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ハートピアスー何も起こらない村に転生しました。ー  作者: ゆうなるな


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第七話 村の頼みごと

朝の空気には、まだ雨上がりの匂いが残っていた。


屋根に乗せた葉はすっかり乾き、昨日より少し落ち着いて見える。

ミツキは丘を下り、村へ向かった。


食べ物を少し分けてもらえたら、という軽い気持ちだった。


村の広場では、いつも通りの朝が流れている。

釣り竿を担いだ人、木箱を直している人、腰を下ろしてぼんやりしている人。


誰も急いでいない。


「おはよう」


畑へ向かうリラが声をかけてきた。


「おはようございます」


「屋根、どう?」


「……雨は入りました」


「それでいいのよ」


そう言って、リラは笑いながら去っていった。


広場を抜けようとしたとき、後ろから軽い声がした。


「お、あんた丘の人だろ?」


振り向くと、小柄な男性が立っていた。

日に焼けた顔に、気の抜けた笑み。手には空の籠。


「ちょうどいいところに来た」


「……私ですか?」


「そうそう。大したことじゃないんだけどさ」


籠を持ち上げ、肩をすくめる。


「川で釣ってたら、うっかり落としちまって」

「昨日の雨で流れが変わってて、思ったより深いんだ」


川の方を指さす。


「釣りは長いんだけどね、こういうドジはたまにやる」

「無理そうならやめりゃいい。見に行くだけでも助かる」


頼む、というより雑談の延長のような言い方だった。


ミツキは少し迷い、うなずく。


「……見るだけなら」


「十分十分」


川は村の外れにあり、水かさはまだ高かった。


覗き込むと、沈んだ籠が見える。


「ほら、あそこ」


「……見えます」


「初見で分かる人、意外と少ないんだ」


ミツキは靴を脱ぎ、川に足を入れた。

冷たさに一瞬息を止め、慎重に進む。


指先が籠に触れる。


「……ありました」


引き上げると、水が音を立てて落ちた。


「おお、やっぱりな」


男性は満足そうにうなずいた。


「川の癖、読むの早いな」

「向いてるよ、あんた」


そのとき、ミツキは彼の袖に目を留めた。


肘のあたりが、ぎざぎざに裂けている。


「……袖、破れてます」


「ああ?」


男性は自分の腕を見て、苦笑した。


「ああ、これか」

「さっき釣り針引っかけてな。気づいたらこのザマだ」


確かに、裂け目の形は針で引っ張られたようだった。


「……少しなら、直せます」


「え?」


ミツキは周囲を見回す。


「釣り道具、貸してもらえますか」


「糸と針なら、いくらでもあるけど……」


「それで大丈夫です」


男性は半信半疑のまま、道具を差し出した。


ミツキは近くの石に腰を下ろし、糸を通す。

動きはぎこちないが、手は迷わなかった。


――昔、触ったことがある。

それだけの記憶。


裂け目を寄せ、簡単に縫い留める。


「応急処置ですけど」


「……おお」


男性は腕を動かし、目を丸くした。


「十分だろ、これ」

「釣りには問題ない」


感心したように何度も袖を見る。


「いやあ、助かったな」

「そういや、名乗ってなかった」


籠を抱え直し、にっと笑う。


「俺はギン」

「川と釣り場をうろついてるだけの男だ」


「……ミツキです」


「ミツキか。覚えた」


そう言って、籠から干した魚を二匹取り出す。


「礼はさせてくれ」

「こういうのは、人に食わせる方がうまい」


差し出され、ミツキは一瞬迷ってから受け取った。


「……ありがとうございます」


「いいっていいって」


ギンは手を振る。


「また川に来るなら声かけな」

「今度は籠も、袖も気をつける」


その言葉に、ミツキは小さく頷いた。


丘へ戻る途中、魚の重みを手に感じる。


――頼まれて、応えた。

――直して、受け取った。


それだけのことなのに、胸の奥が少し温かい。


屋根の下に魚を置き、腰を下ろす。


「……暮らしてるな」


何者でもないまま、

少しずつ、この村の中に馴染んでいく。


何も起きない村で、

今日もまた、小さな出来事が一つ増えた。

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