第三話 ひだまりの丘
村の中央から少し離れると、道は次第に細くなった。
踏み固められた土の両脇には背の低い草が広がり、ところどころに小さな花が咲いている。誰かが手入れしている様子はないのに、荒れている感じもしなかった。
丘の上に出たとき、ミツキは思わず足を止めた。
名前の通り、ひだまりの丘だった。
緩やかな傾斜に、陽の光がまんべんなく降り注いでいる。風は穏やかで、遠くに村の屋根が見えた。音は少ない。聞こえるのは草が揺れる音と、鳥の鳴き声だけだ。
「……ここに、家を建てる」
そう口に出してみても、現実感は薄かった。
地面に荷物を下ろし、周囲を見渡す。
何もない。
本当に、何もない場所だ。
――まず、何からすればいい?
考えようとして、ミツキはふと気づいた。
期限がない。
評価もない。
失敗しても、誰かに叱られることはない。
「……まあ、屋根、かな」
雨をしのげなければ始まらない。
そう結論づけて、森の方へ向かった。
森は村のすぐ近くにあった。暗くもなく、怖さもない。木々の間には自然とできた小道があり、迷う気配はなかった。
倒木や乾いた枝を集め、抱えきれない分は何度か往復した。息は上がるが、不思議と嫌ではない。数字も効率も考えなくていい作業は、久しぶりだった。
丘に戻り、木を地面に並べる。
思った以上に歪んでいる。
水平も取れていない。
「……下手」
誰に言うでもなく呟く。
それでも、直そうという気持ちは自然に湧いた。
怒られるからでも、見られているからでもない。
ただ、「こうしたい」と思ったからだ。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
影が少し長くなった頃、丘の下から声がした。
「おーい」
振り向くと、村で見かけた女性が立っていた。
布袋を抱え、穏やかな笑顔を浮かべている。
「ここだと思って」
「……はい?」
「ひだまりの丘に来たって聞いたの」
聞いた、という言葉に引っかかりを覚えるが、今はどうでもよかった。
「差し入れ」
そう言って、布袋を差し出される。
中には焼きたてらしいパンと、小さな瓶が入っていた。
「蜂蜜。疲れたでしょ?」
断る理由が見つからず、受け取る。
「ありがとうございます……」
「リラよ。畑やってるの」
リラは、組みかけの木組みを見て目を細めた。
「初めて?」
「……はい」
「上出来よ」
即答だった。
「え、でも歪んでて……」
「最初なんて、みんなそんなもの」
そう言って、丘に腰を下ろす。
「ここに来る人、最初はみんな顔が硬いの。あなたも、さっきまでそうだった」
ミツキは無意識に頬に触れた。
「今は?」
「少し、柔らかくなった」
それだけで、胸が軽くなる。
二人でパンを分け合い、しばらく黙って丘を眺めた。会話がなくても、気まずさはない。
「夜は冷えるから」
帰り際、リラはそう言って毛布を一枚置いていった。
「屋根は明日でいいわ。今日は休みなさい」
その言葉に、逆らう気は起きなかった。
夜。
まだ家とは呼べない木組みのそばで、毛布にくるまる。
空は驚くほど星が多い。
――今日は、何もしなかった時間があった。
――でも、無駄だとは思わなかった。
それが、少し怖くて、少し嬉しい。
ミツキは目を閉じる。
この丘で迎える最初の夜は、
不安よりも、静かな安心感に満ちていた。
「明日も、ここで目が覚めますように」
願いというより、確認のようにそう呟き、
ミツキは眠りに落ちた。




