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「それにしても、先生の使い魔はよくイーリーを見つけ出せましたね?」
私がそう訊くと
アルバート先生は
「非常識な人達の行動パターンというのが何故か理解できるからでしょうね…」
と苦笑した。
「…私は、小さかった頃は、エルフ達があんなにまで吸血鬼を逆恨みして狂っているとは思ってませんでした。両親が居た頃には『単に血を狙われている』とだけ思って子供時代を送っていました…」
「それが普通ですよ。『天敵がいる』と聞かされて理解する事は容易いですが、何故敵がそうまでこちらを逆恨みしているのかという点の事実を知れば、相手側のあまりもの身勝手さに対して憎くて憎くて堪らなくなりますから、子供の精神衛生面に気を使うなら、真実は子供が成長してからしか伝えられません」
「…考えてみれば、イーリーが入寮してきて、彼女に使い魔を張り付けて監視するようになってから、エルフという生き物の御都合主義的に歪んだ主観が本当に狂ってるという事実を突きつけられるようになったのだと思います。
…嫌悪感と怒りしか感じなかったし、全く共感も同情もできないんですが。
人という生き物の内面があそこまで集団で組織的に御都合主義的に狂ってしまえるのかと、本当はゾッとしていて…。
何だかあの人達のせいで少し生きるのが怖くなってしまいました…」
「…『聖人の試練』というものについては実は北部では何千年も前から伝わっています。
『聖人』とは苦難に耐え忍んで人倫を貫いた人のように思われていますが、不当に評価を貶められながらも誠実であり続ける事は実はそこまで難しくないのだそうです。
難しいのは『持つ者の義務』を認識しにくい社会空間で『持つ者の義務』を理解し実践する事の方です。
辛い前世を無害に生きた『隠れた聖人』のごとき人達がハイスペックな肉体や社会的地位やコネクションに恵まれた環境に生まれて、ちゃんと『持つ者の義務』を理解し実践する事で、本物の『隠れた聖人』になるのが『聖人の試練』の本当の意味なのだと伝えられています。
エルフは貴種の能力を盗んだ時点で『持つ者の義務』が降りかかっていたのですが…彼らはいつまでも自分達を『持たざる者だ』と位置付けて『持つ者の義務』を実践するどころか『差別されたのだから奪って良い』とばかりに貴種に対しても人間達に対しても餌扱いで搾取欲を向け続けました。
エルフ達自身、死後にはゴブリンや食肉用家畜への転生へと堕ちる彼ら自身の運命を潜在的に察知していたのかも知れません。
だから、あんなにも『加害者でありながら自分を被害者だと思い込んで激しく怒り、被害者を加害者に仕立て上げて呪い倒そうと必死になった』のだと思います。
要は、彼らは自分達の堕ちる煉獄の来世を我々貴種へ押し付けたかった訳です。勿論、潜在的欲求で、でしょうが。
狂気というものは『自分自身が本当に望んでいるものを見失なう』事で起こる精神的腐食状態なのだと思います。
私も若い頃はそういうものに取り憑かれて生きていた頃があるので、何故か彼らの状態が理解できてしまうんです」
「先生がエルフ達みたいに逆恨みに取り憑かれて生きていた時期があったなんて信じられません…」
「…ヴィクター様からお聞きになって、私の血筋についてセルマさんはご存知でしょうが…。
私は自分の両親が誰なのかを知ってからしばらくは、私を引き取ってくれなかった母をーーコーネリアをーー本当に恨みました。憎くて憎くて堪りませんでした。
だけど、私には『心眼』があったので、自分に付き纏っていた不可視の使い魔に使われている魂の粒子を見る事ができた。
ある日、自分でも不可視の使い魔を作り出して、それをシルヴィアス男爵邸の母の元まで飛ばしてみたんです。それで分かった。彼女の不可視の使い魔がずっと私を監視していた事が。
一応は気にかけてもらえていた事が分かって、少しは落ち着きました。ですが私の18歳の誕生日の翌日には彼女の使い魔が消えていた。見捨てられたんです。やっぱり恨みました。
ただ、彼女は魔術師として生まれた子供に対しては私に限らず使い魔を引き上げさせていたので、デクスターとダレンの場合も18歳の翌日からは彼女の使い魔が消えていました。
それを知って『自分だけが放任されている訳じゃない』と分かりましたが…寂しいものは寂しいと思っていました。何せその頃の私には前世の記憶が無かった。
覚醒していなかったから『子は親の愛情を求めるものだ』という人間の価値観にどっぷり浸っていたんです」
「…病気で死にかけた事とかは無かったんですか?」
「ファレル伯爵家には当時腕の良い侍医が居たので、それがアダになってたようです。生命維持面で恵まれた環境で生きると、どうやら低次元な意識状態のまま社会通念に囚われるもののようです」
「…ウチの両親は私が魔術師だと分かってたから、敢えて肺炎の時に死にそうなギリギリまでポーションを使わずにいたみたいです」
「…魔術師を覚醒させるノウハウのようなものも無かったので、私はそれとは無縁でした。ただ勉学は好きに学ばせてもらえたので知識だけは詰め込む事ができた。
お陰で家庭教師として身を立てる事になりました。40歳以下の貴種の方々の殆どが私の教え子です」
「そうだったんですね…」
「貴種には貴種としての覚醒が促されますが、それこそが『死にかけるような目に敢えて遭わせる』というものです。
私はそういうものを内心で残酷だと思っていて、その必要性に関しては懐疑的でしたが…。
自分がそれに巻き込まれて死にかけて覚醒してしまった事で、そうした考えは180度方向転換しました」
「…先生も死にかけた事があるんですね…。私はその場にいなくて良かったです」
「…死にかけた時に歌が聞こえました。もしかしたら母に術を掛けられた者達は皆、術が解ける時に聞いている歌なのかも知れません。
何故、あの歌なのかが分かりませんが…。『ある朝早く』という歌です」
「…私もそれを聞きました。レルフに心臓を貫かれた時に…。先生もやっぱり『危険が及ばないように』という意図で術がかけられていたんですか?」
「ええ。誰が自分を術にかけていたのかが分かるのは不思議なものです。しかも、何故自分に術がかけられていたのか、その当時の状況まで聞こえてしまって…。それを知ってしまえば答えは簡単でした。
私は母によって人間の姿に変えられて、父によって術の痕跡が亜空間に隠されていました。
本当の名前はアルバスと言います。アルバスという名前は『白』という意味もありますが、『潔白』という意味もあるんです」
そう言われて、彼に関する諸々が腑に落ちた気がした…。




