巻き込みながら。


 んん?なぜ弱者たる領民を戦場に連れていくのか?いい質問だ、理由は大きく分けてふたつある。


 ひとつは戦いだけが戦場の(すべ)てではないからだ。

 ヒトは(すべから)く飯を食う、水を飲む、寝床を使う、服を着る。

 そこに貴族と平民の違いはない。まさか兵站の雑務に貴族を投入するわけにもいくまい。


 ふたつは強者同士の闘いの天秤を己の陣営に傾けるためだ。

 互いの実力が拮抗しているほど些細(ささい)な事柄が勝負を決める。

 己の主のため、些細な隙を作るために領民は命を張るのだ。


 そして今日も大陸のいずこかでは争いに精を出すさまが見受けられる。

 お、そこそこの規模な合戦が起こっているな、ちょっと見てみるとしよう。


 大陸中央部で旧カオスフィア帝国の正統なる後継を名乗る3つの国。それぞれがカオスフィア帝国を僭称(せんしょう)しているため便宜的に北帝国・南帝国・西帝国と呼ばれている国々の争い。

 北に大きく勢力を伸ばしている南帝国VS巻き返しを図る北帝国・漁夫の利を狙う西帝国連合軍の対決か。

 地の利は連合軍にあるが、ここまで勢力拡大を支えてきた南帝国の強者達、とりわけ『轟炎』の二つ名をもつバルガス・フォン・メナウリオン子爵を撃破できるか否かが勝敗を分けそうだな。


 南帝国で1,2を争う実力者が子爵位に甘んじているのも変な話ではある。

 が、時代の流れとともに権威が純粋な暴力を飼いならす事例が増えてくるものだ。

 もう少し時代が進むと飼いならしているだけという事実を忘れ、上位者だと勘違いしている王が暴力を(かろ)んじた末に身を亡ぼすのだが。


 ・・・さて激突の結果だが、連合軍の勝利だ、それも大勝。まさか『轟炎』が討ち取られるとはね。


 住むところを奪われ、愛する人を(うしな)った北帝国の善良なる市民たちに氷の魔晶石を持たせて特攻自爆させるとは考えたものだ。

 もはやこれ以上失うものは己の命のみとなった(あわ)れな市民たちの群れを炎が焼き払う端から、目標地点に到達するまで持てばいいとばかりに最低限の癒しと感覚除去を(ほどこ)し、ゾンビアタックを完遂させた西帝国の『聖者』と、氷の魔晶石による自爆攻撃で弱った炎の結界を貫いた北帝国の『雷光』による格上殺し(ジャイアントキリング)だ。いいものを見せてもらった。


 『轟炎』最期の言葉は「キサマらに貴族の誇りは無いのか!?」というものであったが、まぁ蹂躙した北帝国の者に蹂躙されただけだ。

 突き詰めればお互い様、文句を言えなくなった(死んだ)奴が悪い、と打ち捨てられるだけ。


 その後余勢を()って『轟炎』後継者たりうる嫡子含む多数の貴族を討ち取ったことで南帝国軍は潰走(かいそう)

 戦況はどれだけの貴族が無事に南帝国領まで逃げ延びられるかを(はか)る段階に進んだ。


 敗軍の将たる南帝国の辺境伯は、圧倒的不利な撤退戦の定跡(じょうせき)である殿(しんがり)に結界石を持たせて通路を遮断。殺されて結界石を破壊されるまで時間を稼ぐ()()()()()を幾度か行うことで何とか後方支援基地までたどり着く。


 そして辺境伯達軍首脳部は、さらなる撤退のためにこの基地で働いていたメナウリオン子爵家の最後の生き残りである次男に急遽爵位を継承、子爵家残党とともに捨てがまる事を決定した。


 敗戦の責任をメナウリオン家にすべて押し付け、滅んだ子爵家から富を吸い上げる。敗戦の将としては妥当な判断だ、自分たちは滅ぶどころか焼け太るところが特に。


 問題は、(くだん)の次男が父である『轟炎』から冷遇どころか存在しない者として扱われ、戦場に出るための魔導鎧すら与えられていなかった事。


 彼の魔法属性が父が期待した【炎】系ではなく、【重力】などという得体の知れないモノであったことが原因らしい。


 どうせ使い捨てだ、この場さえしのげればよいと亡父の予備鎧をなんとか加工して無理矢理着せようとしているが・・・巨漢であった『轟炎』とでは体格が違いすぎるため難航している。


 うわぁ、こいつら鎧の中を鉛で埋めて強引に着込ませよった・・・たしかに鉛は安価な割に攻撃魔法をよく弾くため雑兵用の大楯に使われており、この場にありふれた素材ではあるが、雑に埋め込んだせいで鎧の可動域を潰してまともに動くこともできない代物(しろもの)と化したぞ・・・

 この世界に兜という概念がない(貴族であれば頭部には自然と強固な障壁が展開されている)ため剥き出しの頭部と比較的丁寧に作業した肩・肘以外は全く動かないぞこれ。手なんか鉛の筒みたいになっているし。


 仕上げとばかりに月輪(がちりん)(かたど)った箱を背負わせ、多数の結界石を(くく)り付けて基地の前に放り出したのちに南帝国軍は撤退していった。


 子爵家残党が基地に残ってはいるが、それも結界の外側になるため、彼はたった一人で連合軍の追撃をしのぐことになる。

 まともに動けないような状態でどうするのか、と思っていたら重力魔法をうまく活用して移動し始めた。上や前に”落ちる”とは器用な真似をする。


 しかし、彼は逃げるわけでも隠れるわけでもなく、悠々と連合軍に向けて向かっていた。

 髪色と同じ深い紫の眉にも、切れ長の瞳にも、整った口元にも穏やかな笑顔が浮かび、恐れの色は見受けられない。

 勝算でもあるのか?それともすべてを諦めて達観しているだけか?


 なんにせよ双方から近づいているのだ、ほどなく連合軍の追撃隊先鋒と接敵することになる。


 「止まれ!!はん、性懲りもなくまた石探しをさせようってか?おとなしく結界石をすべて壊して道を開けるなら命だけは助けてやらんこともないぞ?捨て石野郎」


 先頭を行く金髪碧眼の鋭い顔貌をした男が挑発とも降伏勧告とも取りづらい言い回しで言葉を紡ぐ。


 しかし鉛鎧には全く恐れを感じさせることはなかった。


「お断りします。しかしまぁ安心してください、石探しをする必要はありません。今回の結界石はすべて私の背中に括り付けてあります。

 『雷光』のラーヴァ殿とお見受けします。この先に進みたければ私を倒してください。簡単でしょう?不可能だということに目を(つむ)ればね」


 朗らかな笑顔で挑発し返すと、ラーヴァの額に青筋が浮かぶ。やだ、この人煽り耐性ひっく・・・


「上等だぁ・・・石のことがなくてもテメェは殺す!!ヤバくなっても命乞いなんざするんじゃねぇぞ!?・・・名前を聞いておいてやる、墓石に刻むためにな!」


 怒気も激しく吐き捨てると、ラーヴァの周囲に閃光(スパーク)が飛び交いだす。いつでも襲い掛かれる構えだ。


「クリストフ・フォン・メナウリオン。つい先ほど子爵位を継承したばかりです。これが初陣ですので二つ名などはありませんね。短い間ですがお見知りおきを」


「はん!『轟炎』のオッサンの息子か!さっきぶち殺した奴と違って少しは歯ごたえがあるといいな!!」


 自身の父を討った相手が臨戦態勢だというのに動揺も緊張も見せない。余裕か、はたまた彼我の戦力を理解していないだけなのか。


「ラーヴァ殿、儂の探知魔法にはコヤツ以外の反応は無い。結界石の反応もコヤツの背中からだけじゃ。どうやら本当に単騎で儂等を相手取るつもりのようじゃぞ」


 青髪の小柄痩躯な老人が幾人かの護衛兵と共に前に出てきた。しかしその声には困惑が混じっている。

 無理もない、囮とかではなく本当に単騎で対峙しているのだ、初陣の若者が。それもほぼ動けない張りぼての鎧を身にまとって。


「『聖者』ケアヴェク殿ですね。お初にお目にかかります。あなたの水魔法を拝見するのが楽しみですよ」


「言うのぉ若造が・・・ま、しかし」


「ケアヴェク(じじい)の魔法なんざ見る機会はねぇよ!テメェはこれで焼け死ぬんだからな!貫け!電撃(ライトニングボルト)ォ!!」


 我慢しきれない、といった風情でラーヴァの魔法が炸裂した。『雷光』の名にふさわしく音の400~500倍の速さで迫るそれは、しかしクリストフの目前に現れた()()()に阻まれ動きを止めた。


「なんだぁ!?結界か?」

「単騎で挑むだけはありそうじゃな、儂も試してみるかのぅ。水刃(ウォーターカッター)


 今度はケアヴェクの魔法、高圧で敵を斬る水流が迫りくる・・・が、同じく発生した黒い壁で動きを止めてしまう。


「ふむ・・・結界にしては妙に手ごたえがない・・・どういうからくりじゃ?」


「ご説明しましょう。慎重に遮蔽を施し魔法結界のように利用してはいますが、これは単なる物理現象です。『事象の地平面』と呼ばれています。この境界に近づく物質は、光や魔法であっても例外なく我々からみた時間が無限に遅くなります」


 はい?『事象の地平面(シュバルツシルト半径)』!?つまりこのちょっと小さ目なバックラーサイズの球体の中心にブラックホールが現出しているってこと?


「その、闇でできた球のような代物がのう・・・どう見ても超常の力が働いているように見えるのじゃが。それに儂の水刃はその球にあたる軌道ではなかったはず、()()()()()()()()()()()()()()のに結果は見ての通りじゃ」


「発現と維持および遮蔽、制御に魔力を用いていますが、あくまで【重力】を操作しているだけなのです。ゆえに中心にブラックホールはありませんし、私の魔力属性と同一であることから負担も小さい。なお世界のどこか遠くでは自然にこの現象が発生している、魔法なしで実現する事象にすぎませんよ」


 それは銀河スケールではそうだけどさぁ・・・


「解せんのぅ、重さを操作する程度で起こせる現象とはとても思えぬ。明らかに空間に干渉しておるじゃろ。それに時を止めるなどという芸当も可能なのかのぅ」


「はい、質量による時間・空間の歪みを重力といいますから。しかしそこに()()()()()()()()()()のです」


「つまりおぬしのやったことは自身の属性である【重力】魔法のみであり、非効率な魔力属性変換などはやっていない、と言い張るのかのぅ?」


「ご明察です。私にとって普通に結界を張るよりは負担が少ないのです。習熟度の違いもありますが」


 いやいや、ただ攻撃を防ぐだけにしては大掛かりすぎない?


「ごちゃごちゃ屁理屈ならべてっけどよぉ!つまりテメェは何かを重くすることしかできねぇノロマな雑魚ってことじゃねぇか!!」


「いえ、軽くすることもできますよ。まぁ()()()()の雑魚に完膚なきまでに負けて死ぬことになるのですよ、あなたたちは」


「言うじゃねぇか!その辺に重苦しいノロマな魔力を垂れ流してる未熟者の分際でよぉ!一回俺様の魔法を防いだ程度でイキってんじゃねぇ!

 ちっけぇ盾じゃあこれは防げねぇ!!連鎖雷鳴環(チェインライトニング)ゥ!!」


 ラーヴァが自身の属性である【雷】魔力をもって周囲に漂っていた【重力】魔力を吹き飛ばすと同時に、クリストフの周囲に電気の鎖を発現、全方位からの雷撃を放った。


「無駄です。その程度では重力レンズを突破できませんよ」


 言葉通り、全方位からの電撃はクリストフにあたる前に歪んだ空間に導かれ、先ほどから維持している『事象の地平面』に落ちていく。


「クソが!!どうなってやがる!!」


「落ち着くのじゃラーヴァ殿。こやつは闇盾の維持に魔力を使っていると言っておるではないか。それも周囲に余計な魔力を漏らしてしまうような稚拙さでの。

 となればそう遠くないうちに魔力切れを起こすじゃろう。幸いこやつ一騎に対してこちらは軍を率いておる。つまりはどう動くべきかな?」


「・・・ケッ、気に入らねぇが仕方ねぇ。お前ら!!このガキと遊んでやりな!!」


 その言葉に応えて、今まで英雄ふたりの後ろに控えていた多数の貴族、兵士が思い思いに魔法・弓を放ちだす。

 それは(ことごと)く『事象の地平面』に落ち込んでいき、あたりの【重力】魔力がそれに応じて濃くなっていく。


「よし、その調子じゃ。確実に負荷を与えておる!こやつの魔力が尽きるまで続けるのじゃ!!」


 ケアヴェクが読み通りの展開にほくそ笑んでいるのに対し、クリストフは(かな)しそうな、(あわ)れむような表情を浮かべる。


「さすが歴戦の英雄、的確な読みです。ですが・・・足りません。この場全員の魔力枯れるまで攻撃を続けたとしてもわたしの魔力が尽きることは無いでしょう」


「ふん、世迷言を言うでない。構わず攻撃を続けよ!!」


「まぁどちらかの魔力が尽きるまでにはまだ時間があります。この際ですから魔力とはなんなのか?考えてみませんか?」


「なにを!!・・・まぁよかろう。周囲の雑音をわざわざ消してまで何を話すのか興味があるわい、無駄に魔力を消費してまでのぅ」


「ありがとうございます。ではまず最初に『魔力とは、世界を形作る力のひとつ』である、という点に異論は?」


「ない、魔法を授けた神々が嘘をついているのでなければの。それに魔法を使うものであれば誰でもその力を肌で感じておるからの、皆異論はあるまいて」


「では、『世界を形作る力』とは何でしょう。ほかにどんな力があるというのでしょう?」

「儂にはわからんな、それこそ神々なら知っておるのではないか?」


「神ならぬ我々には知るすべはない・・・ということもないのです。様々な場所で、時代でこの命題に取り組む人物が存在しています。その結果ある程度信頼のおける仮説が立つまでに至っています」


「ほう、寡聞にして知らなんだが・・・」


「その仮説ではこうあります。『世界を形作る力』は大きく分けて物理力・魔力のふたつ。もう少し細分化するならば、電磁気力・強い核力・弱い核力・重力・魔力の(いつ)つとなります」


「魔力が細分化されておらんようじゃが・・・」


「はい、それだけ根源に近い力が身近なものとして活用されているのです。そして世界によっては()()()が可能と推察されています。実際、魔力のない世界も多数観測されていますので」


 ケアヴェクは己の常識から見て荒唐無稽(こうとうむけい)な話をされて混乱している中、なんとか理解しようと頭を回している。


 一方ラーヴァは理解不能な言葉を敵の戯言(ざれごと)として聞く耳を持たず攻撃魔法を放ち続ける。


「それぞれには力を媒介する粒子があります。電磁気力には光子(フォトン)、強い核力にはグルーオン、弱い核力にはWボゾン、重力には重力子(グラビトン)、そして魔力には魔素子(マギオン)。これらの働きで世界は形造(かたちづく)られているのです」


 それにしてもクリストフの言葉はちょっと引っかかるな。

 確かこの世界は地水火風の四大元素で構成されていると信じられているような文明レベルではなかったか?文明に合わない知識、平行世界の情報をどうやって得たのか?

 あれか?一部の魂については【鬲るュ?ア暮幕鬆伜沺】の適当な箇所から【蟷ス菴馴軒謌宣?伜沺】に射影したモノを素材にしているそうだからそこから情報が残置復元された可能性が・・・


「まず世界の始まりについて説明しましょう。はじまりの時、世界はただ一つの点と近似するほど小さいものでした。

 そこに想像を絶するほどの物理力が(そそ)がれたことにより、のちに時間と空間と呼ばれるものが動き出し、世界が広がり始めました。

 物理力という一種類の力は、世界の中で幾種類かの小さな粒に変化し、その小さな粒は再び力に変化する。

 命の輪廻(りんね)に似たそれを(おびただ)しい回数繰り返すなかで、いつしか力は4つに分かれ、世界には素粒子とよばれる小さい粒が幾種類か存在するようになりました」


「素粒子たちは急速に広がっていく世界の時空間の中で、世界を形作っていきます。ある素粒子たちは強い核力に導かれつながり合い、中性子とよばれる大きい粒を構成します。

 一部の中性子は弱い核力の影響で、電荷をもつ陽子に変化します。また、素粒子の中でも電荷をもつ電子が登場します。

 そして、陽子と中性子は強い核力により思い思いの数で結びつき、様々な種類の原子核を構成します。

 原子核が持つ電荷と同等の数の電子が電磁気力でつながることで原子・分子となり、物質として世界を構成するようになりました。

 ああ、すべての素粒子が原子に変化したわけではありませんよ。こうして世界に素粒子や原子などの物質が現れたわけです」


「その話には重力と魔力は出てこんのじゃな?」


「あわてないでください、ここから出てきますよ。さて、世界はすさまじい勢いで広がっていく時空間に対して物質の量は全く足りていませんでした。そのためこのままであれば物質同士が集まることなく、なにも変化のない停滞した世界がはじまります。

 そこで重力が物質同士を引き付け合い、物質が密な箇所と疎な箇所を造り出します。やがて物質が密な箇所では星が生まれ銀河を構成しました。いま私たちが生きているこの大陸も一つの星の上に存在するのですよ」


「こうして(なが)(なが)い時を()て世界に星が生まれ、そして死んでいくようになりました。

 あとは生命を(はぐく)むに足る恒星と惑星の誕生、そして有機物・生命の誕生を待つことになるのですが・・・物理力のみで構成された世界において銀河の一生のうちにこれが起こる確率は・・・完全なゼロではないものの、砂漠の砂の中に一粒だけ隠された砂金を見つけるよりもはるかに困難。数学的にはゼロと判定されるようなものでした。

 ここにきて、世界に魔力が注がれました。魔力は魔素子を生み出しながら瞬く間に世界に広がりました。この世界の速度の上限を超える速さで」


「ふむ・・・魔力はずいぶんと遅れて生まれたということかの。理由も説明できるのかのぅ」


「魔力とはどういう力か、簡潔にまとめると『因果を動かす』力と言えるでしょう。

 詳細は後述するとして、物理力が未分化であった頃に魔力が存在すると力の分化や物質の発生にかかる因果が狂いかねません。

 そのため同時投入を避けたと考えられます。

 そしてなぜわざわざ魔力を注いだかに関しては、立場の違いを考えてみるとわかりやすいのですよ。

 世界に力を注ぎこんだ存在、仮に創世神とでも名付けておきましょう。この世界にとっては創世神は唯一の存在ですが、創世神にとっては()()()()()()()()に過ぎないのです。

 そんななか、夥しい数の世界で生命が誕生するのを悠長に待っていられますか?確率的にはほぼすべての世界が生命の誕生を待つことなく終焉を迎えるでしょうね。

 つまりここまでは物理力だけでもだいたい期待通りの結果になるのに対して、ここからは魔力で因果に干渉する必要がある、ということです。そうして命を育む環境から生命を生み出し、子を産み死んでいく世代交代を積み重ねることで、私達のような知的生命体が登場するまでに至るのです」


「話が壮大すぎて想像すらできんが・・・魔力に関しては頷けるところもある。儂の水刃も無から水を生み出しておる、(原因)を無視して(結果)を得るために魔力を使っておるわけじゃな。

 また水についての造詣を深めればそれだけ魔力消費が減るという事実も因果を動かす量が減ると考えれば矛盾はない」


「さすがは『聖者』殿、そこまで考察して頂けるだけで十分ですよ。さて、因果を動かすために注ぎ込まれた魔力は、生命の誕生を導くことで使い果たされた・・・わけではありません。実際に今、私達が魔力を扱えているのですから。

 であれば、『聖者』殿。あなたは魔力の源は何処にあるとお考えでしょうか?」


「儂にはわからん、諸説あるようじゃがのう。

 錬金術師は世界を構成する四大元素から発生するのだといい、エルフ共は世界樹(ユグドラシル)が生み出すと主張しおる。

 かと思えばドワーフ共は大地を巡る地脈から取り出すものと伝え、神官は天高くおわす神より(あまね)く恵まれるのだと学ぶそうじゃ。

 なかには武闘僧(モンク)共のように人間の体内にある丹田から生み出され、呼吸にて世界に吐き出されるとぬかす変わり種もおる。

 まぁ儂らのような実務者には、どれが正解であっても構わぬ。使えさえすればよいのでな」


「そうですね、それらの意見も()()()正鵠を突いていると言えるでしょう。しかしそれは目隠しした群衆が思い思いに象に触り、己の手に触れた情報のみで象を評しているようなものです。

 もう少し根源的な情報を俯瞰してみましょう。

 魔力は世界にあまねく広がると共に因果律に深く結びつきました。結果、魔力によって因果が揺らぎ、因果の揺らぎから魔力が生み出されるようになったのです」


「ハァ・・・ハァ・・・出鱈目(デタラメ)()かしてんじゃねぇぞ・・・たしかにテメェの魔力量はけた外れかもしれねぇ・・・だがな!!軍隊ナメんじゃねぇ!こっちは大量の【魔石】を持ってきてるんだ、因果だか何だか知らねぇが、コイツ(魔石)から魔力が生み出せるからには、テメェの偉そうなご高説は嘘っぱちだってことだ!!」


 ラーヴァが口をはさんできた。さすがに雷魔法の連発はこたえるようで、残り魔力が大分少なくなっている。

 魔石から魔力を抽出する間は文句を言う余裕があるらしいが。

 周囲の貴族たちも似たような状況で、完全に攻撃が止むことはないように交代しながら魔力補充を行っている。


「いえ・・・それは(いにしえ)に蓄えられた魔力を取り出しているにすぎません。ひとつひとつ説明しますのでもう少しお待ちください。

 さて、魔力が因果律と結びついたことにより、ある現象が発生する原因が整っておきながら、結果が発生しないという事象がごく(まれ)に見受けられるようになりました。

 もっとも、そのような事象が発生する確率は、私達が普段接している常識的な空間・とある世界の言葉を借りればニュートン力学で説明できる状況において数学的にゼロといえます。

 しかし、超高温・超高圧や超微細な世界においてはその限りではないのです。

 そのような極限環境などそうそうあるわけでは無い、と思いきや今この場からでも視界に入れることが出来る場所に存在しています。あぁ、といっても実際に直視するのはお勧めしません。強烈な光で目をやられますから」


「なるほど・・・つまり太陽か」


「ご名答です。太陽をはじめとした恒星が光と熱を発生させるその現場は、巨大な質量による重力がもたらす超高圧により、原子の合体に伴い力が放出される現象が発生しています。

 これを核融合と呼ぶのですが、ここでごく稀に原子が合体しても力が放出されない事象が起こります。これが因果律を揺らして魔素子(マギオン)を生成するのです」


「そして光と共にこの大地に降り注ぐ、というわけじゃな。神官どものいう天とは太陽のことであったか」


「そういうわけですね。とはいえ魔素子(マギオン)は質量を持たない素粒子です。さらには光子(フォトン)と違い電磁気力も持ちませんから、この大地に降り注いだとしても遮られることなく貫通してしまいます。

 私たちが知る魔力としてとどまるためには一部の植物の能力が必要です。

 植物は水と空気、そして太陽の光を栄養として成長します。その際に私たちが呼吸にて取り込む空気、厳密には酸素という物質を吐き出します。

 ここで植物の、ひいてはそれを食べる動物の体を構成する物質の一部である炭素および酸素に魔素子(マギオン)が結合したものが、この地に生まれました。

 これら魔素子(マギオン)が結合した原子のことをマナ同位体と呼びます。私達人間はこのマナ同位体を介して、魔力を認識し利用するようになりました。

 こうして一部の魔力は空気中に拡散し、また一部は植物から大型動物まで連なる食物連鎖に伴う生物濃縮によって私たちの体内に蓄えられているというわけです」


「それが世界樹から生み出されるという話になったという訳かのぅ」

「おそらくは。実際には世界樹に限った話ではないですけどね。

 さて、植物は一生のうちに(おびただ)しい量の魔力を生み出しその身に宿します。それが悠久の時と共に芽吹き、育ち、種を成し、そして枯れていく。

 命を終えた植物は魔力の(こも)った亡骸を残し、一部は朽ちて土を成し、一部は土に埋もれ地に沈む。

 地中にて圧力と熱をうけた樹片は不純物が取り除かれて一部は石炭になり、その中で魔力が多くたまった個所は魔石と化します。

 その後地殻のうねりに伴い魔力を含んだ土や魔石がマグマに溶け込み、地中深くでマグマの流れに沿って大きな魔力流を形成します。

 これが今日(こんにち)では地脈と呼ばれるものであり、噴火にともない空気中や海中に高濃度の魔力をまき散らしています。

 また、他の地に埋もれた魔石は長い年月を経て鉱山から再び掘り出され、今あなた方がやっているように内部の魔力を解き放たれて塵へと還るのです」


 ラーヴァは魔石の由来を綺麗に説明されたことで余計に感情を刺激されたのか、浴びせる雷鳴を増やすことで怒りを示している。


「こうして地水火風四元素に魔力がいきわたっておるわけか。火の魔力は燃やす元にありというのがちと変わっておるの。

 そして各々の元素と紐ついた魔力が各属性を構成しているわけか」


「厳密には魔素子(マギオン)に存在する色荷の組み合わせで属性が構成され、親和性の高い物質とマナ同位体を作りやすいという理屈なのですがね。それぞれの元素には対応する属性魔力が多い事実がここにつながっているわけですよ」


 ケアヴェクはここまでの話を咀嚼し疲れたような顔でため息を吐き出す。


「錬金術師共の研鑽もまだまだということか・・・今までの話を否定する要素を儂は知らぬし、おそらくは事実なのじゃろう。武闘僧(モンク)共の与太話のように簡単に否定できる事例など出てこんじゃろうし」


「あぁ、人体を解剖して隅々まで調べても丹田にあたる臓器は見つからなかった件ですか?あれは調べ方がよくありませんでしたね」


「なんじゃ?お主も武闘僧(モンク)共の与太話を信じとるのか?」


 意外そうなケアヴェクあきれ顔に対し、クリストフが種明かしを楽しむ若者の顔で語る。


「確かに人体を腑分けし隅々まで調査したらしいのですがね、腑分け前の準備段階で丹田の機能を果たす物質を取り除いてしまっているのです」


「腑分け前に取り除く・・・そうか、血抜き、血液か」


「その通りです。ヒトは呼吸にて酸素を体内に取り込む際に含まれている酸素マナ同位体を血液に取り込んで体内魔力とします。

 丹田が腹部にあるとされるのは血流量の多い肝臓、脾臓の影響で体内魔力がそこに集中しているように感じるからですね。

 まぁ呼吸によって魔力を吐き出すどころか吸い込んでいるわけですし、武闘僧(モンク)の主張は与太話といっても差し支えはありませんが」


 クリストフはかろうじて動く肩回りを竦めながら話を締めにかかった。


「さて、ヒトが如何にして魔法を使うかについて、小脳のマナ展開野への血流量の増減と使用魔力の相関や魔石使用時の小脳共振現象など、語り合いたい事例はまだまだ多岐にわたりますが、そろそろお開きの時間です。

 もう私が()()()()()()()()()魔力はこの辺り一面を塗りつぶすほどに広がりました。

 『聖者』殿?あなたの見立てでは私の残存魔力はあとどのくらいです?」


その段となって遂に、ケアヴェクから平静の仮面が剥がれ落ち、忌々しさと焦りが顔に出た。


「(これは撤退も視野に入れねばな・・・)」


 しかし一瞬のうちに再び平静を取り戻し、会話を続ける。


「儂の見立てではもうとっくに魔力は尽きておると踏んだんじゃがのう・・・そもそも今あたりを埋め尽くす魔力はとても一人の人間から絞り出せる量ではないのじゃ。どういう手妻(てづま)をつかっておる?」


「簡単な理屈ですよ。今あたりに漂う魔力は()()()()()()()()()()()()()()のです。

 まぁ発生源が近いので誤認するのも()()しですがね、正確には私が背負っている()から放出されているのですよ。

 私はこの魔力をうまく利用して事象の地平面や重力レンズの生成・維持を行っているにすぎないため、実際のところ私が放出した魔力はごくわずかな量です。

 そうですね、事例としては精霊魔術の行使が近いでしょうか。術者が消費する魔力は精霊に依頼を行う際に必要になる分のみという、あれです」


「あっさりと言うがの、精霊魔法はエルフ共の秘儀じゃぞ。

 儂とて聞きかじりでしかないが、精霊とはいうなれば魔力で構成された疑似的な生命体とのことじゃろう?

 そんな代物を任意で好きな場所に()び出せる、とでも?ここに(あらかじ)め仕込んでいたわけではあるまいに」


 ケアヴェクの疑念に対し、クリストフは飄々(ひょうひょう)とした口調を崩さない。


「若干の違いがありますがそう受け取っていただいて構いませんよ。正確には召喚ではなく創造なのですが、あなたにとってさしたる違いはありません」


 精霊創造!?つまりこの辺を漂う魔力は重力の人工精霊って事!?


「私の背にある月輪(がちりん)(かたど)った箱の中では、濃厚な魔力を用いて発生させた重力を呼び水にして太陽の(いとな)みを模倣し消費した以上の魔力を発生させています。

 とある世界では重力型核融合式魔晄炉(まこうろ)と呼ばれているようですね。

 そこで発生した魔素子(マギオン)は箱内に存在するヘリウム・水素・酸素等とマナ同位体を成し、それが幾重(いくえ)にも敷き詰められたマックスウェルの悪魔によって構成された魔導回路投影原版(マギフォトマスク)を通過することにより重力属性のマナ同位体(魔力)で構成された魔導回路である精霊核を生み出します。

 生まれ出た精霊核は周囲の魔力を取り込み精霊となり、魔導回路に刻まれた本能(プログラム)に従い私の使役下で活動を開始するのです」


 さすがのケアヴェクであっても理解が及ばなくなってきたのか疑問符が顔に出てしまっているが、クリストフは理解してもらう事を諦めているのか解説を続けている。


「生み出された精霊は私の属性、小脳に位置するマナ展開野にある受容体が直接受け渡し可能な色荷をもつ魔力で構成されており、さらに私のマナ展開野を構成する部位の生体情報の一部を暗号鍵として精霊核となった魔導回路に埋め込むことで仮想的な専用魔導通信ネットワークを構築することにより、演算・検知・魔力行使をこれら人工精霊に委託することを可能としているのです。

 結果的に理想的な環境における精霊魔法の行使とほぼ同様の事象をどこでも引き起こせるのみならず、単体の人間では不可能な演算量をもって精密かつ大規模な術式を長時間にわたり展開している、という訳です」


「・・・その結果が、その闇の障壁というわけじゃな」


 唸るように言葉を紡いだケアヴェクに対し、クリストフはあっさりとした口調を崩さない。


「あれを発生させるだけなら私ひとりで可能ですけど、重力の繊細な微調整という意味ではそうですね、人工精霊抜きでは演算が追い付かないでしょうから。

 あなたがたの攻撃すべてを検知し軌道を計算して対応する重力レンズを生成するのは中々骨が折れますよ」


 飄々とした会話が続いていたが、ひとり会話についていけていなかったラーヴァが遂に爆発したように激昂する。


「いい加減にしやがれ!!よくわからん話で煙に巻いたところで、テメェが多勢に無勢なのは変わらねぇんだ!!

 遠距離攻撃に対策してるような輩はよぉ、近づいてブン殴るってのが相場なんだよ!!

 ケアヴェク(ジジイ)のたわ言なんざ聞いて時間を無駄にしちまったが、お遊びはここまでだ!!くたばりやがれ!!」


 そう言い放つが早いか、ラーヴァは拳に雷光を(まと)わせて突撃を敢行する。

 無謀な行為に見えるが、超重力による時空間の歪みからの時間無限引き延ばしに対抗する手段として、観測主体たる己の身、魔力および自身の持つ常識を核として『概念』に干渉するのは悪くない手法だ。

 本人は全く意識も理解もしていないだろうがね。


「では、終わらせましょう。『雷光』殿、()ずは貴方からです。お眠りなさい、安らかに・・・歪穴(ワームホール)光銃(ブラスター)


 クリストフが固められた腕をラーヴァへと向けたその時、ラーヴァの眼前に小さな()が開いた。


「がっ・・・」


 直後、ラーヴァはうめき声を残して崩れ落ちる。これが北帝国を亡国の危機から救った若き英雄の最期であった。


「どういうことじゃ!?何が起こった?・・・あやつの障壁を貫くほどの攻撃なぞ検知できんかった!」


 周囲の軍勢も理解できない現象をみて攻撃の手を完全に止めてしまった。

 未知の攻撃に動揺を隠せないケアヴェクに対し、クリストフは(たの)しそうに解説を始める。


「ものすごく雑に例えるなら、太陽の光で頭を焼いたんです。魔法を操るもの(貴族)が無意識に展開している魔導障壁、あれは()の光を阻んだりはしないでしょう?

 背中の魔晄炉から特定種類の光だけを()り分けて彼の眼前から放射したんです。

 光の波長が短く高いエネルギーをもつガンマ線とよばれるその光は魔導障壁に阻まれることなく彼の頭部を貫通し、激しい電離作用および放射線減衰に伴う熱変換作用で脳内を焼いた、というからくりです」


 クリストフはお気に入りの機械を自慢するかのように愉悦(ゆえつ)にみちた声色で続ける。


「選り分ける機構を構築するのには苦労しましたよ。特定条件以外の物質を完全遮蔽するマックスウェルの悪魔といえど所詮は実体を持たない矮小な存在です。

 魔導回路投影原版(マギフォトマスク)もそうなのですが、複雑な条件を与えられない悪魔達を(たば)ね量子論理ゲート回路を構成し、それを積層することで要件を満たすことが出来ました」


「量子?論理?ゲート??マックスウェルの悪魔とは錬金術師が存在を予言しておるやつかのぅ?」


 ケアヴェクが話の複雑さについていけなくなっていてもお構いなく話を続けている。


「炉内の超重力を応用して時空間に穴をあけ、その上で別途魔力を用いて疑似的に生成した負の質量を利用して穴を固定し収束したガンマ線を通過させました。

 結果、射線上に『雷光』殿の頭部が存在することになり、彼を安らかな眠りに導いたという訳です。

 あぁ、痛みや苦しみはなかったでしょう。なにしろそれを感じる器官の方が先に焼失したわけですから」


 得体のしれない恐怖に飲まれたか、頭である『雷光』を喪ったからか、北帝国の兵士たちがひとり、またひとりと後退(あとずさ)り、逃げ出そうとする。


 しかし・・・


「おっと、逃がしませんよ。自らの攻撃をその身に受けなさい・・・歪穴(ワームホール)応報(リトリビュート)


 突如、今まで無数の攻撃をその場にとどめていた『事象の地平面』が消失し、解放された魔法や矢弾が同時に開いた無数の()へと飛び込んでいく。

 そして一拍の後、攻撃を放った者たちに向けて(たが)えることなく突き刺さった。


「ぐ・・・おぉ・・・」

「ふむ、『聖者』殿は当然耐えるとして、その他の方々も結構残っていますか。

 何か対応する余裕がないほど至近距離から攻撃をお返ししたのですけどね、中々の練度のようで。

 あぁ、回復術士(ヒーラー)付与術士(バッファー)が結構いたのですか。彼らが残るのは当然ですし、支援を受けた者達が生き残ったと」


 クリストフは死屍累々の惨状を呈している軍勢を一瞥することもなく、しかし彼らの状況、誰が死に誰が生き延びたのかを正確に把握して(たの)しそうに言葉を紡ぐ。


「まぁ、逃がすわけにもいかないので結末は同じなのですけどね。私の情報を持ち帰られても困りますし、自分でも白々しいと思いますが貴方達は一応”父の仇”という奴ですからね。

 手向(たむ)けです。『雷光』殿と同じ魔法で送ってあげましょう、元来は多目標(マルチロック)攻撃や全方位(オールレンジ)攻撃のための魔法ですから・・・歪穴(ワームホール)光銃(ブラスター)


 その声と共に、兵士ひとりひとりの周囲に(おびただ)しい数の()があき不可視の光が彼らを貫く。

 そして、あたり一帯で動くものはいなくなった。クリストフと、ケアヴェクを除いて。


「・・・なぜ、儂を残した?・・・」


 ケアヴェクは水刃で受けた傷を忌々しそうに抑えながら問うが、クリストフの回答は彼が秘していた最後の予防線をあっさりと看破してのけたものだった。


「だって貴方、さっきの魔法でその義体を破壊したら、中に込められた意識体が眠っている【本体】へと逃げ帰ってしまうじゃないですか。私の情報を持ったままに。

 水魔法を極めるとこんな真似ができるんですねぇ。いくら人体の7割が水と言われているとはいえ、人体を錬成して意識のみ移し替えるとは。どれだけの研鑽と・・・人体実験を繰り返したのです?」


「な、なぜそれを!・・・ぐおっ!」


 驚愕の叫び声をあげると同時に自害らしき動きをしたケアヴェクを、彼の体にかかる重力をバラバラに制御し、身動きを封じて空中に(はりつけ)にし、濃厚な重力魔力で包み込んで魔法の発動すら阻害する。


「逃がしませんよ、暫くおとなしくしていてください。意識体ごと削り落とすのには下準備がいるんですから・・・なぜ義体を見破ったか、ですか。あなたの実力に比べて思念波関係のセキュリティが不自然に甘かったのがきっかけですよ。

 気付かれないように侵入走査(ハックスキャン)するのは少々骨が折れましたが、苦労に見合う収穫を得られました。

 貴方の義体理論は私にはない発想に富んでいます、大変参考になりました。それだけにお別れするのが惜しいですが・・・間の悪いことです、せめて小型魔晄炉の体内埋設に関する研究が完成していれば、貴方を見逃す余裕があったのですが、弱点の多い現状の私を分析されるわけにはいきません。残念ですが・・・」


 クリストフはそういい放ちながら、鉛鎧の両腕を精密な重力操作で肩口から切り離し己の眼前にもってきて、超重力をかけ圧縮を始めた。


「ここから先の口上は理解していただかなくても結構ですよ。

 私がイメージを鮮明にして精霊たちに伝えるためのものですから。いうなれば詠唱です」


 人工精霊たちがクリストフの周囲に集まり、さらに強い重力をもって圧縮を進める。


「質量を持つ物質は(すべから)く時空を歪め、重力という見かけ上の力を持ちます。それは重力子(グラビトン)が構成する(フィールド)を介して他の物質と干渉し、お互い引きあいます。

 その結果、物質は集まり星を成し、恒星として核融合を繰り返す。

 いつしか星の中心は鉄などの重い物質に置き換わっていき、みずからの重力でさらに密度を増し、重力を強めていきます。

 この営みを延々と繰り返した結果、いつしか()()()()()()()()()()限界、すなわち縮退圧を越える重力で圧縮した結果、星は重力崩壊を引き起こし、密度無限大の特異点を現出させます」


 鉛鎧の両腕に重力魔力をふんだんに注ぎ込み、圧縮が進んだ結果、光すら脱出できない暗黒の空間が現れた。


「これは、鉛に魔力を注ぎ込み縮退圧を超えて無理矢理圧縮することにより特異点を再現したものです。

 小盾(バックラー)程の大きさの闇の球に見えますが、実際の特異点の大きさは目に見えない程小さなものとなります。

 マイクロ・ブラックホールと呼ばれている現象です」


 クリストフが手をかざすと、闇の塊がその掌に収まるように移動した。


「ブラックホールに落ちた物質は(すべから)く特異点の一部となり、特異点の質量・電荷・角運動量を除く全ての情報が消失します。それは魂の(たぐい)を例外とはしません。

 『概念』すら塗りつぶす重力。真の意味で神を殺しうる(わざ)

 ・・・あなたの意識体を消し去るには十分でしょう・・・闇の牢獄で眠りなさい、暗黒洞(ブラックホール)砕撃(スマッシャー)


 クリストフは手に収まった闇の塊を、磔にされているケアヴェクに向けて投げつけた。

 『事象の地平面』のほうから迫りくるというあり得ない現象によって、時空が引き延ばされる(いとま)もなく、憐れな老人が飲み込まれてしまう。

 小さな闇球はかつて老人であったものを容赦なく喰らい尽くし、本来であれば時間を無限に引き延ばされた結果として存在するはずの赤方偏移した残滓すら残すことを許さなかった。


「これで『聖者』殿の本体は永遠に目覚めることはなくなりました。

 せっかく意識体の分離まで実現できたのですから、複製してバックアップしておけばこのような事態は避け得たのですがね・・・自我を捨てきれていなかったことが貴方の敗因ですよ。

 安心してください、貴方の義体研究は私が引き継いでより良いものとしましょう」


 そしてクリストフはかつて老人がいた場所に静かに浮かぶ闇球へと視線を向ける。


「マイクロ・ブラックホールの寿命は短い。このまま制御を止めればホーキング放射により瞬く間に蒸発してしまうでしょう。

 しかしこの場で蒸発させるのは都合が悪い、放射熱によりここ一帯が爆轟しかねません。どこか遠くに放逐するとしましょう」


 いうが早いか歪穴(ワームホール)が現れ、そこに闇球が飛び込んでいく。

 人工精霊の補助を受けているとはいえすさまじい精度の重力操作だ。ブラックホールを歪穴(ワームホール)に通すなんていう曲芸を顔色一つ変えずに行うんだから。

 しかしかなり堅固な歪穴(ワームホール)を作ったものだな、宇宙の果てとでも繋げそうな代物で、どこにブラックホールを捨てるつもりなのやら・・・うん?異常重力震を検知?・・・近く、というか()()は多重世界鑑賞用の箱庭(サンドボックス)だぞ?異物などあるはずが・・・


「さっきからずっと覗き見している貴女、()()()()()()よ」


 クリストフが残った鉛鎧を切離(パージ)しながら笑みを浮かべる。え?待つのじゃ、さっきの重力震、マイクロ・ブラックホールなの?まさか、歪穴(ワームホール)の接続先って・・・()()!?


「『聖者』殿にも言いましたが、いろいろと未完成な私を見られるわけにはいかないのです。それはたとえ神域におわす方であろうと例外ではありません。

 そうですね、『雷光』殿のよく使っていた言い回しをお借りして、最低でも”記憶をなくすまでブン殴る”ぐらいはしませんとね」


 まって?まって?(わらわ)が視ていたことに気付いていたのじゃ?しかも痕跡を逆探知して?制御下にあるマイクロ・ブラックホールを送り込む?


「先ほどから口調が崩れていますよ、それが貴女の()ですか」


 仕方ないじゃろ!こんな異常事態でいちいち威厳のある超越者ムーブなどやっとれんのじゃ!こっちはか弱い狐っ娘じゃぞ!

 それとも何か?舞台上でガチ通り魔が襲ってきても役者は動じずに演技を続けるとでも?


「それもそうですね。さて、まずはその神域を測らせていただきます、マイクロ・ブラックホールの制御を手放しますのでしっかりと受け止めてくださいね」


 え?・・・ちょ、ここはただの箱庭(サンドボックス)なのじゃからそんなことしたら・・・って蒸発!?放射熱!ば、爆轟した!!しゃ、遮蔽!対ショック防御!!


「なるほど、観賞用の隔離神域ですか?そこまで大きくは無いようですね。今ので脱出路は走査(スキャン)、閉鎖できましたし、逃がしませんよ」


 そんな!?本当に閉鎖されておる?アドミニストレータ権限が奪取されたのじゃ!?


「私の全力が神性をもつ存在にどこまで通用するのかが楽しみです。2世代前のものとはいえ魔晄炉を使い潰すのですから、記録データぐらいは焼き尽せるでしょう」


 新たな歪穴(ワームホール)から小さなビルぐらいの炉心が出てきよった!あれを使い潰すのじゃ?出力だけならクリストフの背中にマウントしている物より大きくないかのう?


「さて、これで終幕(フィナーレ)です」


 鉛鎧の残骸と巨大な魔晄炉を伴って垂直に上昇していく。


「制御臨界点を大きく超過し無秩序に吐き出された光・熱および魔力を原資に複数個のマイクロ・ブラックホールを生成。

 これを魔晄炉の周囲に等間隔で円軌道配置し、地上側の遮蔽実施後に公転運動を開始。

 発生した重力渦により光子(フォトン)・グルーオン・W(ウィーク)ボゾン・重力子(グラビトン)魔素子(マギオン)が中心の魔晄炉に流入。魔晄炉、崩壊。

 魔素子(マギオン)の誘導により、残り4要素を原初(オリジン)物理力(フィジクス)に還元。

 原初(オリジン)物理力(フィジクス)から原初(オリジン)バリオンを対生成。

 次々と生成される二対の原初(オリジン)バリオンのうち、一対を重力渦の中心に集約、もう一対をマイクロ・ブラックホールの公転軌道外側に構成されたエルゴ球内に散布、光輪(ハイロゥ)を形成。

 マイクロ・ブラックホール公転軌道半径をゼロに変更。

 重力渦中心位置にてバリオン群がチャンドラセカール限界を突破し量子的に重ね合わさることで光珠(オーブ)形成後、マイクロ・ブラックホール蒸発。

 放射熱を光珠(オーブ)および光輪(ハイロゥ)維持のため消費」


 ()()()()を解き明かしていくような手順(シークエンス)をへて、クリストフの手元には拳大ほどの白く光り輝く(たま)が、そして周囲の空域には七色に輝く(リング)が生成された。

 先ほどまで吹き荒れていた重力の嵐はきれいに収まり、あたりを静寂が支配している。


 ・・・あんなもの、あの世界で炸裂させてはいかんのじゃ。世界が滅びかねん、少なくともあの恒星系は跡形もなくなってしまうのじゃ。あやつの目論見どおりで癪に障るが、(わらわ)もろとも箱庭(サンドボックス)で受け止めるしかあるまい・・・うぅ、耐えられんじゃろうなぁ・・・嫌じゃぁ、クローンナンバー上げ(残機減らし)とうない・・・

 それにこんな事故おこせば間違いなく多重世界接続免許は免停確実じゃろうし・・・(わらわ)が何をしたというんじゃぁ・・・


 何?アキラメロン?諸卿らは気楽なもんじゃなぁ・・・視聴のため潜入(ダイブ)してきた意識体が消し飛ぶだけで済むし、記憶ごと消し飛ぶから本体には何の影響もないのじゃろ?


「釈迦に説法なのは重々承知していますが、詠唱だとおもってお付き合いください。

 手元にあるこの(たま)は、世界の始まりの際に注ぎ込まれた力から生成された原初の物質および反物質です。

 本来であれば対消滅しすさまじいエネルギーを放出するはずのそれは、量子的にどちらなのか確定されない状態で重ね合わされ、混合された状態で安定しています。

 もちろん、()()してしまえば起爆する代物です。そのうえ通常の方法で観測しようものなら確実に観測者は破滅に巻き込まれるでしょう。

 しかしながら、この(たま)は周囲にある(リング)と対をなしています。

 (リング)を構成する部品を観測し、仮に物質であった場合、対をなす(たま)の部品は()()()()()()()反物質と確定します。それがどんなに遠く離れていようとも。

 この()()()()()はたとえ次元を隔てていたとしても成立します。

 つまり、この光珠(オーブ)のみを歪穴(ワームホール)を介してそちらの神域に送り込み・・・」


 言葉とともに小さな歪穴(ワームホール)を開き、光珠(オーブ)をこちらに送り込んできおった。


「こちらで一気に光輪(ハイロゥ)を観測することで術者の安全を確保したまま起導が可能となるのです。

 あぁ、ちなみに光輪(ハイロゥ)側では密度の関係で対消滅は起こりません。元来存在し続けることが困難な原初の物質は(またた)く間に放射性崩壊を起こし変質し、自発的対称性の破れにより反物質は質量を(つかさど)るヒッグス粒子へと姿を変えますから。

 ・・・さぁ、お別れです。次にまみえるときは私の研究が完成していることを祈りますよ。試製・天地開闢(てんちかいびゃく)(だん)、発導!」


 ()おった!全力防御!!・・・やはり耐えられん!ひかりになる!!ぬわぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!・・・・・・


「どうやら、無事に神域ごと破壊できたようですね。あれなら仮に復活しようと私の情報は記憶、記録から消え失せているでしょう」












































「さて、残るは()()()だけですか」





「随分と迂遠な術式ですねぇ。これだけ暗号化と圧縮、それに秘匿経由(オニオンルーティング)を繰り返されてはさすがに今の私では発信元にたどり着くのは不可能ですね」






「しかしここまで秘匿化を重ねると発信者に届く情報はひどく劣化しているはず。おそらく簡単な文字情報程度しか得るものがなくなっているでしょうね」




「その程度の漏洩では私の脅威となる可能性はごく低いものとなりますし、()()、見逃すしかありませんか」




「しかし()()()のデータは取れるだけ記録しました。いつの日か研究が進み、()()()へお邪魔することが可能になるでしょう」




「その時を、愉しみにしていてくださいね」


読んでいただきありがとうございます。


この段階では『轟炎』はナレ死。

『女皇』等は影も形も無かったんですよ。

他にも細かい違いがありますので、よろしければ長編版も読んでみてください。

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