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その後は本当に平穏な日々が1ヶ月ほど続いたので
「このままイーリーは姿を消したまま、二度と会わずに済んで、無事卒業して、無事にこの国を出れるのかも」
と少し楽観できた。
心残りがあるとするなら
「いつかユーウェインの森へ行ってみたい」
という事。
父が私に残してくれた土地。
先祖のローレンスが治めていた土地。
旧オルビス男爵領。
せめて不可視の使い魔を送り込みたいけれど…
「不可視の使い魔は行った事のない地名を理解できない」
のだ。
私が行った事のある場所なら、流石は私の魂が入っている使い魔。
ちゃんと行ってくれる。
しかし、私が行った事のない場所を理解できるほどの知能はない。
なので現在地から見た目的地の方角と距離を正確に割り出す必要がある。
それを踏まえた上での指示が必要となる。
「地図を見なきゃね」
と思って、学院の図書室へ行く必要性を感じたが…
毎日が学院へは行かず国立総合診療所へ直行する日々だ。
なかなか学院の図書室を利用できない。
けれど、補習が行われる休日に補習受講対象者達と一緒に学院に入り込めば、休日でも図書室を利用できる事が分かった。
私は休日もジョエル師匠の診療所でただ働きさせられているが、午前中だけの労働で済ませてもらっている。
なので早速、午後から図書室を利用。
図書室へ入ると、国内の地図を改めて広げる。
模写は得意なのでこれまでに
ダゴネットの森と
(西部北方の森)
クロフの森と
(ファレル領の森)
オグデンの森と
(王都北方の森)
ウリオスの森
(西部南方)
の地図を模写した。
そして森の拡大図に
「エルフの運命のツガイの木」
がある地点をマーキングしてきた。
今回は寮の自室から森の入り口付近までの距離と方角を割り出すためなので、正確に測りたいところだ。
ユーウェインの森の他、国内にはまだシー・シェリーの森、オルブライトの森、スカイラーの森がある。
それらの距離と方角を割り出しておきたい。
(国内の全ての森を探索したら、エルフのツガイの木を粗方把握できそうだな…)
と思った。
木だけ見てツガイのエルフが「戦闘員か」「性悪か」割り出せれば良いのになと、しみじみ思う。
私にはまだ
「無害なエルフもいるだろうから」
という期待があるので…
一斉無差別殺戮を迷いなく行えるような度胸はない。
困った事に、ツガイの木に取り付けた魔道具の魔石交換をして回るエルフ達は、自分達の木だけを管理している訳ではない。
本当にどの木がどのエルフと繋がっているのかが分からない。
もしかしたらエルフ自身も分かっていないのかも知れない。
魔石の魔力が切れて防御用魔道具が稼働せずに木が傷付いたと思ったら、自分と繋がってる木だった!みたいな事が起こるかも知れないと思っているから、ツガイの木を管理する役目のエルフは手を抜かずに木の世話をしているのかも知れない。
エルフの里はオルブライトの森の何処かにあり、各森にエルフの集落が有るという事はない。
国内の各森には「森番のエルフが4人組で住んでいる」感じだ。2人2人と分かれて、森を巡回してツガイの木を管理している。
人間の冒険者に化けているので、魔眼持ちじゃないと、その手のエルフを見分けられない上に、遭遇率が低い。
今まで私のように「ツガイの木を管理するエルフ達」を発見して、連中が世話をしているツガイの木を突き止めた吸血鬼はいないと思う。
木は移植すると弱る事もあるので、基本的に移動させられる事もないだろうと思って良いと思う。
ユーウェインの森にもエルフのツガイの木はあるのかも知れない。
森の所有権、木の所有権は、ユーウェインの森に限り、私にある。
「わぁぁ〜!変な魔木だぁ〜!危険かも知れないから切っちゃおう!」
とか言って
「とりあえずユーウェインの森にあるツガイの木を切って回る」
ような手口も有りなのだろうが…
おそらく所有者の許可もなく勝手に棲みついている森番のエルフらが、我が身の罪を省みずに激昂して襲って来る。
なので
「土地の所有者権限で木を切る」
という堂々とした伐採はできない。
頭のオカシイ連中の前では何故か
「不動産所有権」
という犯すべからず社会的権利さえ相対化されてしまうのだから…
頭のオカシイ連中を粛清せずにいる世の中は絶対間違っていると思う。
(ユーウェインの森のツガイの木を切るのは、オルブライトの森にあるエルフの里の場所を突き止めてからで良いか…)
と思う気持ちもある。
実のところ、ノークスに
「エルフの里って何処に在るの?」
と聞きたくて仕方ない。
ノークスはエヴェリー達に連れられてエルフの里まで報復に向かった筈だから、エルフの里の在処を知っている筈。
だけど、エルシーの事で色々聞きたくもない言い訳を聞かされるかも知れないので関わりたくないという気持ちが強い。
一度、ダンカン・モルガンから
「お前が森の地図にしてるマーキングって、アレなんだよな?」
と尋ねられたので
「さぁ?貴方がエルフの里の場所を教えてくれるなら話してあげなくもないですよ?」
と言ってみたが…
「お前にだけは教えてやれないんだ。お前は無茶しそうだからな…」
と言われた。
それでもダンカンには
「どうしても知りたいんです」
としつこく訊けば教えてもらえるかも知れない気がする。
だけどそうしたら絶対恩に着せられる。
護衛が非番の日には懲りずに押しかけてきて、いちいちセクハラまがいの口説き文句を浴びせてくる男だ。
頼み事をしたら後が怖い…。
「先ずはユーウェインの森の探索だよね。自分の土地だし…」
そう思って、エンドをユーウェインの森へと向かわせた。
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不可視の使い魔は転移魔法陣で転移できる。
なので小型の転移魔法陣を森の木の枝の上などに設置させると、使い魔の方でも次からはわざわざ飛んでいく必要がなくなる。
かと言って、自分で自作した転移魔法陣を他の魔術師の不可視の使い魔が利用する可能性もあるので、オグデンの森の木の枝の上に、他の森の転移魔法陣と繋がる転移魔法陣を設置させている。
何せ寮の自室に他の魔術師の不可視の使い魔が入り込んでくるなど考えただけでゾッとする。
オグデンの森と寮の自室とではそう離れていないので、フリンジもエンドも苦にならない筈。
エンドをユーウェインの森へ遣わしている間に、エンドに持たせた転移魔法陣と対の転移魔法陣をフリンジに持たせてオグデンの森へ向かわせた。
それぞれ「監視の魔法陣」でチェック。
「監視の魔法陣」は本当に便利だ。
感覚共有でずっと集中してなくてもエンドがユーウェインの森に着けば、それがモニター越しに分かるのだから。
上空から森の広がりの全景である木々の茶色が見えたが…
「本当に領境にある森なんだな」
という事が分かった。
森の中に開拓された拓けた場所があって、そこに城砦があり、民家のあったらしき小さな村の痕跡がある。
昔からグレイス王国内には東西南北の地方毎に派閥意識があって、所属地方が違うと隣の領地とも仲が悪いのが普通だ。
そういう領地戦が東部南方と南部東方では特に激しかったらしい。
昔から南部には大陸側からの移民が多くて、南部人にはグレイス人としてのアイデンティティが無い者が多く生じやすかった。
その点、東部貴族は王家の守護者を自認する貴族家が多かったので、グレイス人としての矜持が備わっていた。
少しでも領地を広げて嫌いな相手へ嫌がらせしたいのは売国派も愛国派も同じだったという事だろう。
ユーウェインの森は何度となく戦場になってきていて、その地は戦死者の死体が無数に埋まっているのだという…。
「葉が黄葉してたり落ちてる木も多いけど、雰囲気の良い綺麗な森だよね…」
と思う。
始祖による浄化・浄霊というのは流石だ。
「村が在った辺りの木々は果樹なんだね…」
林檎の木が植えられている。
長く人の手が入っていないだろうから野生化しているのだろうと思う。
「人の気配はない?」
かどうか確認するように言い付けてあるが…
先ずは転移魔法陣の設置が先だろう。
エンドは私の命令通りに人が来なさそうな辺りの木の枝の上に転移魔法陣を設置してくれた。
これでフリンジもユーウェインの森へやって一緒に探索させられる…。




