表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハートピアスー何も起こらない村に転生しました。ー  作者: ゆうなるな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/30

第二話 村へようこそ

村へ続く道は、思っていたよりも短かった。


丘を下り、緩やかな坂を歩くだけで、木造の家々がすぐ目の前に広がった。壁はどれも少しずつ形が違い、完璧に揃っているものはない。それなのに、不思議と雑然とした印象はなく、どこか落ち着いて見えた。


人の数は多くない。


通りを歩いているのは数人ほどで、誰も急いでいなかった。誰かとすれ違えば軽く会釈をし、立ち話が始まることもある。仕事の途中で足を止めることを、誰も咎めないようだった。


ミツキは、少し居心地の悪さを覚えながら村の中央へ向かった。


――知らない場所では、まず情報を集める。


それは、前の人生で身についた癖だった。


村の中央には小さな広場があり、石造りの噴水が静かに水音を立てている。その横に、木の掲示板が立っていた。紙が何枚も貼られていて、文字はどれも手書きだ。


「……お願い?」


近づいて読んでみると、書かれている内容はどれも拍子抜けするほど小さなものだった。


――川で釣りの相手をしてほしい

――木材を少し分けてほしい

――倉庫の整理を手伝ってほしい


報酬の欄は空白か、「お礼にパンを焼きます」といった曖昧なものばかりだ。


「クエスト……じゃない、よね」


ミツキがそう呟いたとき、背後から低い声がした。


「クエストってのが何かは知らんが、仕事ならここには書かれんぞ」


振り返ると、背の低い男性が立っていた。

ずんぐりとした体格に、灰色の髭。手には木槌を持っている。


「村の掲示板はな、“頼みごと”を書くところだ」


どこか笑っているような目で、男はミツキを見上げた。


「初めて見る顔だな。名前は?」


一瞬、答えに詰まる。

名乗る理由も、自己紹介の形式も、ここでは分からなかった。


「……朝霧、ミツキです」


「そうか。俺はグラン。村の何でも屋だ」


 それだけ言って、グランは噴水の縁に腰を下ろした。立ち話をする気はないらしい。


「ここに来たってことは、住む気か?」


「え……」


即答できなかった。

住む、という言葉があまりにも重く感じられたからだ。


グランは気にした様子もなく、続ける。


「別に、今決めなくていい。泊まるだけでもいいし、帰るなら止めもしない」


「……帰る、って」


「外の世界にな」


その言い方は、ごく自然だった。

まるで、誰もが一度は外から来るのが当たり前だと知っているような。


「ここでは、何かしなきゃいけないことはありますか?」


思わず、そう聞いていた。


グランは少し考えるように顎髭を触り、それから首を横に振った。


「ないな」


「……仕事は?」


「したけりゃすればいい。したくなきゃしなくていい」


「役割とか……」


「勝手に生まれるもんだ」


ミツキは言葉を失った。


役割は、与えられるもの。

仕事は、こなすもの。

そうやって生きてきた。


「家は?」


今度は、グランのほうから問いかけてきた。


「……ありません」


「なら、空いてる土地がある。ひだまりの丘だ」


あまりにも簡単に、行き先が決まってしまった。


「材料は森にある。手伝いが必要なら声をかけろ。急ぐ必要はない」


そう言って、グランは立ち上がった。


「それだけ?」


「それだけだ」


言い切ってから、少しだけ柔らかい声になる。


「ここじゃ、何者かになる必要はない」


その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。


ミツキは、もう一度村を見渡した。

忙しなく動く人はいない。

誰もが、自分の速度で歩いている。


「……少し、ここにいます」


それは決意というより、確認だった。


グランは小さく頷いた。


「そうか。じゃあ――」


噴水の水音に重なるように、村のどこかで鐘が鳴った。

時間を知らせる音ではない。

ただ、穏やかに一日を区切るための音だ。


「村へようこそ、ミツキ」


その言葉を聞いたとき、

胸の奥で、何かがふっと緩んだ気がした。


急がなくてもいい場所が、

本当に存在するのだと、初めて実感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ