第十三話:静かなる軍議と、鋼の選別
朝日がアイゼンガルドの尖塔を照らす頃、結弦たちの拠点である西区の屋敷では、この世界の運命を書き換えるための、最初の「軍議」が執り行われていた。 ダイニングテーブルの上に広げられたのは、ゼノビアが古びた羊皮紙に書き記した、アイゼンガルド周辺の魔力流動図である。
「いい、結弦。この都市は、ただの石造りの塊じゃない。地下に張り巡らされた魔力伝導路が、周辺の歪みを強引に吸い上げて、一箇所に凝縮することで均衡を保っているのよ」
ゼノビアが透き通った指先で、地図上の一点を指した。それは北門からさらに数キロ離れた、深い森の奥にある「廃坑」を示していた。
「この『凝縮点』が飽和しかけている。昨日の魔獣の襲撃は、溢れ出した歪みが形を成したに過ぎないわ。……もし、この根源を叩かない限り、アイゼンガルドは一ヶ月持たずに内側から弾け飛ぶことになる」
結弦は、運ばれてきた温かいハーブティーの湯気越しに、その地図を凝視した。 彼の中の知性が、提示された情報を瞬時に整理していく。魔力の流れ、地形の勾配、そして歪みの密度。 「……要するに、その廃坑にある『膿の塊』を、俺の刀で切り裂いて、空間そのものを再定義すればいいんだな」
「話が早くて助かるわ。でも、ただの力任せじゃダメよ。あなたの『存在』は有限なんだから。……リリア、あんたの出番よ」
隣で結弦の腕にそっと触れていたリリアが、背筋を伸ばして頷いた。
「はい。私の神性を用いて、結弦さんの放つ一撃を、世界の崩壊を止めるための『楔』として固定します。……結弦さんが切り開き、私が繋ぎ止める。二人の呼吸が完全に一致しなければ、一撃の代償はすべて結弦さんの肉体を削り取ることに使われてしまう……」
リリアの瞳には、強い決意と、それを上回るほどの不安が混在していた。 結弦は、彼女の手を優しく握り返した。
「大丈夫だ、リリア。君との呼吸なら、昨日の一戦ですでに掴んでいる。……論理的な確信があるんだ。俺たちは、まだ負けない」
その時、屋敷の重厚な呼び鈴が鳴り響いた。 訪れたのは、騎士隊長ガレスだった。彼は数名の精鋭を伴い、結弦の「領地」の境界で、礼儀正しく、しかし切迫した表情で待っていた。
「佐藤殿。昨日の謝礼、そして今後の協力について、騎士団上層部の内諾を得た。……だが、同時に厄介な報せもある」
ガレスは、結弦を屋敷の玄関前へ連れ出すと、小声で告げた。
「貴殿の魔力なき武勇を、面白く思わない連中がいる。特に、魔法至上主義を掲げる『魔導騎士団』の連中だ。……彼らは、今回の廃坑調査に介入し、貴殿の力を『見定める』と言い出している。最悪の場合、調査中に貴殿の足を引っ張る可能性すらある」
「……見定め、か。暇なんだな、彼らは」
結弦は、呆れたようにため息をついた。 世界が数年で滅びようとしているときに、内輪の面子にこだわるとは。だが、その愚かさもまた、人間が構成する社会の法則なのだと、彼は冷静に受け止めた。
「構わない。俺の目的は、この世界の崩壊を止めることだけだ。……ガレス隊長、準備が整い次第、出発しよう。……俺の『現在地』を、その廃坑に刻みに行く」
結弦は部屋に戻り、壁に立てかけてあった『無銘・現在地』を手に取った。 鞘を払う必要はない。ただ握るだけで、刀は彼の血液の一部であるかのように共鳴し、群青の輝きを増す。
出発の間際、リリアが結弦の外套の襟を整えながら、囁いた。
「結弦さん。……もし、誰かに何かを言われても、聞き流してください。あなたの価値は、私が一番よく知っていますから」
「……わかってるよ、リリア。俺は俺自身の計算に従うだけだ。それに、君が隣にいるなら、他人の認識なんて、誤差のようなものだ」
さわやかな微笑みを残し、結弦はリリアと共に、ガレスの待つ馬車へと乗り込んだ。 屋敷の窓から、ゼノビアがその背中を、どこか祈るような目で見送っていた。
アイゼンガルドの城門を抜け、北の深い森へと向かう一行。 その背後には、彼らを監視するように、青白い魔力を帯びた魔導騎士たちの冷ややかな視線が突き刺さっていた。
結弦の存在を燃料とした、世界攻略の本格的な初陣。 その舞台となる廃坑には、世界の歪みが生み出した、名もなき悪意が渦巻いていた。




