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独りの時間にはせっせと魔窟探索を進めたいところだが…
王城暮らしは何かと人の出入りが多い。
「セルマ、居るか?」
と度々人が訪ねてくる。
城外から来る人に対してはダンカンの言うように厳しいチェックが降り掛かり、私の居場所が明かされるような事もないが…
城内に住む人達は気軽にここまで来れる。
王族に至ってはほぼフリーパスだ。
マーカス王子は王弟妃という立場からは甥にあたる。
甥が叔母を度々訪ねてくるのは色々問題がある気がするのだけれど、そういう常識は王族貴族間では度々無視されるものらしい。
「婚約がお決まりになったと伺いましたよ。こんな所に出入りしていては外聞が悪いのではありませんか?」
と言ってはみるが
「外聞というものは、こちらが品行方正にしていても勝手に悪くなる。どんな醜聞を捏造しても何の報復も無いと思う輩に対して、行為には責任が伴うと教えてやらない限り、外聞は気にするだけ無駄だ。
逆に必ず報復があると理解する者達は余程悪政を強いない限りは口出して来ない。
女性に溺れて民を蔑ろにするような愚を犯さなければ別に問題はない」
と糠に釘。
元々は品行方正な王子だったらしいが、側妃側の人員に好き勝手にうわさや評判を捏造された事もあったらしく
「ちゃんと真面目に頑張ってれば、皆がそれを目にしているのだから、ちゃんと評価は付いてくる」
と信じていた頃の純粋さは失われてしまったのだという。
(王子付きの侍従達の噂話によると)
城内の噂話を地獄耳で聞いていくと、上流階級の人達のやり口というものが分かる。
こと結婚に関しては
「政略結婚が当たり前」
「夫婦とも愛人がいるのが当たり前」
「夫婦とはビジネス上のパートナーであり愛情の対象ではない」
というのが王族貴族の結婚文化の主流らしい。
皆が皆、結婚と恋愛を分けて考えている価値観からなる文化。
それをさも王族だけが身を正していなければならないかのように批判するとしたら、そこには潔癖さがあるのではなく、叛逆の芽があるのだという…。
幼い頃はそんな事にも気付かずにひたむきに真面目に課題に取り組んで、ひたすらノブレスオブリージュの実践を望み、そして現実を思い知る。
それが王族にとっての通過儀礼のようなものらしい。
マーカス王子はその通過儀礼を経て、この国の上流階級の文化に馴染んでしまったようだ。
「それにな。お前を無理矢理この国に留めおこうとしても無駄だろ?だがお前が自分で『この国に残りたい』と言う分には、皆にとってもありがたい。
皆、『マーカス王子がミルミドネス伯爵令嬢を(私を)射止めてくれたら良いのにな』とか思ってくれてるんだよ」
「回収できる遺産の半分を差し上げます、というだけでは足りないんでしょうか?王城の皆様は欲張りですね」
「海外資産に関しても回収が進められているぞ。何せ『回収した者には1割支払う』という依頼だからな。
冒険者界隈では、ちょっとしたトレジャーハント気分が広まって皆活気付いている」
「『エルフ狩り』もトレジャーハント気分なんでしょうか?」
「おそらくな」
「…エルフ達が長年ヴァンパイア・ハントを楽しんで活気付いていたことを思うと複雑な気分ですね」
「まぁ、人間の心があるなら普通はそういう対人ハントを楽しめる筈がないよな」
「エルフは自分達が長年ヴァンパイアハントしてきてて、今度は自分達が狩られる事になった状況に対して、ちゃんと反省してくれてるんでしょうか?」
「…それに関してはお前は知らずにいた方が良いと思うぞ。知れば余計にエルフが憎くなって心が掻き乱されるだろうからな」
「要するに全く反省していない、と」
「さてな。不快な報せを齎す者は大抵嫌われるからな。かと言って真実を隠蔽するのも嫌われる。なので詳しいことは他の者に聞くと良い」
「…なんか想像がつきますね。どうせ『王族が吸血鬼に操られている』とか言い出してるんでしょう?
自分達が私宛に残されてた遺産を勝手に使い込んで、しかも森林保護の推進とかいう名目で貴族を殺して成りすましたり、木を切っただけの木こりの腸を引き摺り出したり、斬首したり好き放題にやってたくせに…。
どういう脳内回路なんでしょうね?本当に今直ぐ連中のツガイの木を攻撃して殺せるだけ全員殺して回りたくなる」
「奴隷落ちさせる事で既に使い込まれている分を回収しなければならないのだから、勝手に殺されては困るぞ」
「…お願いがあるんですが」
「なんだ?」
「…グレイス王国内ではエルフの奴隷を『性奴隷』みたいな用途には使えないようにしてくれませんか?」
「何故?…こう言っちゃなんだが、普通の奴隷より性的な用途の奴隷の方が高値で取り引きできるんだ」
「先ずはエルフ全員変身術を強制解除してから売れば、そういう用途で使える美形が案外少ないって事がお分かりになると思います。
それでも長年あの連中は変身術で美形に変身して人間や他の亜人の美形とツガって種族内に美形の遺伝子を取り込んで来てますから、一定数美形も存在するんですが…。
あの連中は自分から売春したり、自分から既婚者を誑し込んで性交してても『強要された』『レイプされた』と言い張ってきた生き物です。
そんな気持ちの悪い生き物に対して、この国の人達が変に欲情して、本当に性行為を強要するとなると、連中の嘘が本当になってしまうようで気持ち悪いんです。
なので変身術を強制解除した後に美形だと判明したエルフに関しては変身術で不細工に変身させてから、外国へ性奴隷の用途で売るとか、そういう風にして欲しいんです」
(その方が好事家の変態が買い取ってくれるだろうから…)
「…それだと回収できる金が随分と少なくなる気がするし、誰も得しないと思うんだが」
「この国のエルフ達は嘘を言い過ぎたんです。『差別された』『レイプされた』『性奴隷にされた』『吸血鬼に虐殺された』嘘に嘘を積み重ね過ぎたんです。
だから『本当に酷い目に遭ってもらう』事でしか、彼らの言霊の力は解消されない気がします。
変に彼らに甘い顔をすると、甘い顔をした人達の側にエルフ達の作り出した虚構の悲劇が現実化して降りかかる気がします。
それに、実は私はダンジョンを発見してまして…そこから金貨を調達できるので、エルフを性奴隷の用途で売る事で得られた筈の金額との差異は、そこからお支払いできると思います」
「お前はまた、そういう事を…」
「?」
「ダンジョンを発見した、とかそういう事を軽々しく他人に話すな。余計に狙われるぞ。そもそも叔父上がお前を簡単に側妃に迎えたのだって、愛情も思いやりも何もない。ただの金目当てじゃないか。叔父上と、そのシンパに知られるだけでも随分とややこしい事になる筈だ」
「…ああ、確かにそうですね。…スミマセン。ご心配有り難う御座います」
「…お前を金蔓みたいに思って好意を持つ者もいるだろうからな。それにエルフ側からすれば『拷問してダンジョンの在処を吐かせてやる』とか思うものだろうしな」
あり得るから怖いのだ…。
「…万が一にも私が殺された場合には、私の債権はシルヴィアス男爵家及びフェアバンクス男爵家が引き継ぐ事になってますから、エルフ達は決して債務から逃れられないんですけどね…。
それにエルフに拷問されてダンジョンの金貨を渡すくらいなら、不可視の使い魔を使って自殺します。
どう足掻いても連中は借金まみれのままです。絶対、連中に返済の目処は立たせないし、全員奴隷落ちさせてやります…」
本気だ。
いざとなったら、フックに私自身を攻撃させて自殺する。
それで良い。
コーネリアが蘇生に来てくれる確証もないけれど…
それでも、どうしても、絶対、エルフ達にとって都合の良い結末など許さない。
連中を借金地獄から抜け出させはしない。絶対に…。
マーカス王子は私の決意を感じ取ったのか
「…実は性奴隷用途の売却は私も内心反対だったんだ」
と賛同してくれた…。




