第十一話:一撃の器、その名は……
屋敷の地下から持ち帰った『空間定着石』を、ゼノビアは最上階の研究室にある巨大な錬成陣の中心に据えた。 青白い思念の火花が散り、部屋全体が異界のような熱気に包まれる。
「さあ、始めるわよ、坊や。この石は言わば、空っぽの『器』。そこに何を注ぎ込み、どんな形を与えるかは、あなたの魂が決めることよ」
錬成陣の前に立つ結弦は、静かに目を閉じた。 この世界に馴染み、変質し始めた自分の肉体。その奥底で、今も激しく燃焼し続けている「佐藤結弦」という名の燃料。 あの一撃を放つたびに、それは霧散し、この世界の泥へと変わっていた。ならば、その散らばるはずの自分を、一箇所に繋ぎ止めるための「軸」が必要だ。
(形は……)
脳裏に浮かんだのは、かつて部活で、体育館で、幾度となくその切っ先を見つめた「日本刀」の姿だった。 竹刀ではない。木刀でもない。 一点を貫き、すべてを断ち切るために研ぎ澄まされた、直線と曲線の究極の調和。
(元の世界から俺の存在が消えても、この手の中にだけは、俺が俺であった証拠が残るように)
「――成せ」
結弦が強く念じた瞬間、錬成陣から溢れ出した白銀の光が、一本の細長い形へと収束していった。 空間が悲鳴を上げ、物質と概念が激しく衝突する。 リリアは祈るように胸の前で手を組み、ゼノビアは見たこともない複雑な計算を空中に走らせ、その「誕生」を見届けた。
光が収まったとき、結弦の手の中にあったのは、一振りの美しい刀だった。 刃紋は、夜明け前の空のような群青。 柄を握る感覚は、まるで自分の体の一部であるかのように馴染んでいる。
「……刀、か。まさか異世界の素材を使って、自分の故郷の武器を作り上げるとはね」
ゼノビアが感心したように息を吐く。 結弦は、その刀をゆっくりと鞘から抜いた。 「この刀は、俺の『消失』そのものを刃にする。……一撃を放つ時、削られる存在はこの刀を通り、世界の歪みを切り裂く。……これなら、生身で撃つより数倍は効率がいいはずだ」
「ええ。でも忘れないで。効率が良くなっただけで、削られることには変わりない。……いつかすべてを使い果たせば、あなたはこの刀と一緒に、この世界の法則に溶けて消えるわ」
ゼノビアの警告に、結弦は静かに頷いた。 だが、彼は気づいていなかった。 その刀――後に彼が『無銘・現在地』と名付けることになる一振りが、世界を管理する女神も、稀代の賢者も予想し得なかった、この世界の理を根底から覆す「奇跡」の種だった。
「……綺麗な刀ね、結弦。あなたの瞳と、同じ色がしてる」
リリアが、恐る恐る刀の鞘に触れる。 結弦は刀を納め、爽やかな、けれどどこか寂しげな笑みを浮かべた。
「ああ。これでもう、迷う必要はなくなった。……リリア、ゼノビア。行こう。この刀で、この世界の余命を止めるんだ」
新たな武器を手にし、拠点を整えた三人の前に、次なる運命の風が吹き荒れようとしていた。 アイゼンガルドの鐘の音が、夕闇の中に響き渡る。 それは、新たな「不動の勇者」の誕生を告げる福音か、あるいは滅びへの挽歌か。 佐藤結弦の、真の意味での「異世界生活」が、今ここから加速していく。




