112
しかし見た目と声がマーティー・ブランドンそのものだとしても本当に本人かどうかは分からない。
案の定、魔力回路が本物のブランドンとは違う。
吸血鬼の魔力回路だ。
(ブランドンさんと声質の似ている吸血鬼は…)
と考えると…
(ヴィクター・モルガン?かな?)
という可能性に思い当たったが…
(うわぁ〜…。私、本当に迷惑かけてたんだな…)
と実感した。
思わず頭を抱えたくなった。
保存画像の中のヴィクターは冷笑しながら
「なにが『エルフの方々は』だよ。お前自身がエルフだろうが。遺産相続詐欺で指名手配中の一人イーリー・アイビー」
と演説の美少女がエルフである事実を述べた。
「…西部貴族の読心術師?」
そう呟くイーリーにはヴィクターの魔力回路が見えていない。
「本性を暴いてやる」
マーティー・ブランドンに扮したヴィクターがそう告げて、呪文詠唱を省いて変身術解除を仕掛けた。
魔力が見えないイーリーには、相手が呪文も唱えないなら、何をされているのか気付かないのだろう。
エルフらしくもなく、ただ術を解除されるがままになった。
…しかし、実際にイーリーの姿が変化してみると
「元に戻った」
のではなく
「不細工に変身を上書きされた」
のだという事が分かった。
イーリーは自分の姿が変えられた事にも気づかず
「皆さん!読心術師を騙る嘘吐きの言う事に耳を貸さないでください!西部はセルマ・スミスの出身地です。
それこそオズバートおじ様の遺産の相続人だと遺言書を偽装した今回の工作自体が西部権力者によるものだった可能性があるのです!」
と演説を続けようとしたが
「黙れ!醜い犯罪者め!」
とヴィクターが言った途端ーー
イーリーの演説に聞き耳を立てて集まっていた人達も
「うわ〜…」
「エルフって実は不細工って話、本当だったんだな〜…」
「ないわ〜…」
「変身術に吸血鬼の血が必要だから吸血鬼殺しを『狩り』呼ばわりしてるんだってよ…」
「集団殺人鬼になってまで嘘の姿で生きて何が楽しいんだ?」
「気色悪〜」
「死ねば良いのに」
とイーリーに対して言いたい放題となった、
美少女が行う演説に群がるような上面に騙されやすい人達は、その上面が醜く変えられるとすぐさま掌返しする人達なのだろう。
流石に周囲の空気の変化から
「自分が何かされた」
と気付いたらしくイーリーが顔色を変えた。
こちらにとっては都合が良いが…
(イーリーがキレて「超加速を使った無差別テロ」とかやったら困るだろうに…)
とも思っていたところ
何故か次の瞬間にはイーリーは捕縛されていて、首には魔力を封じる首輪がつけられていた。
罪人用の首輪が…。
イーリーの首に首輪がつけられているのを見て
「ざまあみろ」
とは思えなかった。
私はーー
ただただ安心した。
(これであの女は私を殺せない。私もこの手を汚さなくて済む…)
という安心をおぼえた。
私は、何年もの間ずっとーー
「一方的に吸血鬼に憎しみを向けてくる者達に対して緊張し続けていた」
のだ。
命も心の安寧も脅かされ続けていたのだ。
それを改めて、自分で自覚したのだった…。
******************
「…それにしても、ヴィクター様がマーティー・ブランドン様の姿を勝手に使ったのは後々問題になるのでは?」
と心配になった点をアルバート先生に尋ねずにはいられなかった。
「大丈夫ですよ。当人の了承を得てからの成りすましです」
「何故ブランドン様の姿に変身なさったのでしょう?何か事情はお聞きですか?」
「そうですね。先ずは北部貴族家の方々の容姿はエルフ側で共有されている情報なので、髪色と瞳の色だけ変えただけのいつもの変身で近付くと確実に貴種だとバレて、その場で問答無用に戦闘が始まり、周りの人間達に被害が及んでいたであろう事はご理解ください」
「ええ。分かります」
(エルフどもの吸血鬼憎しは本当に盲目的だもの…)
「なので人間の姿に変身して近付く必要がありました。勿論、人間の竜騎士が出張ってくれれば良いのですが、彼らはこのご時世、完全に王族の護衛に徹してます」
「そうですね」
「なのでイーリー・アイビーが一番攻撃を躊躇う相手で尚且つ王都にいる人物を、と思った際に浮かび上がった人材がブランドン隊長だった訳です」
「もしかしてイーリーはブランドンさんと何処かで出会っていて、密かに恋してたとか?ですか?」
「…アレが恋とかするタマに見えますか?」
「いえ、見えません」
「イーリーの母親は美女に変身しては国内の美男子に近づき、幾人かの子供を産んで美形の血をエルフに引き入れるというエルフ女特有の行動をとっている女でしたが…。
その彼女が好んで近付いていたのが西部の読心術師一族のメリーウェザー家の男性達なんですよ」
「メリーウェザー家…」
「ええ。ブラックウェル伯爵家とメリーウェザー家の癒着は深くて、貴族で読心術師と言えばブラックウェル伯爵家ことブランドン家というのは広く知られた話です。
イーリーからすればブランドン隊長は親戚なんです。エルフは殊更、血の繋がりを重視する生き物なので、ブランドン隊長が相手なら問答無用に攻撃したりはしないと踏んだ訳です」
「そう言われてみれば…どことなく似てますね。読心術師の髪色は、エルフの深緑と違ってターコイズっぽい光沢だし耳も尖ってないけど…イーリー達が思わず仲間意識を向けそうになる気持ちは分かる気がします」
「本物のブランドン隊長達がエルフの魔術師に敵うなら、王国騎士団のお世話になった方が無難でしたが、被害者が出る可能性も高かったのでエヴェリー様達に出張っていただいた訳です。
因みにヴィクター様がイーリー・アイビーを変身させた姿は彼女の母親の素の姿です。
つまり変身術を彼女の母親が使ってメリーウェザー家の美男子を誑かしていなかったら、彼女は本来ならああいう姿で生まれていた筈です」
「…この映像って、どのくらい前のものですか?イーリーはまだ拘置所に居るんでしょうか?」
「1週間くらい前の出来事です。今は奴隷商ギルドに引き渡されています…」
「魔力封じの首輪って第三者が外したりできるんでしょうか?」
「無理です。魔力封じの首輪は、それを付けた者が外さない限り外れません。無理に外そうとすると首が締まって首が落ちます」
「それならエルフ仲間はブランドンさんを付け狙うんじゃないでしょうか?」
「ええ。その可能性があったので奴隷商ギルドに到着次第、ギルマスが更に強力な凶悪犯用の魔力封じの首輪を付けてから、ブランドン隊長に扮したヴィクター様が公衆の面前で付けた首輪は外しています」
「大伯父様…。そう言えば、護衛がSランク冒険者揃いでした…」
「ギルマスが釣り餌になってくれたお陰で、潜伏していたエルフ達の多くが逮捕され、残りは非戦闘員の幼いエルフばかりです」
「幼いエルフは、見つからないんでしょうね…」
「ええ。魔眼持ちを国内くまなく派遣してエルフの捜索をさせるというのは人材的に厳しいでしょう。
『犯罪者が捕まって処罰を受ける』という誰にでも降りかかる犯罪者の待遇に対しても、生き残り達はまた『差別された』『吸血鬼が皆を誑かした』と更なる逆恨みを拗らせるのでしょうが…。
流石にそういう点まで我々の方では責任を負えませんし、配慮する必要性もないでしょう」
「そうだったんですね…」
色々と釈然としないものは残ったが…
犯罪者に降りかかる当然の処罰を
「差別だ!」
と捉えて逆恨みを拗らせるという…
「この国のエルフ特有の狂気に対して、吸血鬼の側はどうにもできないのだ」
という無力感は味わされたのだった…。




