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王城で避難生活を送りながらも、ユーウェインの森にある城砦跡の探索は続けた。
転移魔法陣のトラップ。
アレの転移先へ使い魔を転移させるには、やはり私の血を魔法陣に注いでおく必要があった。
そうしないと、やはり使い魔の物質化した部分が破壊されてしまう。
なので城砦跡の魔法陣にも、転移先の魔法陣にも血を注いだ事で、ようやく安全に使い魔が行き来できるようになったのだった…。
しかし、転移先は真っ暗。
真っ先に光源の確保が必要だった。
どうやら、どこかの地下らしい事が分かる。
壁が煉瓦やタイルでできている人工の地下通路という感じではなく、坑道や、天然の洞窟のような感じの場所だ。
「森の地下なのかな?」
と疑問に思った。
巨大なミミズ型魔物や芋虫型魔物がウジャウジャいて、転移魔法陣で転送されてきた肉片を器用に食べている。
知性など無さそうなのに
「転移魔法陣に乗ると死ぬ」
と理解できている様子なのが不思議だ。
まさに魔窟といった風情…。
「ダンジョンにお宝がある、みたいな考えはゲーム特有の御都合主義だよね…。私はせいぜい、地中暮らしの魔物達のスキルの魔法陣図象を盗み取るだけだな」
と割り切って、着々と魔法陣図象の知識を増やしていった。
こういう地道な努力が身を結んで、いつか穏やかに暮らせる日が来るのだろうから…。
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王城には文官も文官見習いも暮らしている。
つまり王立学院の先輩であるヘザーとオルニーもいる。
王城で暮らす上での決まり事に関してはヘザーに教わった。
まるで学院の女子寮に入った時みたいで少しほっこりした。
そしてそのヘザーからは少し意外な話を聞いた。
「エヴェリー様がミカエラ・モデスティーと婚約なさっていて、じきに入籍なさる」
とかいう話。
ミカエラは旧バルモーラル公爵の親戚の血筋の魔術師。
それと結婚してバルモーラル公爵位を継ぐ事で、旧勢力の生き残りを懐柔していくという事らしいが、エヴェリーのようなヤツにそんな気遣いがあるとも思えないので、おそらくはエヴェリーの父である現バルモーラル公爵スタンリー・モルガンが立てた計画なのだろう。
「ミカエラ先輩はヘザーさん達と同じ歳だった筈ですよね?」
「そう。まだ8ヶ月も見習い期間が残ってるのに『早めに入籍しておきたい』と我儘を言ってるんだって」
「まだ17歳でしょうに、そんなに早く結婚して何になるのかな?」
「さぁ?ブスな南部女の考える事は分からないけれど、早めに結婚して早めに子供を作れば自分の立場も早めに盤石化できるとか、そういう打算を働かせてるんじゃないの?」
「そんなにミカエラ先輩の立場って微妙なの?」
「『旧勢力への懐柔策』というもの自体が実のところ本当に必要なものなのか微妙な譲歩だからね。ミカエラの方でも、それは薄々分かってるんだと思う。
それにね、この国自体、そのうち戦争が起こるって噂もあるから何か少しでも確かなものが欲しいって気持ちは誰にでもあるんじゃない?」
「戦争…」
「まだ分からないよ。でもこの国だけでなく、大陸側の各国も新大陸へどんどん移民を送り込んで現地を乗っ取って陣取り合戦みたいになってるでしょ?
所謂『新大陸利権』というものを巡って、近隣国はかつてない程に緊張状態が続いてるって訳」
「そうなんですね」
「全く、他人事じゃないんだよ。アンタが相続したっていうオズバートの遺産って海外へ分散されてる分もあるんでしょう?回収できないままになるんじゃない?」
「海外資産に関しては貸金庫や所有物件内の埋蔵って手口が使われてる筈だから、そう簡単には盗まれないと思いますよ」
「分からないよ〜」
「………」
「まぁ、とにかく国内の財産に関しては『エルフ狩り』に血道をあげてる高ランク冒険者の皆様が頑張って回収してくれるでしょうけどね」
「『エルフ狩り』ですか…」
「まさか『可哀想』とか言わないでしょうね?」
「いえ、『ザマアみろ』としか思えません。他の人達なら『可哀想』としか思えない境遇もエルフに降りかかる分には『ザマアみろ』になってしまうんですよね。感じ方が全て」
「アンタのエルフ嫌いも相当だね」
「もはや『嫌い』とかいう主観を通り越してて、ああいう種族に関しては『生きてちゃいけない生き物』なんじゃないかって気がしてます」
「可愛い顔して、そういう執念深いところがあるからイイ男から逃げられるんじゃないの?」
「私は面食いじゃないです。男性だろうが女性だろうが、私の事を理解してくれて許容してくれる人が好きです。
今はそうした条件に加えて『エルフを楽々撃退できなければならない』という戦闘力まで必要になるから、誰ともご縁がありませんが、エルフの脅威が無い国まで行けば、執念深い性格が顔を出す機会そのものがなくなってくれる筈ですよ?」
「成る程。ルビーがモテモテになるにはエルフが居ない国へ行く必要があるんだね」
「アイツらがこちらの命を脅かして社会的萎縮を強いながら、自分達はネチネチ癒着して伸び伸び暮らしているような環境では、どうしても恨みを忘れる事ができないんです」
「気の毒に…」
「ストレスの元凶から逃げたくても、ストレスの元凶の方が執拗かつ粘着に追いかけてくるんだから、あまりのしつこさに段々と本気で憎悪が湧いて『1匹残らず駆除してやりたい』という気分になるんですよ。
エルフなんて元々この国の者ですら無かった移民の亜人なのに、姑息にも変身術を使って、姑息にも結託して、種族愛・民族愛を発揮して、自分達の邪悪さに罪悪感も持たずに無邪気に幸せを貪ってるのかと思うと…。
本当にやるせなく感じてしまって、アイツらの幸せをこのままこの地で見せつけられるのかと思うと、自殺したくなるか、アイツらをこの国から全員追い出したくなります。
私は多分、『聖域』みたいな所が欲しいんです。アイツらの御都合主義のゴリ押しが通用しない真に公平な価値観で支配された社会空間。
そういう空間の中で、自分自身も公平な存在でありたい。なのにエルフがいると、全てがエルフの御都合主義で歪められ汚染されてしまう。
アイツらは『狩り』だとか言って一方的に戦闘力の低い吸血鬼を殺しながら、報復されれば、吸血鬼側を魔物扱いで憎むでしょう?
人権保護だとか、平等主義とか言いながら、全部が全部、自分達が楽に得して暮らすためのダブルスタンダード。
環境保護だの森林保護だのだって、自分達のツガイの木を護るための方便に過ぎないし、そのせいでどれだけの人達が『木を切ったから』というつまらない理由で処刑された事か。
それなのに、いざ『エルフ狩り』が起これば、それこそ怨念でも生じさせて本気で私を逆恨みしてそうだし、今この瞬間も死に物狂いで私を付け狙っているのだろうし…。
とても正気とは思えないんです。私には、ああいう狂気まみれの鬼畜を社会的に通用させておくと、社会全体が狂気に包まれていくような気がして、本気で気持ち悪くて仕方ないんです。
ああいう生き物がこの国の国土上で息をしてるのが嫌で嫌で堪らないんです」
「…そこまで、なんだ…」
「そこまで、なんです。…こんな風に憎しみと恨みに取り憑かれて生きるのも正直疲れます。
だから学院を卒業したら新大陸へ移住する気だったのに…アイツらのせいで卒業できるかどうかさえ怪しくなってきてる。
こっちは尻尾を巻いて逃げる気満々なんだから、手出しせずにおいてくれても良い筈なんです。
アイツらの側に『私の側の主観』を多少なりとも尊重して、自分達が客観的に見て、どれだけ鬼畜でシツコイのか理解する気があれば、ほんのあと1年間くらい放っておいてくれても良い筈なんです」
「すごい因縁があるんだろうね。…アンタを読心した人達がアンタの内心が『エルフどもをぶっ殺してやる』っていう荒んだものだって言ってるらしいけど、一方でエルフの方を読心しても『コーネリア・スミッソンの血を引く吸血鬼を許せない』っていう逆恨み甚だしい心の声が聞こえるんだってよ」
「そうだったんですね…。前々から不思議に思ってたんですよ。何故、連中に対する憎しみ・恨みを手放す事ができないのかを。
向こうが恨む筋合いもないのに逆恨みしてるのだとしたら、こちらは呪い倒されないために、怒りを掻き立てていなければならないのも道理なんでしょうね」
「アイツらが西部始祖と、その縁者を逆恨みするのは、多分、アンタ達が美人揃いでエルフの理想像そのものだからなんだろうなって気がするよ…」
「ソレ、おかしくないですか?自分の理想像が実際に存在していたら逆恨みして憎んで殺そうとするとか、そういう心理、色々あり得ない気がするんですが」
「私は、アンタの憎しみや負の感情が全てエルフに向いていて『自分は嫌われていない』と確信を持ってるから、アンタの事が嫌いじゃない。
だけど、もしも自分がアンタに嫌われていて、一方で自分はアンタの容姿や才能に密かに憧れていたとしたら…物凄く憎くて憎くて堪らない、という心理に陥る気がする。
『理想像そのもののような相手から嫌われて憎まれている』という心的環境はアンタが思うよりかなりシンドイものだよ。きっと」
「ヘザーさんは、どうしてそう思うんですか?」
「それはライアン様がーーあ、いや、何でもない。…とにかく美人で才能溢れる人材というのは周りの心を酷く掻き乱しながら存在してるって事。
『相手に惹きつけられるのに、相手が自分を嫌ってるのが分かるから、どうしても憎くなる』って心理状態の人達がアチコチに居るって可能性をアンタはもっと自覚しておいた方が良いと思う。
今はまだアンタの容姿には子供っぽい所も残ってるけど、あと2、3年もすれば立派に大人だし、そういった『嫌われる側の憎しみ』に対して、もっと理解して、余り他人を嫌わずに生きられるように自分の心をもう少し広くしていくべきだよ」
「心を広く、ですか…。やっぱり私の心は狭いんですね…」
「そうだね」
「善処します…」
私がそう言うと、ヘザーは肩をすくめて苦笑を返した…。




