第四楽章 お姉ちゃん、おいしいね!
その後重すぎる話題は一時休止し、三姉妹と姫でガールズトークが展開された。お姫様の日常なんて乙女の大好物、スイーツ山盛りのような状態だ。一国のお姫様と話せる機会なんて庶民には普通ありえない。ここぞとばかりに三姉妹は遠慮なく質問攻めにした。
これは実はレットが仕組んだ事だった。三姉妹による【姫様籠絡作戦=ミッションメロメロプリンセス】(通称メロプリ)だった。ようは仲良くなりもっと話しやすくしようという事だ。
その間レットは席を外して、別の部屋でなにやらコソコソやっていたようだ。話しの続きは夕食後にする事になった。
朝食、昼食はほぼユカリが自主的に創っていたが、夕食は基本三姉妹一緒に作る日とレットが作る日が決められていた。実際は三姉妹が作る日もユカリがほとんど作り、サクラとヒマワリは手伝う程度だったのだが。今日の料理当番は三姉妹が創る日だった。
「ちょっと早いですが、姫様もお腹をすかしているでしょ? 夕食の支度をしましょう」
「ぐぅうぅうぅ」
声より先にお腹が返事した。逃亡の必死さで忘れていたビスカリア姫の食欲が目覚めた。
そういえばかくまってくれた夫妻からごちそうになったきり食べてはいない。
ここに来てからも気持ちがいっぱいいっぱいで、だされたお菓子も食べずにハーブ茶しか飲んでいない。
若干でも緊張感の薄らいだ今、お腹がファンファーレを鳴らすのは当たり前だった。
(は、は、はずかしいぃぃい)
「姫様も僕達と同じようにお腹すくんだと安心しましたよ」
レットが茶化したが、姫は真っ赤な顔を下に向けたままだった。
「おい、アニキ、お前のデリカシーはどこいった~! 姫様に失礼だ~!
よし、即死刑!」
言葉の途中で、サクラの右パンチがレットの左頬にヒットした。今日だけで何発目だ?
「サクラちゃ〜ん、気が済んだら、手伝ってね!」
「ほ〜い。アニキがちょっかい出さなければすぐ手伝いいく〜」
やり合う事に対してはいつも自分の事を棚にあげ、兄が原因という事にしていた。
ユカリは二人のやり取りを軽くスルーして料理の準備は始めた。
「私もなにかお手伝いします」
「いえいえ、姫様はお客様なので座っていてください」
「そんな事をおっしゃらないで。むしろお手伝いしたいのです。させてください」
「まあ、今日はおつかれでしょうから、ゆっくりしてください、ね!」
ガンとして手伝いをさせようとしないユカリに根負けして、しぶしぶ席に座って待っていた。
ビスカリア姫は第三王女ゆえか姉二人に比べのびのび育てられ、いい意味で庶民的でお姫様お姫様していなかった。これもワイスの影響が大きかったのだが。
王宮でも隠れて調理場に入り料理を作ったり、お忍びで街にもよく繰り出していたのでいつも側近は冷や冷やだった。
調理場でにぎやかな調理の音を楽しげな歌がコダマしているのを聞き、うずうずが止まらず結局、調理場に向かった。誰かと一緒に楽しく料理を創る事は彼女がいつかやりたい事の一つだったのだ。
「やっぱりお手伝いさせてください!」
年下三人に敬語でお願いしつつ、一般的な庶民の家より幾分大きめの調理室に飛び込んだ。そこで驚くべき光景が彼女の目に入った。
「おキクちゃん! おキクちゃん! 今日もかわいい♪ よろしくね♪
キャ・レット兄♪ キャベッシー〜、八つ裂きにしましょ♪
あなたの美貌できりきりまい〜♪
きのっぴこ〜♪ はずかしがらずに〜♪
さあ、みんな! 一緒にお風呂へ入りましょう♪」
ユカリは少し離れた所で若干恐い内容の歌を歌いながらまるでオーケストラの指揮者のように手振りをしていた。
それにあわせてリズミカルに空中に、包丁や調味料、野菜、肉が舞、次々切られ、終わったものから、生きているかの如く自ら鍋やフライパンに投入されていく。
その鍋とフライパンに対して、サクラの手から炎がでていたように見えた。
ただヒマワリだけは極普通に調理器具を洗ったり、具材や食器を持ってきたりしていた。
「こ、これはなに? なに? なんなの?」
見た事もない光景に心奪われる。
「あ、姫様、もうちょっと待っていてくださいね。もうすぐ終わりますから」
ユカリはこれが普通といわんばかりの調子で答える。
「は、はい、わ、わかりました。でも、見学させていただいてよろしいですか?」
ビスカリア姫は自分がやることはないというより、この光景をただ見ていたいと思った。
「もちろんです。別に大した事やっているわけではありませんよ。
普通の調理ですが王宮に住む姫様には珍しいのかしら」
ユカリが優しく、でも的外れに答える。普通の調理風景ではないが、この家では至って普通の光景だ。ビスカリア姫は調理が終わるまでずっと見入っていた。
三姉妹がやっていた事は「魔法の一種」だが、この世界では普通の人は魔法を全く使えない。もちろんビスカリア姫も始めて見る光景で絵本の物語の中だけの事だと思っていた。
ビスカリア姫の先生であり、レットの師匠でもある宮廷魔導師も人目では元来魔法は使わない。姫に対してはあくまで一般教養や道徳を教える【先生】でしかない。
この世界では魔法を使える者はほんのわずかであり、普通に暮らしている分にはお目にかかることもほぼない。魔法が存在していると認識している人もほとんどいなかった。
魅入っていたビスカリア姫は、後ろから自分の肩に手を乗せられ、びっくりして思わず、きゃあ! と大音量で叫んで尻餅をついた。
ここ数日の逃走劇により神経が敏感になりすぎていたため過剰に反応してしまった。
手を乗せた方は、彼女が調理風景を見て驚いて尻餅をついたと思ったようだ。
「びっくりしましたか? これこそ僕達が姫様を助けられる理由のひとつであり、結界をはらなければいけない理由のひとつでもあるんです」
尻餅をついた姫に手を差し伸べ、起こしてあげながらレットは言った。
「そろそろできそうだ。まずはわが妹達自慢の夕食をごちそうになりますか。
さあ、一緒に料理を出すのを手伝いましょう。あ……」
姫様に料理や食器を出す手伝いをさせるのは、これまた極刑ものかなと気付いた。
「今日の夕食は、野菜たっぷりミソスープとイノラッシュのステーキよ。デザートは特製ササダンゴーよ。姫様はいつももっと豪華なものお召しでしょうからお口に合うかしら」
ユカリが料理の配膳をしながら姫に気をつかった言葉を述べた。他の二人とは違いよくできすぎる十三歳だ。
配膳時は魔法を使わず、自ら配膳台にのせてリビングのテーブルにもってきていた。
「そんな事言わないでください。一生懸命つくってくださったものが美味しくないわけはありません。味に関しては合わせますから!」
気を使っているようで、実は失礼な言い方の姫の言葉に笑いが起こった。当の本人はなんで笑われているのかわからなかった。
四兄妹は平手同士を合わせ、目をつむった。ユカリがいささか長い祈りを捧げた。
「太陽と月と星々と、空と大地と、森と湖と、花とハーブと、私達を助けてくれる全てのものとカワイイものと、そしてビスカリア姫に感謝を捧げて……」
今日はユカリの番だがこの祈りの長さに決まりはなく、その人の気分によって変わる。
サクラの場合は「花と月と風とこの世の全てに感謝を捧げて……」という。
ヒマワリの場合はもっと短く「みんなありがとう……」だけだった。
祈りの後はみんなで「いただきます!」と声を揃えて言った。ビスカリア姫は終始様子をうかがいながら見よう見まねで合わせた。この風習はこの国のものではなく、この家(というか住んでいた村)の独自のものだ。
テーブルの料理の中にラヴィ料理はなかった。実は今日サクラがつかまえた小ラヴィは料理用ではない【例外のひとつ】だった。(ラヴィという生き物自体は食用だが)
本日のターゲットは小ラヴィではなく、それを狙うイノシシによく似た【イノラッシュ】だった。森を荒らす乱暴者で小ラヴィが襲われる寸前で保護したのだ。
普段なら小ラヴィは逃がすのだが、その小ラヴィは逃げるそぶりも見せず、サクラをその愛くるしいおめめで見続けたので情が移りそのまま家で飼う事にした。
ウサギ小屋ならぬラヴィ小屋には実は同じ理由で、すでに四匹いてこれで五匹目だった。
ビスカリア姫はなにからなにまで新鮮だった。今まで味わった事のない料理の味付けは不思議な感じだったが美味しかった。
普段の食事は、家族一人一人の席が遠く離れ会話のほどんどない静かな食事だった。
同時にそのような会話の少なかった家族の食卓すらも今はもうないという現実に、一抹の寂しさとつらさを感じていた。
「こんな食事を王宮でもやってみたかったなぁ」
聞こえるか聞こえないか程度の小声でつぶやいた。他の四人にはしっかり聞こえていたけれどあえて触れなかった。
「お姉ちゃん、おいしいね!」
ヒマワリは空気を読んでか、純粋な感想か、ビスカリア姫にそう言った。
食後のティータイムに本題にはいる予定だったが、ビスカリア姫が安心したのか今までの疲れがどっとでているようで無理と判断し明日に続きの話しをすることにした。
三姉妹は姫に懐いたらしく、浴室に一緒に入ろうとしたがレットに諭され、今日は姫一人で入る事になり数日の体の汚れと心身のリフレッシュに努めた。
この家には、他の一般の家にはない浴槽とシャワーがあるのだが、これも魔法により管理されている。お湯自体にも、ハーブ成分が含まれ、疲労回復、ケガや病気の治癒、精神安定効果が施されていたため、小一時間程度、ビスカリア姫は浴槽の中で眠ってしまった。
なかなかでてこないビスカリア姫はユカリによって起こされてユカリとサクラの手をかり、ぼうっとしながら階段をのぼり、案内された二階の空き部屋についた途端、爆睡した。
十六歳の少女にとって、この数日間は試練と呼ぶにはあまりにも酷な日々であった。




