第五話 屋根ができる
朝、丘に光が戻ってきた。
昨日と同じ景色。
同じ木組み。
同じ風。
それなのに、ミツキの気持ちは少しだけ違っていた。
「……今日は、やるか」
気合を入れるわけでもなく、淡々とそう呟く。
昨日「何もしなかった」ことが、今日は不思議と足かせにならなかった。
森へ向かい、枝と木材を集める。
昨日より体は軽い。筋肉痛は残っているが、動けないほどではない。
丘に戻り、木を組み、上に重ねていく。
高くしすぎない。
立派にしない。
雨と風を防げれば、それでいい。
途中で何度も手が止まった。
角度がずれ、木が落ちる。
「……まあ、いいか」
言い直さず、そのまま続ける。
前の人生なら、やり直していた。
完璧じゃないものを、そのままにすることが許せなかった。
でも今は違う。
誰に見せるわけでもない。
誰に評価されるわけでもない。
これは、私の家だ。
昼過ぎ、最後の一本を乗せたところで、ミツキは一歩下がった。
屋根、と呼ぶには頼りない。
隙間も多いし、見た目も不揃いだ。
それでも――
「……できた」
声に出した瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
大きな達成感ではない。
拍手も、歓声もない。
ただ、「終わった」という静かな実感。
その場に腰を下ろし、屋根を見上げる。
光が、木の隙間から差し込んでいる。
完全ではないが、ちゃんと影ができていた。
足音がして、振り向く。
「お、できてるじゃない」
リラだった。畑帰りらしく、土のついた靴で丘を上がってくる。
「屋根、ついたのね」
「……はい」
「いいわね」
それだけ言って、リラはうなずいた。
「もっと立派なの作る人もいるけど」
屋根を一度見回し、
「これはこれで、あなたらしい」
その言葉に、ミツキは少し戸惑った。
「……私らしい、ですか」
「ええ」
リラは笑う。
「急いでない感じ」
悪い意味ではなかった。
ミツキはもう一度、屋根を見上げた。
確かに、急いではいない。
でも、止まってもいない。
「雨が降っても」
ミツキはぽつりと言う。
「少しは、しのげますよね」
「しのげるわ」
リラは即答した。
「完璧じゃなくても、暮らしは始まるものよ」
その言葉が、胸に残る。
夕方、ひだまりの丘に影が伸びる。
屋根の下に座ると、風の当たり方が違った。
昨日までとは、確かに違う場所だ。
何かが、少しだけ「前に進んだ」。
それで十分だった。
「……ここが、私の家か」
そう思うと、不思議と落ち着いた。
立派じゃない。
特別でもない。
でも――
今日、確かに一つ、形になった。
何も起きない村で、
ミツキの暮らしが、静かに始まった。




