102
個人識別機能付ギルドカードという魔道具。
オズバート・ガードナーが開発したハイテク魔道具…。
その知的財産権で何十年も莫大な不労収入を得ていたオズバートは自分の財産をエルフ仲間に寄付するような気前良さなど持たない結構な吝嗇家だったらしく、溜め込んだ財産は国を幾つか買えるほどの額に及んでいると言われる。
オズバートの財産は国内の銀行に預金してあるものだけに留まらない。
所有不動産の何処かに埋蔵していたり、海外の商人ギルドの貸金庫に預けていたり、回収しきれていないものが全体の六割にのぼるらしい。
どうやら私は世界一の金持ちになってしまったようだが…
それと同時に
「エルフやそのシンパに生命を狙われる最優先暗殺対象」
にもなってしまったようだった…。
確かに私はオズバートの血縁者ではあるが…
オズバートから見て、私や父は
「そういう間柄の血縁者がいる」
と認識している程度のもので、おそらく向こうは私の顔すら知らない筈。
それなのに遺産を全額遺したという事は…
「こういう事態が起こるのを想定してのものだったんだろうね…」
と判る。
オズバートが私に関して何も知らないくせに私を憎んでいたという可能性は低いが…
コーネリアの愛人の一人だった父ショーンに対して妬みを向けていた可能性は高い。
オズバートが自分のした事を反省もせず、コーネリアと良好な関係だった元愛人のショーンに対して一方的に妬んで一方的に憎んでいたとしても不思議じゃない。
とりあえず、今後の身の振り方に関しては自分1人で決められない。
(アルバート先生に相談してみよう…)
と、ついつい他人を頼ってしまう私なのであった…。
******************
「…それはまた…。何というか…。災難ですね」
と言われて、私も自分の身に降りかかった事態が災難なのだと実感できたが
「ですが、大勢のエルフ達を合法的に奴隷落ちさせる絶好の機会でもありますよね…」
とも思う。
アルバート先生は苦笑して
「ルビーさんのエルフへの憎しみは自分自身に降りかかる危険による恐怖をも上回るものなんでしょうね…」
と宣うた。
そう言われてしまえば
「そうなのかも知れませんね…」
と素直に認めざるを得なかった。
「…何の憎しみもなければ『相続権を主張するのは危険だから相続権放棄してしまおう』と簡単に逃げ出してしまうのでしょうね。
だけど憎しみがあって、アイツらを合法的に奴隷落ちさせられる道があると知っているから『連中を奴隷落ちさせるために相続した財産を全てばら撒いても構わないから、皆様にも協力して欲しい』とか思ってしまうんです…」
「…セルマ・スミスとしてファレル伯爵夫人になるのでも充分、護られると思いますよ?」
「本当にそうでしょうか?北部吸血鬼はこう言っては何ですが、皆意志がバラバラで統一されていない気がします。
モルガン侯爵が指揮をとって北部吸血鬼皆で一丸となってエルフを撃退するように動いてくれれば良いのに、そうはなっていない。
ローガン伯爵家はそもそも自領から出ないとか、明らかに引きこもってますよね?人間側の価値観にも寄り添って生きるみたいな姿勢が全くない。
戦力的にはエルフに対抗できる力が充分過ぎるほど有っても、それが活かされる事が無いままですし、そもそも私を護るために彼らが動いてくれるなどとは期待できないんです」
「…セルマさんはグルゴレットヒル侯爵家嫡男の第二夫人になりたいんですか?おそらく彼は『名目上だけの妻』みたいなものを認めませんよ。
『セルマ・スミスはレジナルド・ウッドリーの書類上の第二夫人になり、ルビー・ヒルは自由に新大陸で暮らす』ような未来の予定は実現せず、貴女は一生グルゴレットヒル侯爵城に閉じ込められて過ごす事になってしまいます」
「…それは嫌ですが。…なら、どうしたら良いんでしょう?」
「…オークニー侯爵に頼るのはどうでしょう?現オークニー侯爵は男色家として有名な方なんです。
女性を性的な対象として見れない人に名目上嫁げば、ルビー・ヒルとして自由に生きられます」
「それはスミス家、スミッソン家を裏切る事になりませんか?」
「…それなら王家に頼りますか?王家はグルゴレットヒル侯爵家が仕えるべきこの国の君主一族です。
『相続した財産の一部を持参金として王家に預ける』と一筆書いてから契約結婚で王弟辺りの側妃になれば、国庫も潤うし、誰を裏切る事にもなりません」
「国王陛下と王弟殿下がアングラで争っていたりとかはしないんでしょうか?実は王家は一枚岩ではなくて更なる陰謀に巻き込まれる、とかいうオチが付いてないか心配です」
「それは無いです。今の時代は王家は皆仲良しです。それこそ三代前のセントクレア公爵が自分自身をオルテガ人の成りすましだと自白した事件が起きた頃から、東部貴族による王家への干渉が弱まったお陰で、王家の方々は君主一族として団結できるようになってきています」
「そうなんですか?…それなのに、遺言書の偽造とかが罷り通ってしまう国なんですね…」
「王家の陰は優秀ですが、情報収集力にも情報分析力にも限界があるのでしょう。魔術師の有効利用は大事ですが、魔術師同士の相性を考慮しないと、部下同士の諍いが絶えなくなってしまい、それが外敵を利する隙になってしまう」
「先生、王城の事情にも詳しいんですね」
「情報収集は魔術師の唯一の楽しみですからね」
「…先生は、私が新大陸へ行きたいって思ってるの知ってたんですね?」
「『新大陸へ行きたい』と思う気持ちは私にも判るんです。いつか貴女と一緒に行きたいと思ってます」
「先生も、新大陸で人生やり直したいとか思ってるんでしょうか?」
「…前世の記憶のある魔術師は人生に期待し過ぎるんでしょうね。それで思い通りにならない人生に疲れて、新天地に希望を見い出そうとしてしまう。…やり直せるなら、やり直したいものですね」
そう答えた先生の顔は色々吹っ切れた人の清々しい表情だった…。




