第十一話 屋根の下
雨は、夜に降った。
激しくはなかったが、朝になると土がしっとりと湿っている。
ミツキは家の中で目を覚ました。
正確には、「目を閉じていただけ」の状態から起き上がった。
床はまだ硬く、壁も隙間だらけだ。
それでも、雨は中まで入ってきていない。
「……ちゃんと、屋根だ」
小さく呟く。
屋根の下にいる、という感覚。
それだけで、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
外に出ると、空は明るくなり始めていた。
葉を重ねただけの屋根は不格好だが、役目は果たしている。
――これでいい。
ミツキはそう思った。
完璧じゃない。
でも、ここは自分が作った場所だ。
家の中に戻り、布を広げる。
リラの上着を直した時に残った端切れだ。
針と糸を手に取る。
糸は、ギンから分けてもらった釣り糸。
布には少し不釣り合いだが、強い。
少しだけ縫う。
意味のない縫い目を作っては、ほどく。
それは作業というより、考えるための時間だった。
――転生する前。
毎日、同じ時間に起きて、
同じ仕事をして、
同じように帰って、眠る。
誰かと話しても、話していなくても、
変わらない日々。
嫌ではなかった。
でも、そこに何が残ったのかは思い出せない。
「……今も、似たようなものか」
そう思いかけて、首を振る。
今は、自分の手が動いている。
誰かに言われたわけじゃない。
家も、服も。
全部、自分で決めて、作っている。
家の外で、足音がした。
顔を出すと、リラが立っている。
「おはよう」
「雨、大丈夫だった?」
「はい」
「よかった」
それだけ言って、立ち去ろうとする。
「あの」
ミツキは声をかけた。
「……この家、まだ何もないですけど」
言葉を探す。
「雨は、入らなかったです」
リラは一瞬だけ驚いた顔をして、笑った。
「それなら、立派よ」
その言葉が、不思議と胸に残った。
昼過ぎ、家の前に布包みが置かれているのに気づく。
小さく、丁寧に結ばれていた。
中には、ほつれたシャツ。
誰のものかは、分からない。
ミツキはしばらく、その場で立ち尽くした。
「……頼まれて、ない」
でも、布はそこにある。
家の中へ持ち込み、針を取る。
縫い目は静かで、音もしない。
それでも、時間は確かに流れていく。
夕方、シャツを包み直し、同じ場所に置く。
少しだけ、迷った末に。
夜、家の中で横になる。
屋根の下は、静かだった。
何も起きない村で、
また一日が終わる。
それでも、
何かが、少しずつ集まり始めていた。




