第十話 布を縫う
その布は、少しだけ古かった。
色は褪せ、端はほつれている。
それでも、丁寧に扱われてきたことは分かる布だった。
「これ、直せる?」
リラが差し出したのは、作業用の上着だった。
肘のあたりが擦り切れ、糸が飛び出している。
「……やったことは、あります」
ミツキは布を受け取りながら答えた。
正確には、覚えている範囲で、だ。
転生前の記憶。
いつ、誰に教わったのかは曖昧だが、
針の持ち方と、糸の通し方だけは体が覚えている。
「助かるわ」
「新しいのを仕立てるほどじゃないの」
リラはそう言って、畑へ戻っていった。
屋根の下、陽の当たる場所。
ミツキは腰を下ろし、道具袋を開く。
中には、ギンから分けてもらった釣り糸がある。
太さは不揃いだが、丈夫だ。
「……大丈夫、かな」
独り言のように呟き、針に糸を通す。
指先が、自然に動いた。
布を押さえ、針を入れ、糸を引く。
縫い目は揃っていないが、ほどけない。
少しずつ、布が元の形に戻っていく。
「……悪くない」
自分でも、そう思った。
しばらくして、足音が聞こえる。
「お、何してんだ」
ギンだった。
「服、直してます」
「へえ」
覗き込み、感心したように言う。
「釣り糸、こんな使い方もあるんだな」
「切れねえし、いいじゃねえか」
「……重たいですけど」
「それがいい」
「畑仕事じゃ、すぐ破れるからな」
縫い終わる頃には、布はすっかり落ち着いていた。
夕方、リラが戻ってくる。
「どう?」
差し出すと、袖を通して確かめる。
「……いいじゃない」
「むしろ前より丈夫そう」
「釣り糸なので……」
「あら、じゃあギンの責任ね」
冗談めかした声に、ギンが笑う。
「貸しただけだっての」
その様子を、少し離れた場所からカイが見ていた。
何も言わず、ただ一度だけ、ミツキの手元を見る。
そして、短く言った。
「……それでいい」
何が、とは言わなかった。
その夜、ミツキは布切れを手に取る。
使い古しの端切れ。
誰かが捨てたものだ。
針を入れる。
縫い目は、まだ不揃いだ。
でも、形になる。
――思い出せない技術でも、
――思い出せない理由でも。
手が覚えていることがある。
何も起きない村で、
服を一着、直しただけの日。
それでも、確かに始まりだった。




