第五楽章 僕たちは全員魔族です
「え? え? え? 私、どうなったの?」
次の日、陽の光りと小鳥のさえずりで目が覚めたビスカリア姫は混乱していた。
なんで自分はベッドで寝ているのか、ここがどこかすらわからない。昨晩のバスタイムの途中から記憶が一切ない。この家にきて過ごした事も幻なのではないかと思えた。
一階のリビングに降りて、すでに起きていた三姉妹とレットから「おはよう」と言われ現実なんだと実感した。
バスタオルのみのまっぱだかなままで寝てしまっていたが、朝起きた時はキレイな下着とパジャマを着た姿であった。下着(未使用)もパジャマもユカリのものだったが、それも魔法でサイズを姫サイズに調整して着させられていた。
もちろん、レットが着させたわけではない。そんな事をしようものなら三姉妹の愛の制裁によって今日彼は朝を迎える事すらできなかったであろう。
レットもいい年の男であるので興味がないはずはない。実は着替えに立候補するつもりであったのだが、三姉妹から、とりわけサクラからのおぞましいオーラが強烈すぎて、冗談でも言葉にする勇気がなかった。
姫がバスルームから二階へ上がる時も、サクラを筆頭にロイヤルガード顔負けな徹底的なガードに守られていたし、姫様が寝ている部屋も、レットが解除できない鍵で厳重にロックされていた。その夜はその後、姫の気配すら感じる事が不可能であった。まあ、そこまでしなくてもレットになにかする度胸があるわけはなかったのだが。
ちなみにサイズを測りサイズ調整して、かつ着替えまでしてあげた三姉妹は、自分達より発育した姫様の肢体や髪をじっくり観察し触りまくり、一種の嫉妬と興奮と感動と、将来の自分への期待と、兄への警戒心といろいろな感情が入り交じりいつもより寝覚めは悪かった。
姫様が着ていた服はユカリが洗濯しており、姫様にはユカリの服を姫サイズに魔法調整して着てもらっていた。ユカリはご機嫌にカワイイカワイイと連発していた。
軽い朝食をすませ、昨日の続きの話しをすることになった。
昨日とは違うハーブ茶をユカリが用意し、昨日と同じくビスカリア姫とヒマワリが並んで座り、テーブルを挟み向かいにレットとサクラとユカリが座っていた。
レットはどこかぎこちない敬語でビスカリア姫に話し始めた。
「ゆっくり休めましたか? 昨日の続きをしましょうか」
「はい。何日かぶりにベットで眠る事ができ、すっかり疲れがとれました。
一般の方の家は初めてだったけれど、皆様このような生活をしているのですか?
あんな立派なバスルームがあるなんて思いませんでした。それにシャ、シャワーって言うの? 便利ですね! 王宮の浴場にもつけたいくらいです」
「ここは普通とは違うから。どこよりも便利な設備が整っているんですよ。まあ、大きさ自体はそれほどではないけれど、四人で暮らすには広すぎるくらい。
一般の家に比べ何倍も快適で清潔なんですよ」
ユカリはあこがれの姫様にぞっこんになったようでしきりに説明に割ってはいった。
この家は外観の見た目よりも中はかなり広く(実はこれも魔法によるものだが)一階は、リビングダイニングキッチン・サンルーム等のパブリックスペースだった。
二階は、プライベートルームでレットの部屋、三人の共同部屋、昨晩、姫が寝た部屋(祖父母の部屋)ともう一部屋と大収納、屋根裏部屋があった。
軽い話題を交わした後、レットが本題を切り出した。
「ではまず。そもそも宰相ヴァフォーケンってどんな人物なのですか?」
「皆さん、【魔王狩り】って言葉をご存じでしょうか」
真剣な面持ちになったビスカリア姫から【魔王狩り】という言葉を聞いた瞬間、ヒマワリを除く他の三人は多少なりとも緊張感のある表情になった。
「続けて」とレットは、少し声のトーンを落として続きを促しビスカは話しを続けた。
「赤い満月の夜から、数年後に魔王が転生し、人類を滅ぼすと言われています。
人類が滅ばない唯一の方法は、魔王の完全覚醒の前に転生した魔王を見つける事。
いにしえの魔人聖戦時に、時の勇者であり今の王家の初代王と魔王が密約を交わしたと言われています。絵本や書物にもなっているから、お分かりかもしれません。
そして、赤い満月の夜が約十年ほど前におとずれました。
当時将軍だったヴァフォーケン卿は、自分の地位向上の為に、ある政策を強行しました。
魔王の可能性ありと疑わしき、人、集団、街や村ごと処罰しはじめたのです。
証拠も不十分なまま、ただの噂ですらその対象にし魔王討伐という大義名分のもと、全く罪のない人たちが次々に処刑されました。
それが【魔王狩り】です。
王である私の父も、魔王の手先とわけのわからない理由で殺害されました。まだその事実はなぜか公表されておりません。彼は現在、闇の組織と手を組み、国を乗っとり、世界征服を企んでいます。彼こそ魔王のような振る舞いを行っております」
レットは見た目、冷静だがどこか内なるものを抑えるかのような口調で問いかけた。
「あなたは、父上、母上の復讐のために、彼の打倒と王位奪還をするつもりなのですか?」
少し憂いのある表情でビスカリア姫は続けた。
「父や母の仇討ちなんて考えはまるでないと言えばウソになりますが、それは些細な事にしなければいけません。復讐心は目を曇らせます。思考を停止させます。人を不幸へ導く悪しき道しるべになります。復讐心だけでは結局国民を不幸にさせてしまいます。
私は、ただ彼を止めたい。父と母が愛し、育ててくれたこの国とここに住む人達を守りたい。あなた方のように、おだやかな生活を送る人たちの日常を守りたい。
ただそれだけなのです。でも私には力はない。知識もない。どうすればよいのかもわからない。だから、だから、無力な私にどうかお力をお貸しください! 助けてください!
お、お、お願いいたします……」
いつしかビスカリア姫は涙ながらに訴えていた。彼女は王族でありながら身分に関係なく頭を下げるべき時には下げる事ができ、お願いする事ができる人だった。
復讐心なり恨みがないわけはないのに、その感情を心の中に抑えてここまで言葉にできるなんてすごい。自分には無理だったな。これが王女の資質? それとも彼女の性格がなせるものか? とレットは過去の自分と重ねて、顔には出さなかったが賞賛していた。
三姉妹は、ビスカリア姫の涙につられて泣いていた。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ。私達がついているから。私たちが味方だよ」
「姫さま、私達が支えるから。一人じゃないですからね」
サクラとユカリが励ます。
「お〜よし、よし、だいじょぶ~だいじょぶ~」
ヒマワリがビスカリア姫の頭をなでなでする。
そんな暖かい言葉にビスカリア姫は余計に涙が止まらなかった。
レットは優しい声で彼女に告げた。
「あなたの気持ちはよくわかりましたし、あなたを助ける理由を聞くこともできました。
今度は僕らの話しを聞いていただいてもよろしいですか?」
ユカリからハンカチを渡され涙をふきながら、はい、お願いしますとビスカリア姫から返事を聞けたので、レットは続けて語り出した。
「まず……僕たちは、全員魔族です」
ビスカリア姫は、え! と聞いた瞬間驚いたものの、何かこの兄妹は普通とは違うと感じていたため衝撃はそれほどなかった。




