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どうやって作ったコネなのか、色々気になるのだが…
アルバート・ファレル。
我らの先生は学院の副学院長とも女王族の学院長とも元から知り合いだった。
(この先生、本当に何者なんだろう?)
と腑に落ちないものを感じるが…
考えても分からない事を延々と考えるのは時間の無駄だ。
(ここは割り切って、話を進める事にしよう)
と、自分の中で迷いを断ち切った。
「王弟の名目上の側妃となる事で相続した財産のうち回収できた5割を国庫へ納める代わりに護ってもらい、尚且つ不正に財産を横取りしたエルフ達を奴隷落ちさせる」
という計画は着々と進んだ。
マーカス王子から
「何故叔父上の側妃なんだ!俺の側妃で良いだろうが!」
と苦情が出たらしいが…
こちらが求めるのは
「名実共に側妃」
という立場ではなく
「名目上の側妃」
という立場なのだ。
変に色気を出してくる相手とは取り引きが成立しない。
王弟はその辺、大人だ。
こちらが求めるものをすんなり理解してくれた。
新大陸へ向かう船を融通してくれる気もあるらしい。
「それくらいオズバート・ガードナーの遺産は莫大なんだよ」
と苦笑する王弟は結構貧乏性でお金が好きな人だった。
というかーー
前世では貧乏暮らしで苦労したという魔術師だった。
(よく「兄から王位を簒奪してやる」とか悪心を起こさずにいられたなぁ)
と少し感心したのだが…
王位を欲しがらない理由はこれまた
「両親が苦労してるのを幼い頃から見てきたから」
と、苦労が嫌いな事にかけて筋金入りの御仁。
ボードゲームがお好きとの事なので、そのお相手をさせていただく事がある。
「古い【世界】を退会して、新しい【世界】へ新規参入する際には必ず『カルマ清算のための生』を最後に経験しなければならないというのは、各【世界】共通だけど、本当にアレはトラウマになると思うんだ。
お陰で前世の記憶を持つ魔術師は【覚醒者】として有益な人材になるよりも、前世での抑圧の反動みたいに過剰に自己開放的になって邪悪の限りを尽くすような者も出てくる」
書類上の夫となる予定の王弟殿下に言われて
「…国内の魔術師の情報を実は全て把握してたりするんでしょうか?」
と探りを入れてみた。
王家は案外優秀なのかも知れないと思ったのだ。
「国内の魔術師の情報を隠れ魔術師も含めて把握しておく事は必要だろう?君は竜騎士がどうやって輩出されていると思うんだ?
国内の魔術師のうちから『戦闘特化型の魔術師』を早めに見分けて、竜騎士の養子に迎えさせて育てさせるから、竜騎士の養子が竜騎士になるというサラブレッド誕生の連鎖が生じる現実を君はどう思っているんだ?」
「竜騎士って、実はそうやって人工的に生み出されていたんですね?」
「竜騎士は飛竜を召喚する召喚笛を自作するから竜騎士になれるんだ。それには先ずは竜に遭遇して竜を討伐し、その素材で召喚笛を作らなければならない。
しかし大抵の者にとって竜に遭遇する事自体が難しい。それを解決するのは竜騎士の飛竜に命じて竜の棲む場所へ案内させる事なんだ」
「竜を討伐する事自体は難しくないみたいな言い方ですね」
「竜は君達吸血鬼と違って自己再生能力なんて無いから急所に有効打が入れば普通に出血多量で死ぬ。
討伐難易度が高いのは、竜は身体が大きい割に急所が小さい、という点が原因だが、竜は超加速100倍なんてデタラメなチートは持ってない。
エンシェントドラゴンだけは知性を持つと言われているが、それ以外の竜は知性を持たず、ブレスを吐く大きな蜥蜴でしかないよ」
「…そういう話って、竜騎士が語った実感をそのまま話してらっしゃるって事ですか?」
「そうだ。私は戦闘特化じゃないから竜騎士候補になれなかったけれど、普通の魔術師ができる事なら大体できる。
竜騎士の戦闘について行く事はできないけど、使い魔でそれを観察するくらいはできるんだ」
「殿下は隠れ魔術師に弟子入りなさって魔術を学ばれたんですか?」
「…そう言えば、アルバート先生が私の魔術と錬金術の師匠だったのだから、君から見て私は兄弟子になるんじゃないか?」
「…私がアルバート先生から教わったのは吸血鬼に必要な知識だったんで、習った分野が違いますね」
「ああ、そうだった。フェアバンクス家の隠れ魔術師が君の師匠だったか」
「…そういう事までご存知なんですね」
「ジョエル・フェアバンクス。彼の得意な魔術は結界術。結界の強度に加えて、結界に被せる幻影術が如何にも自然で巧みだ。
幻影術を幻影術だと見破るのにさえハードルが高い。他者を欺くのが得意なフェアバンクス家らしい得意分野だ」
「幻影魔術はこの【世界】の魔術師の基本ですから、師匠は最も基本に根差した魔術師だと言えると思います」
「ああ。戦闘特化の魔術師は幻影術が苦手な者が多いから、ああいう人が補ってくれると良さそうだけれど、フェアバンクス家から忠誠心を得るのは難しいだろう」
「…お金が大好きで忠誠心とか無さそうな人達ですけど、普通にスミッソン家には従ってますね」
「スミッソン家は恩を売る形で人を派閥に引き込む籠絡術が得意な家だし、それは王家も見習うべきだと思っている」
「派閥の求心力をエンチャントに頼っているという点では、おそらく他の派閥と違いはないと思いますが」
「エンチャントが効きにくく、解けやすい者達もいる。そういう者達を惹きつけるのは最終的には長期的な恩売りなんだ」
「恩を恩だと感じない人もいるんじゃないでしょうか?」
「ああ、いるだろうな。当然」
「そういう人に対してはどう対処するのが正解だと思いますか?」
「…刑罰の中には『利き手を斬り落として国外追放にする』ようなものがあるのだが、そういう刑罰の意図がそれこそ『恩知らずから凡ゆる恩恵を剥ぎ取る』というものだ。
追放前に利き手を斬り落としておくのは罪人が戦闘員の場合だ。つまりはその者の特技を一つ奪っておくという訳だ。
悪知恵が特技の者から悪知恵を奪うというのには無理があるから、頭脳犯の恩知らずだと処刑するしかないんだが、基本的に『被害者が加害者に報復する』図式以外の罰の根本には『社会的恩恵に対する忘恩罪』があると思って良い。
忘恩の輩には『権力の恩恵無き人生がどんなものなのか』を体験させ、権力の恩恵を受けている第三者達には、罪人のその後の末路が伝わるようにする。
それによって忘恩の罪の何たるかに関する気付きを広げてやるのさ」
「両親を亡くした後、孤児狩りで捕まって、人使いの洗い家で養女という名の無賃労働者として囚われていた時期があるので、『忘恩罪』という罪状は恐ろしく感じます…」
「法適用が悪用される場所では、恩が無い所に恩があるかのように捏造される。逆に恩があるのに恩がないかのように捏造される事もある。
そもそもが忘恩の輩は恩を仇で返す生き物だ。『関わりを持ち、より良く生きられるように配慮してやった』という縁が『虐げ、搾取した』と捻じ曲げられる事もある。
当人が主観の中で『待遇の相場』というものを理解できていないと、大して酷くもない妥当な待遇でも『虐げられ、搾取された』と捻じ曲げる事もあるし、逆に他者を酷い環境で虐げ搾取しておきながら『良くしてやった』などと思い込む事もある。
虚言を吐いているという訳ではなく、本当に当人がそう思っていたりする事もあるんだから…『待遇の相場』を察知・認識する感性自体が壊れている人種というのは信用ならない生き物だと思っている」
「『待遇の相場』ですか…」
「『根本的な部分で狂っている生き物』にまで成り下がってしまえるんだから、人類というものは本当に罪深い…」
「…私が命を狙われている当事者だから思うんでしょうが、エルフって種族がまさに『根本的な部分で狂っている生き物』に思えます…」
「そういう感想はフェアバンクス家の人達も共有してくれてるのだろう。巷では君の事が噂になっている」
「ろくな噂じゃないんでしょうね」
「君は自分で思っているよりも周りから依存されていたらしい。国立総合診療所に君が姿を見せなくなって間もなく『腕の良い治癒師がいなくなった、何事だ』と大衆が騒ぎ出したんだ。
直ぐに『多額の遺産を相続したから働くのがバカらしくなったんだろう』と悪い噂がたったが、次いで『オズバート・ガードナーの遺産をエルフが不正に横取りしていたから、本当の相続人はエルフ達に命を狙われて逃げ隠れする羽目になっている』という噂に塗り替えが起こった。
フェアバンクス家の人脈網は王都ではなかなかのものだから、エルフが広める悪口よりも広く広まっているんだ」
「…フェアバンクス家の人達も関係者の人達も無事で済めば良いけど…。エルフって変身術で姿を変えて、何処にでも紛れ込むし、暗殺者としてのアドバンテージが他の種族より大きいでしょう?」
「その心配は分かるので、我々の方でも動いている。『オズバートの遺産を横取りしたエルフ達が返却を拒んでいて、遺産の回収が進んでいないので、エルフから遺産を回収した者達には回収した遺産の1割を支払う』という情報を冒険者ギルドで公表した。
代理人として私の名を出したので、エルフと癒着のある貴族が次々に苦情を喚き立ててきたが、魔眼持ちの部下に確認させた所、エルフが変身して成りすましているのが大半だったため『本物をどうしたのか』を拷問で追及中だ」
「…変身術を使ってなくても、彼らは死んだ直後の仲間の死体から回収した仲間の魂を人間の中へ入れ込んで、内部からエルフに変えるような事をしてる可能性があります。
北部吸血鬼の中でも、そういう事をやられて『中身エルフ』という状態になってた人がいました」
「そうらしいな…。方法も予想がついているが、倫理観という側面で『何故、そんな事をできてしまうのか』は理解できそうにない」
「私は…エルフという生き物を『人』と見做す事に対して反対の立場です」
「君からすれば当然そうなるだろうな」
「ご理解頂けて有り難いです…」
本当に、心から、そう思った…。




