第八話 屋根を見る人
丘に、影が一つ伸びた。
ミツキは屋根の下で、布袋の中身を整理していた。
ギンから分けてもらった釣り糸と針。使い終えたそれを、丁寧にまとめているところだった。
その手を止めたのは、視線を感じたからだ。
顔を上げると、見知らぬ男性が屋根を見上げていた。
背は高く、体つきはがっしりしている。
道具袋を肩に下げているが、手は出さない。
ただ、黙って見ている。
「……何か」
声をかけると、男性はようやく視線を下ろした。
「いや」
低い声だった。
「見るだけだ」
それきり、また屋根へ目を戻す。
少し、居心地が悪い。
「……何か、おかしいですか」
そう尋ねると、男性はしばらく黙ったまま考えた。
「おかしくはない」
「……なら」
「惜しい」
短い答えだった。
男性は丘の縁まで歩き、角度を変えて屋根を眺める。
「風は、上から来る」
「雨は、横から入る」
それだけ言って、黙る。
「……直した方がいい、ですか」
「自分で決めろ」
即答だった。
突き放すような言い方だが、冷たさは感じなかった。
「直すなら」
男性は一歩だけ近づく。
「葉を増やすんじゃなく、向きを変えろ」
それ以上は言わない。
沈黙が落ちる。
「……あなたは」
名を聞こうとして、ミツキは言葉を止めた。
男性は察したように口を開く。
「カイ」
「大工だ」
それだけだった。
「……ミツキです」
名乗ると、カイは一度だけうなずいた。
「ギンから聞いた」
「籠拾った上に、袖まで直したらしいな」
思わぬところから名前が出て、ミツキは少し驚く。
「……応急処置です」
「十分だ」
カイは道具袋に手をかけるが、開かない。
「でも、今は触るな」
「え?」
「今日は風がない」
「こういう日は、形を決めると失敗する」
理由はそれだけだった。
「じゃあ」
丘を下りかけて、カイは立ち止まる。
「家はな」
振り返らずに言う。
「一人で作るもんじゃない」
「でも、最初は一人でいい」
それだけ残して、去っていった。
ミツキは屋根を見上げる。
確かに、昨日とは違って見えた。
風の通り道、雨の入り方。
――見てもらっただけ。
直してもらったわけじゃない。
手伝ってもらったわけでもない。
それなのに、少しだけ先が見えた。
ギンからもらった糸を布袋に戻し、屋根の下に腰を下ろす。
「……今日は、考える日か」
そう呟いて、空を見上げる。
何も起きない村では、
何もしない時間にも、意味がある。
そして――
人は、少しずつ増えていく。




