第三十五楽章 またな! 父さん
それから数日後……。
どちらが上か下、暗闇なのか明るい空間なのか、温かいのか寒いのか、時間の流れが速いのか遅いのか、全てが不明瞭な不思議な感覚の場所……次元の狭間。この空間は無なのだが、どこからか迷い込んだのか、いたる所で様々な物が不規則に漂っていた。
その中にひとつの光の玉がゆっくり移動していた。その中に青年があぐらをかいて座っていた。面倒くさそうな仕草を隠そうともせず、上下左右、忙しく目線を移動していた。
彼は何者かに次元の狭間に追いやられたのではない。自らこの場所へやってきたのだ。ある目的の為に。
「なんだ? ありゃ? こんなものまであるのか?」
彼の目に一軒の小さな家が映った。最初家まるごと時空の狭間に迷いこんだのか?
と思ったがそうではなかった。
ぎぃぎぃぃと鈍い音と共に、その家の中心にある玄関扉が開いた。まるで彼を誘うようだった。
「う〜ん。どう見ても罠にしか見えん」
彼は疑いつつ、だが入る以外の選択肢もなく意を決して玄関に入っていった。
「トントントン、失礼しま〜す。どなたかいますか〜、っておい!」
彼の目の前のリビングには、見に覚えのある一人の初老の男が、椅子に揺られながら本を読んでいた。
「な、な、なにしているんだ? あなたは」
初老の男は、眼鏡と本をテーブルにおき、彼の方を向いた。
「なんだ騒がしい。意外と早くきたな。小僧……いや、レットよ。元気そうだな。
今日は、ビスカリア王女は一緒ではないのだな」
「こんなやばい奴のところへ連れてこられるわけないだろうが」
実際はだまって一人で行こうとしたがバレて一緒に行く行かないでかなり揉めたが、まずはレットだけで視察するという事で話は収まった。
「てか、なんなんだ? この家は? こんな所にこんな場所があるわけはない」
「なにを言っている。私は当分ここで生きていくんだ。自分が暮らしやすい環境にするに決まっておろうが。幸いにもここには迷い込んだ物資が豊富に浮かんでおる。それらを利用すれば家を作る事も食事を作る事も造作もないこと」
「この人も規格外かよ。時空の狭間が永遠の牢獄なんて誰が言ったんだよ。全く。むしろリゾート地の別荘感覚じゃないか。
それにしてもヴァフォーケン卿、やっぱり生きていたんですね」
「なんだ、その丁寧な言葉使いは。気持ち悪いぞ」
初老の男は言うまでもなく反逆者、元宰相ヴァフォーケン。だがあの時の姿はもうなかった。同一人物のはずだが、文字通り【つきもの】がとれたような穏やかな表情だった。もう別人でしかなかった。
「もう勝負はきまりました。あとはノーサイド。そうなれば、目上の人にはそれなりの対応はしないと」
「お前にもそのような常識があったとはな。私もこれからはレット殿、いやレット様と言わないとだな。わっははは」
「辞めてください。それこそ気持ち悪い。今まで通り小僧とかお前でいい。こっちもあなたには無理に敬語で話す必要はなさそうだから普通に話すよ」
「ああ。してこんなへんぴな所になにようだ? 私の生死を確認にきたのか。改めて処刑にきたのか?」
「そう構えなくていいよ。今日は御礼にきたんだ」
「礼とはなんだ? 私は恨まれる事があっても感謝される事はないはずだ」
「あなたがもう俺達の敵でないことはわかっているよ。ツンデレはバレバレだ」
「なぜそう言い切れるのだ?」
「冷静に今までの物事を分析すれば簡単な事さ。
ビスカを助けてくれたんだろ。ビスカが勝てるように手を抜いてくれた……というより本当の力を抑えてくれた。
それに俺はビスカの武器には魔を取り除く魔法をかけていた。俺の予定では彼女が斬った時、あなたに取り憑いていた「悪しきナニカ」だけが時空の狭間に行く予定だった。だがあなたの肉体も飛んでいった。
それはその「ナニカ」がビスカも巻き添えにして時空の狭間につれていったからだ。あなたも一緒についていってくれたんだ。
その空間でビスカの居場所がわかったのも現世界へ戻してくれたのもあなたの魔力の助力があったからだ。普通なら未知すぎる、こんな異空間からあんなに短時間で脱出できるのは不可能だ。
それにあの時あなたも一緒に戻れたはずだ。だがあなたはそうしなかった。その「ナニカ」をこの場所から逃がさないため。まあ、全部俺の勝手な推論だけどな」
「ほほう。取り憑いている「悪しきナニカ」か。お前もあの男の弟子なのだな。いいところをついている。残念だが半分正解だ。私を過剰評価している」
レットがビスカによく使うセリフを自分に返されたようで若干不機嫌になった。
その事について聞くのが本来の目的であったのでぐっとこらえて聞き返した。
「では、あとの半分の正解を聞かせて欲しい」
「まあ、そうあせるな。時間はたっぷりある。この世界は時間の概念すらないがな。
その椅子に座ってハーブティーでも飲んでいけ。心配するな。毒なぞ入ってないから。
じじぃの長ったらしい話しを聞くのも若者の仕事であり修行だ」
「じじぃの話しを聞くのは昔から慣れている。だから隠さずとことんまで教えてくれよ」
レットが椅子に座ると目の前にいつの間にかティーセットが用意されていた。
二人は無言でハーブティーを数口すすったのち、ヴァフォーケンは静かにゆっくり話し始めた。
「お前の前で言った事は全て本当の事だ。
私の両親は村の者達に見捨てられて死んでしまった。魔法を使っていれば助けられたのに村の掟が邪魔をした。それが許せず村を飛び出した。それが十三の時。
だが十三のなにもないガキにはこの世界は厳しすぎた。身分の差、学のなさ。経験のなさ。人脈のなさ。生きて行く事が精一杯で、なにをやろうにも上手くいかず絶望した時もあった。だがそれでも必死に生きていた。
それから数年が経ったある日、ある噂を聞いた。
それが古の大魔導師、お前がいう「悪しきナニカ」の噂だ。肉体はもうすでにないのに
奴は今なお思念体として生き続けているという。その噂は本当だった。
私は奴と悪魔の契約を結んだ。私の体を差し出す変わりにその力を使わせてくれと。
奴にとっては渡りに船。私の体も精神も乗っ取って現世に復活するつもりだった。
だがそれも私の計画だった。私は奴の精神を消し去り知識と力のみを奪おうとした。
私の体の中で奴と私は戦い続けた。
永遠に続くかと思われた苦しい戦いも一ヶ月を過ぎる頃に決着した。
私が奴の思念を封じ込める事に成功し大魔道士の力だけを奪う事ができた……はずだった。だが、奴はしぶとかった。消える寸前に私に呪いを施した。
私の欲望の部分を増大させ暴走させるという呪いを。
私の精神は不安定になった。感情をうまく抑える事が困難になった。
そのせいかどうか奴の思想が私にも深く影響を及ぼした。
ある意味、継承されたと言っていい。
だからお前が想像していた「悪しきナニカ」に私が乗っ取られていた状況でない。
奴はきっかけでしかなく私の行動も言葉も全てが私の本質で全てが私自身だ……」
ヴァフォーケンはハーブティーを一口飲んだのち、話しを続けた。
「お前がここへ生死を確認に来る事もトドメを刺しにくるのも想定していた。その時は甘んじて受けるつもりだった。お前にはその資格があるからな」
「ああ、あなたを確かめるまではその可能性もあった。けれどそんな気持ちは吹っ飛んだ。俺の復讐心よりも知的探究心の方が勝ってしまったからな。これからの俺たちにはその方が価値がある。あなたが少しでも罪を償いたいと思うのなら俺の質問に答えてほしい」
「私には隠す理由はもうなにもない。なんでも話そう」
「では。あなたに呪いをかけたその古の魔道士って、ひょっとして魔王本人なのか?」
「残念、不正解だ。奴は単なる一魔道士でしかない。だが奴は自分こそ魔王の意志を継ぐ者、次期魔王になるべく思念体になってでも生きてきた。その強い想いが叶う日を願い、奴は長い時間をかけて組織を創った。それが……」
「……魔王教と教団【魔族の後継者】」
「お前は勘がいいな。そうだ。その通りだ。私が奴らを抑えていたからこそ派手な行動をしていなかった。だが私がいなくなった今いつ活性化するかわからないぞ」
「やっぱりな」
「やっぱりなとはなんだ」
「あなたがクーデターを起こした理由さ。クーデターの起こし方やその後の行動の違和感がぬぐえなかった。今それを聞いて確信したよ」
「ほう。面白い。聞かせてみよ」
ヴァフォーケンもこういう討論が大好きな類いの人間なのだろう。
「普通、闇の勢力が台頭する時、表だって強大な力を誇示し支配を企むか、裏で誰にも知られる事なく静かに実行支配するかだ。【魔族の後継者】はたぶん後者だ。そして闇の支配が達成寸前、もしくはメドがたっていた」
ヴァフォーケンは正解とも不正解とも言わず、ハーブティーをすすりながら静かに聞いていたため、レットは持論を続けた。
「だからあなたはそれを阻止するためにあえていきなりクーデターを起こした。できるだけ損害がないように」
「急なクーデターがなぜ阻止につながるのだ?」
「まさか組織の奴らはいきなり行動に移すとは思わなかっただろう。
あなた以外の奴らが連携していなかったのが証拠だ。
準備不足は計画の失敗だけですまない。ボロがボロを呼び、あっという間に組織が瓦解しかねない致命傷にすらなり得る。現に王国内に巣くう関係者達もあぶりだせた。
そんな状態なら止められる誰がいるはずだと思ったはず。まあ対象はシルフィーネ王女だったんだろうけどな」
「自分だとは言わないのだな」
「俺はそんなに自分を過大評価していない。
有能な人達を助ける位の力はつけてきたつもりだけどな。
まあ、あなたがこうして話してくれるって事は少しは評価してくれと思いたいけど」
「私はあの時いっただろ。お前を高く評価しているって」
「あれは俺を騙すためだったんだろ? 真に受けるものか」
「お前は調子に乗りやすいタイプのようだから、そういう事にしておいてやろう」
「いやいやもっと褒めてもいいんだが。人は褒めて伸びるんだから」
「ああその通りだ。人は褒めて伸びる。
だが甘やかして必要以上に褒める事しかしないとそいつは弱い人間になってしまうものだ。厳しさが必要な場合だってある。
だからこそ私はお前に困難を与える存在であろうと思う」
(別にあなたに成長させてもらおうと思ってないんだけどな)
「え、なにか言ったか? まあいい。ついでにいうと、私は我が国に困難を与える存在になってこの国を強くしたいと思っていたのは本当だ。
優しい王国の部分は、王女達が創るだろうからな」
「だからか。【魔族の後継者】いや、その他もかな、王国の闇の部分は自分がコントロールできるような立場を確立したのか」
「当たらずとも遠からずだな。
その者達を従える事ができたとしても、それで全て解決できるものではない。
その者達もあくまで利用されている小物達だからだ。私も含めてな。
その影に隠れてこの世界を操っている存在がいる」
驚くべき新事実なはずだがレットは知っていたとばかりに冷静に答えた。
「そりゃあたり前だな。本当の権力者は影で暗躍するものだろ。表に名がでてきたら、そいつらのその裏に更にもっと悪い奴がいるに決まっている。例えばうちの師匠みたいに」
さりげなく自分の師匠を悪者扱いした。
「ほほう。なるほど。その説は正しいな。お前の師匠はともかく、そのもっと悪い奴を知りたくはないのか?」
「その言い方。その存在を教えてほしいって言ってもどうせ教えてくれないだろ?
自分で答えを導きだせっていうタイプだろ。だから今はまだ聞かない」
ヴァフォーケンはふっと笑みを浮かべた。まるで先生が生徒の答えに満足しているかのようだった。
「だがそこまで知ってるなら、やはりあなたは王国を守るために戻るべきだ。
なんなら俺が間に入ってもいい。
シルフィーネ女王もビスカもそんなに器は小さくはない。あなたが協力するなら喜んで迎えいれるだろうよ」
「なにを言っている。私は反逆者でもう死んだとされる身だ。おいそれと戻れるものか。
それに私の体には未だ奴の思念や思想が残っていて暴走する可能性もある。
もしかしたら奴は消えたふりをして私の中で復活の時を伺っている可能性すらある。
うかつに現世に戻る事ができるわけはない。
なにより私がやってきた非道の数々はまぎれもない事実だ。犠牲になった人達は数えきれない。償いの意味も込めて余生はここで奴(の思念や思想)と一緒にいるつもりだ」
「でも……」
「でもではない。老兵は消え去るのみ。私がいなくてもお前や新女王、王女なら大丈夫だ。なにせ私に勝ったのだからな。わははは」
「素晴らしい未来よりあえて若者に困難な状況を残すのかよ。師匠にしろ、あなたにしろ」
「他人に与えられた未来なぞ何が素晴らしいものか。自分達で困難を乗り越え未来を掴むことこそ素晴らしい。人を育成するのは楽しいものだな。わっはっは」
「ったく人事だと思って。なら育成ついでに魔王狩りの真実も教えてくれよ」
「魔王狩り? ああ、あの事か。お前はわがままだな。少しは自分で考えてみるのだ。今までの会話と事象を整合すれば答えは導き出せるはずだ」
簡単に教えてくれるとは思ってなかったが、この人もやっぱり全部説明するタイプではなくヒントを小出しにして考えさせ、正解に導くタイプか。自分と同じタイプでなにか嫌な気分になった。
「俺の推測だと魔王狩りの真の目的は戦力になる才能のある子供を探し拉致する事。その中から魔王の依り代となる子供を選別する事。それに加えて敵対勢力になるかもしれない魔族の末裔の大人達を抹殺する事」
ヴァフォーケンはここでもまるで先生かのように、どこが楽しげに生徒レットの説を聞いているようだった。
「だからこそ俺達の村を襲った……」
「ほぼその通りだ」
「そしてあなたは俺と妹達を逃がした。あの時言った、復讐心にかられた俺たちの心をつぶすためじゃなく本当の意味で逃した。あなたが母さんを殺したように見せてな」
「ははは、そこまで真実を導きだしていたのか」
「そこまでは導きだせたけれど、それがなぜなのかまではわからなかった」
「あの時、私の悪しき欲望も組織の暴走も自分では止める事ができない状態だった。
だからこそ私を止めてくれる可能性を残した。
ほんの少しだけ残された良心をフル稼働させてな。
お前に偽の記憶を植え付けたのは私への憎悪を忘れさせないためだ」
「あの状態でどうやって偽の記憶を? 洗脳魔法でも無理なはず」
「あんなもの、魔法を使うまでもない。私が演技しただけだ」
「え!」
「私がその場にいた時にはすでにお前の母は命を落とす寸前だった。
お前が見ているのもわかった。だからさも私が殺したように見せかけた。
あの時の私はああする事が精一杯だった。
あの方法がよかったのかどうか分からないがな」
「けれど、それは成功しただろ? 今こうなっているのだから」
「ああそうだな。だからこそ感謝を言わせもらう。ありがとう。私も救われた」
「な、な、な、なに言っている。そんなのあなたのガラじゃない。気持ち悪いぞ」
その言葉とは裏腹にレットもなにかうれしかった。なにか報われたようだった。
「最後の質問。師匠が作ったこの一連のシナリオ。まさかあなたも共犯か?」
「なにを言いだすかと思ったら。そんなわけはないではないか。
あいつを最も評価しているのは私だが最も嫌いなのも私だ。協力するわけなかろう。
ただあいつとの勝負に負けただけだ」
「その言い方、知っていてあえて乗っていただけじゃないか」
「ははは、それはどうかな。お前の想像に任せよう」
「はあはは、そうですか。そうですか。
ま、知りたい事もわかったし、ここのくそまずいハーブティーも一杯で充分だ。
家でうまいハーブティーが飲みたくなったからそろそろ帰るわ。
またな! 父さん」
真実を突きつけ、したり顔で帰ろうとしていたレットだったのだが……。
「お前という奴は。せっかく褒めていたのにやはりアホじゃないか。
よく考えろ。私がお前の父親なわけがなかろうが」
「え、こういう物語の流れだと父子じゃないとおかしくね?」
「やれやれ。物語の流れだとベタすぎるだろうが。興ざめするわ。お前は何歳だ」
「二十二」
「私は五十すぎだ。村を出たのが十三。どうやってお前の父になるのだ」
「えええ、違うの?!」
状況を鑑みつつ、性格や思考の近さも考慮し、自分が赤子の時に亡くなったとされていた父ではないのかと結論づけたがレットの勘違いだった。
だが当たらずとも遠からず、二人は叔父と甥の関係だった。レットの母はヴァフォーケンの妹だった。あえてその事実をヴァフォーケンは明かさなかった。
そしてレットはもう一人、身近な人物が父の可能性も考えたが、もし本当にそうなら自分の精神が崩壊してしまうので、そちらのほうはあえてナイ事にした。
「ま……そ、それはともかく、あなたも寂しいだろうしヒマだろうし、また話し聞きにくるわ」
「なにを言っている。私は別にお前に話しをする理由はない。
お前が私に話しを聞いて欲しいんだろうが……」
師匠ワイスにしろ、宿敵ヴァフォーケンにしろ、まだまだレットにとって高い壁であり続けるようだ。




