第三十四楽章 僕は【暗躍する影の支配者】ですからね
……ある森の中の湖畔に佇む小さなコテージのテラス。
初老の男が、空中に浮かぶ摩訶不思議な映像を眺めながらハーブティーを口に運んだ。
「いかがでしょうか? 陛下」
いつの間にか現れた銀髪の男が、初老の男の後ろから声を描けた。
見た目は二十代後半から三十代に見えるが、実際の年齢はどうだろうか。
「おおお、お前か、ワイス。まあ、一緒に茶でも飲もう。さあ座って座って」
王と呼ばれた初老の男は部屋に入りワイスと言われた男のためにお茶の準備をしていた。
この二人こそ前王グラディオールと、宮廷魔導師かつレットの師匠であるワイスだった。
レットがワイスを【じじぃ】といっていたが、どう考えても若すぎる容姿だった。レットは単なる悪口でそう言っているだけだった。
ともかく二人は共に宰相ヴァフォーケンにより暗殺されたとされていたのだが……。
「王妃殿下のごきげんはいかがでしょうか? 今はいらっしゃらないようですが」
「あいつは今、森の中を散策中だ。
この暮らしを気に入っているようで、毎日はしゃぎ回っているよ」
「ははは、それはよかった。じゃじゃ馬王女達と血は争えませんな。僕も苦労した甲斐がありました」
「それと、私と妻は、もう王と王妃じゃないぞ。隠居した一夫婦だ」
「おっとこれは失礼しました。グラディオール様」
「それも違う。もう私とお前は主従の関係ではない。単なる友人だから敬称も不要だ。
呼び捨てでいい」
「はいわかりました。しかし、そうは言っても急になれなれしくもできません。ご容赦を」
「やれやれ。重荷を下ろしてやっと本当の友人ができると思ったのに残念だ」
「いやいや、僕としては、元から親友ですよ。グラ……さん」
「ははは、今はそれくらいで勘弁してやるか。
して、改めて礼を言わせてもらう。ありがとう。さすがだ。
希代の宮廷魔導師の作戦は見事としかいいようがない。
最初聞いた時は大胆すぎて肝が冷えたぞ。私もお前も死んだと見せかけるとはな」
「はい、王から与えられたミッションはふたつ。ひとつは宰相の処遇。ひとつはシルフィーネ様へのスムーズな王位継承。困難な二つの目標を達成する為に、かなり思案しました。
いろいろな方法がありましたが、このやり方が一番ドラマチックと思いまして。
楽しかったでしょう?」
「一国の行く末を左右する事ですらエンタメにしようとするのは悪いくせだ。
まあ私は信じていたからハラハラしながらも楽しめたがな」
「想定よりうまくいきすぎました。どれもこれも王女様方……いや娘さん達が優秀過ぎたおかげです」
「いやいや、お前の弟子がよくやってくれたおかげだ。わが娘達を最後まで守ってくれた。感謝してもしたりない。可能なら直接御礼を言いたい位だ」
「愚弟子にはそのお言葉だけでもありがたき幸せです。ですがあまり褒めると調子に乗るのでほどほどにお願いします。彼にはまだまだ成長してもらわなければなりませんから」
「ほほう、なるほどそうだな。彼には【暗躍する影の支配者】のお前を倒してもらわないといけないからな。わははは」
「その微妙に全否定できない言い方。相変わらずお人が悪いお方だ」
「お前には負けるさ」
「キリがありません。まあそう言う事にしておきましょう。
それにしても、このような王位継承で本当によろしかったのですか」
「ああ、あのままだと私はどうせ奴か、奴の裏にある組織に暗殺されていた。そうなるとわが王国は暗黒の時代に入る。その前にどうしても強き王に譲りたかったのだ。
私はあくまで平時の王の器。自分を有能だとは思わないがそれなりには務まる。だが有事の際には私は無能の部類に入る。あくまであやつヴァフォーケンは氷山の一角であり、奴はスタートの笛を吹いただけだ。
これからわが王国は歴史上でも多くの有事に見舞われる事になるだろう。責任放棄だと思われてもいい。全てわが国民、わが王国の為を考え、実行したまでだ」
「僕としては、冷静な自己分析とその先見の明があるだけでも有能に見えます。なにより僕を重用した。この事だけでもかなりの有能ですよ。なかなかできるものではありません」
「私を褒めているようで自画自賛ではないか。わははっ。お前が有能な事は否定しないがな。だが私はやはり有能とは程遠い。自分以上の有能な後継者がいるのに、いつまでも席に座り続けるのもいささか尻が痛いものだ。そろそろ自由に歩きたくなったのだ。」
「なるほど。ごもっともです。僕も宮廷魔導師の椅子はいささか腰が痛かったですからね。それにしてもあんな遠回りな事をなぜご命令したのです。直接言えば済んだのでは?」
「お前もよく知っている通り、シルフィーネの性格はああだろう。普通に言っても首を縦には絶対振らないからな。お前に託して大正解だった。想像以上の成果を出してくれた。あっさり王位を継承でき、かつあっという間に国民の心を掴んだのはかなり興奮したぞ」
「それもシルフィーネ様が有能なお方だからです。たぶん、あの方はこの茶番をどこかで気づいていたでしょう。しかし彼女は自分の役割を自覚し、舞台から降りる事はせず、あえて騙されているフリをして乗ってくれたように感じます」
「私もそう思う。ん? いやまて。ひょっとしてお前はそれすら利用したな」
「ははは、それは買いかぶりすぎですよ。そこまで万能ではないですよ。
ただ、彼女は僕の一番弟子であり最も有能な弟子でもありますから信じていました」
そう長女シルフィーネは実はワイスの最初の弟子でもあった。つまりレットやビスカの姉弟子といえた。
「それはそれとして娘さん達には存命をお知らせしなくてよろしいのですか?」
「知らせる必要はない。私も妻も死んだとされている身だ。彼女らに私達はもう必要ではない。それに今はこの気楽な生活が気にいっている。ここで娘達の活躍を見守っているとしよう。妻が寂しくなったらその時また考えよう。また相談させてもらうぞ。わだかまりのない感動的な再会計画をよろしくな」
「やれやれ。わがままな主……いや友だ。こんなに親身になっているのは僕だけですよ」
「親友なら、わがままに付き合ってくれるのは当然ではないのか。わははは」
「わはははは。あなたには敵わない。なら今から涙でこの国が洪水になる位の感動巨編を練っておきますよ」
「おい、お前の脚本でわが国に災害を起こし滅亡させるなよ。わははは。
それはそれとして、お前もこれからどうするんだ? 死んだんだからヒマだろ?」
「ははは、これでも僕も忙しんですよ。まだ描きたい絵画物語(漫画)も多くありますし」
そう宮廷魔導師ワイスは、副業で絵画物語の作家でもあった。別名アマリウスとして。
彼にとってはどちらが本業か副業かはわからないが。
「お前は絵画物語を思う存分描くために死んだ事にしたのか?」
「そんな事はありませんよ。その方が【これからやる事】に都合がよかっただけです。
なにせ僕は前王公認の【暗躍する影の支配者】ですからね。ははは」
「作家活動のついでに、これからも【暗躍する影の支配者】として娘達を助けて国を守ってくれると前王としてはうれしいんだがな」
「順番が逆です。助ける事が先です。あくまで作家活動はあとでついてくるものです」
「ふふふ。その言い方、さてはこの一連の話しも絵画物語にするつもりで計画をしたな」
「それは否定できませんね」
二人は大声で笑いあった。その時、割って入るように女性の声が聞こえてきた。
「ふぅ。ただいま〜。あら、ワイス。いらっしゃい。
今日は山菜いっぱいとれましたから、今晩は山菜たっぷりシチューよ。ワイスも一緒に食べていくわよね? あなた手伝ってね」
「奥様、楽しそうでなによりです。ぜひご相伴にあずからせていただきます……」




