第六話 初めての雨
雨は、前触れもなく降り始めた。
空が暗くなったと思った次の瞬間、屋根を打つ音が増えていく。
ぽつ、ぽつ、という優しいものではなく、しっかりとした雨だった。
「……来た」
ミツキは、屋根の下でじっと耳を澄ます。
昨日作ったばかりの屋根。
試されるのは、今日が初めてだ。
しばらくは、問題なかった。
木の上を流れる雨音が、外界との境界を作っている。
雨に包まれているはずなのに、不思議と落ち着いた。
――ちゃんと、役に立ってる。
そう思った矢先。
ぽたり。
額に、冷たい感触が落ちた。
「……あ」
次の瞬間、肩にも、膝にも、ぽつぽつと水滴が落ちてくる。
隙間。
思ったより、多い。
慌てて荷物を端に寄せ、濡れにくい場所へ移動する。
完全に雨を防ぐのは、無理そうだった。
それでも、全身がびしょ濡れになるほどではない。
「……まあ」
小さく息を吐く。
前の人生なら、苛立っていた。
「やっぱりダメだった」と、自己評価を下げていた。
でも今は――
「初めてなら、こんなものか」
そう思えた。
毛布を肩にかけ、雨の落ちる場所を避けて座る。
雨音が一定のリズムを刻む。
何もできない。
でも、何かをしなければならないわけでもない。
丘の景色は、雨に煙っていた。
村も、森も、輪郭が柔らかくなる。
その中で、自分だけが小さな屋根の下にいる。
――守られている。
完璧ではないけれど、確かに。
足音が聞こえたのは、雨が少し弱まった頃だった。
「やっぱり、ここだった」
リラの声だ。
彼女は大きな葉を何枚か抱えて、丘を上がってくる。
「雨、入ってるでしょ」
「……はい」
否定しようとも思わなかった。
「想定内よ」
リラは屋根を見上げ、隙間を確認すると、葉を差し込んでいく。
「こういうの、後から直していくものだから」
手際は良くない。
でも、迷いがなかった。
「最初から完璧な家なんて、この村にはないわ」
「……そうなんですね」
「ええ」
葉を一枚置いて、リラは笑う。
「住みながら、家になるの」
その言葉が、胸に残った。
雨はやがて、小降りになり、止んだ。
屋根の下に残る水滴を見上げながら、ミツキは思う。
――失敗しても、終わりじゃない。
――暮らしは、続いていく。
それだけで、十分だった。
夕方、空に薄い虹がかかった。
村の方から、誰かの笑い声が聞こえる。
ミツキは、濡れた地面の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「……悪くない」
初めての雨は、
不完全な屋根と一緒に、
この場所を「住む場所」に変えてくれた。




