第三十二楽章 華麗なるビスカリアフィーネ女王育成計画
空前絶後の大演説の後、一同は大広間に移動した。
外では今だ歓声は止んでいない。国民の心を掴んで離さないカリスマ女王の誕生だった。
「お、お姉様一体どういうことなのでしょう」
ビスカは事の次第が今だ理解できていない。
「お前にはまだこの国を任せられないという事だが? 私は第一王女なのだから女王になる事に何もおかしな事はないだろう」
「でもこの前は……」
「この前は本当にお前がなるべきだと思ったのだ。だがある男におだてられてな。考えが変わりその気になった」
シルフィーネの目線の先に、ある男=レットがいた。
……さかのぼる事、決戦の日から三日後。
レットは秘密裏にシルフィーネに謁見していた。
場所は故ワイスが使用していた王宮内の事務室。二人だけがその場にいた。
彼はなにやらただならぬ剣幕でまくし立てていた。
「……貴方は私の願いを叶えてくれていない!」
「なんだと?」
「言ったはずだ。私はビスカリア様の願いを叶えて欲しいと」
「叶えてやったではないか。女王になるという願いを」
「ビスカリア様が、いやビスカが女王になりたいと言った事、真に受けているのですか?」
「どういう事だ」
「言葉ではそう言ったけれど本心のはずはない。もっと別にやりたい事があるはずだ!
彼女を見ていればわかる。無理をして我慢しているのがわかる。
王と王妃を殺され、姉達は生死不明の状態。立場上そう思わざるを得なかっただけだ!
だが今は違う。貴方がいる。自分より女王に相応しい人が目の前にいる。
未熟な私から見ても女王の器として相応しいのは明らかに貴方だ!
ビスカに女王の資質がないとは言わない。今でも素晴らしい資質を持っている。
しかしまだ全然足りない。女王になることはできても後生に名だたる良き女王になりえるかと問われれば、否と言わざるをえない。
彼女は女王になる前にまだ学ばなければならない事が多すぎる。
この国の民の思考、生活、経済、文化……。そしてキレイな部分だけではなく、人には卑しい部分、汚い部分、闇がある事ももっと知らなければなりません!」
「お前が教えると言うのか? お前から学ぶとなるとかなり偏る気がするのだが……」
「誰に教えられようと結局は考え、決断し、行動するのはビスカ自身。
私はあくまで知識と経験を与えるだけです」
「お前と言う奴は、あ〜言えば、こ〜言いおって」
「それは大変失礼しました。こればっかりは師匠であるワイスゆずりですので」
レットはとっておきの決めの一手にでた。強気で無礼な物言いも丁寧になっていた。
「そもそもこの提案は私の意志ではありません。貴方の思いを代弁したまででございます」
「な、なんだと?」
「貴方が【ビスカ】の事が大好きなのはバレバレですよ。
いつまで彼女にその思いを隠しているのですか?
貴方は妹が背負っているものを少しでも軽くしてあげたいと思っておいででしょ?
彼女はあんなに自分の思いを伝え、貴方を助けた後も重荷を背負おうとした。
今度は貴方がその思いに応えてあげる番ですよ。そのお手伝いを私がするまでです」
「本当にお前という奴は……だがな……」
「ここまで言ってもまだ女王になるのをためらうのでしたら彼女が真の女王に成長するまで貴方が仮の女王としてその席を守り時がきたら譲るというのはいかがでしょう。
混乱はまだ続いています。これから王宮内で権力闘争が起こるはず。誰が闇の勢力と繋がっているのか、本当の味方が誰なのかも正確にはわからないのが現状です。
後ろ盾も少なく、世間知らずと思われているビスカが女王になると言っても事がスムーズに進むとは思えません。良くて誰かの傀儡、最悪、暗殺されてしまう可能性すらあります。その点、貴方は軍や王宮内でも後ろ盾は多いし、潜在的なファンも多数いる。貴方自体の知力・武力、行動力、判断力、経験値も申し分ない」
「お前は私に露払いと地ならしをしろというのだな」
「その通り。さすがです。シルフィーネ様。改めて私は確信いたしました。
シルフィーネ様の聡明さ、芯の通った振る舞い。かつその柔軟性を見せられれば、貴方こそ女王としてこの国を統治するのに相応しいと言わざるをえません」
「せじはいい。お前が言うとなんだか全部がうそくさいわ。体中がむず痒くなる」
「事実を言ったまでです。それでこれを見ていただきたいのですが………」
レットは分厚い資料をシルフィーネに手渡し、彼女は中身を一枚一枚流し読みした。
【華麗なるビスカリアフィーネ女王育成計画(素案)】というタイトルが書かれていた。
「………はははは! この食わせ者が! お前はどこまで計算しているのだ? 昨日今日のレベルでここまでの準備ができるはずがない。まさかこの状況を予期して前から準備していたのか?」
「私は予言者ではありません。詳細まで予知できるわけはありません。ただそうなることも想定して準備していただけです」
「このような状況にならなければ、それはそれで別の準備もしていたのだろ?」
「参りました。その通りです。いくつかのパターンを想定して準備しておりました。
やはり貴方の眼力は本物だ。女王になるべきと直の事確信しました」
「ではその全てが当てはまらず、想定外の状況になっていたらどうしていた?」
「その時は……ん〜そうですね……臨機応変に対処するしかありません。物事なんて意外となんとでもなるものですし。まあそれでもうまくいかなかったら……」
「うまくいかなかったら?」
「妹が入れてくれた美味いハーブ茶を一杯飲んで、笑ってごまかします」
「……ははははっ! なんだそれは。お前は本当に面白いな。こんな奴は初めてだ。
私の本心も見抜きおって。あの宮廷魔導師の弟子というのは伊達ではないといった所か。
まあいい、今回はお前の策略にまんまと乗ってやろう」
レットはこの会談を迎えるにあたり、身分抜きで、できるだけ対等な立場で話した方が彼女には効果的なのではとにらんだ。
当初は全部タメ語で話す予定ではあったが、実際さすがにそこまでは無理だった。
少しでも気を抜けばシルフィーネの女王オーラにつぶされそうだったため、強気で無礼な物言いをし虚勢を張った。悟られないようにしたつもりだ。
だが彼女は悟っていないフリをしてくれたのではないかとレットは後に思った。
ふたつ目の理由は、身分をわきまえた、へりくだる言い方よりも、対等なタメ語の方が、彼女は喜んで話しを聞いてくれるのではないかと思ったからだ。
それは修行時代に、大人達は、子供の自分が敬語で接するより、タメ語のほうがなんだか喜んでくれたという実体験があったからだ。
ただ、気持ちに負けて最後までタメ語ではいけなかった。
なにはともあれレットのハッタリは彼女の琴線に触れる事に成功したようだ。
「お前の事だ。これから具体的にどうするかも計画しているのだろう?」
シルフィーネがそう尋ねた瞬間、レットはいたずらっ子のようにニヤっとした。
待ってましたとばかりにカバンからもう一つの資料を取り出し差し出した。
【女王になると決意したのになぜかお姉ちゃんが女王になっていた件】
その計画書を楽しそうにシルフィーネは読み、疑問点があるたびにレットに事細かく確認した。妹にドッキリを仕掛ける事に対して姉はノリノリのようだった。
彼女は一通り目を通した後、急にふっと疑問が沸いた。
「これではまるで国民を騙しているようだ。王家としてあってはならぬ事だ」
「あなたが私欲で乱用するタイプならこの様な提案はしません。これは今回限りです。
それに、あながちウソでもないでしょう。あくまで演劇として盛り上げるため大げさな演出をしているだけです。あなたはあの決戦の時、後方で異様なオーラを纏い、鋭い眼光でヴァフォーケン卿に圧をかけ続けていました。そのせいで彼は戦闘に集中できなかったし、あなたとの戦いも想定して全力をだせなかった。結果つけいるスキができた。ビスカが勝てたのは、あなたのおかげでもあります。仮にビスカが負けるような状況ならあなたは飛び出して倒していたはずだ。
それだけではありません。あなたは長年、秘密裏に反逆者や危険人物のあぶり出しに尽力し、その勢力を牽制し続けた。それにより彼らの計画の実行が何年も遅れた。そのおかげで私達の準備の時間も成長する時間も稼げた。全てあなたあっての事です」
「そこまで知っていたのか……ヨシ、決めた。私にそんな重荷を背負わせたのだから、お前にも背負ってもらおう」
レットはなぜか背筋に悪寒を覚えた。
「レット、お前をワイス亡き後に空席になっている宮廷魔導師の任を命じる」
「謹んで、辞退させていただきます」
まるでこうなる事を予期していたかの如くレットはかぶせ気味に答えた。
「な、なんだと。間髪入れずに答えおって。女王の命令に従えぬと言うのか!」
彼女は強い口調でいったが怒ってはいなかった。ただ想定外の返答に驚いていただけだ。
「いや、まだあなたは王女であり、女王ではない。故に私に命令する権利はありません。
それに女王としての最初のあなたの命令がそんな陳腐なものでは勿体ない」
女王でなかろうと王家の命令は絶対なはずだが、へりくつを駆使しあっさり断った。
「なぜ地位と名誉、かつ報酬を得られる立場をあっさり捨てられるのか?」
「そもそも地位や名誉や大金なぞに興味はありません。今の暮らしで充分幸せです。これ以上になにも望みはありませんが、それを差し引いても断る理由は三つございます」
「三つだと。お前はこうなる事も想定していたな。なら答えてみよ。私が納得できたら、諦めてやろう」
「はい。一つは私は限時点で師ワイスのように聡明ではなければ経験豊富でもない。心身とも強くもないし人として成熟もしていない。その地位が務まる実力がありません。
嫉妬やいじめもあるでしょう。常に命も狙われるでしょう。自分の命が惜しい、そんなへたれ野郎です。心の弱い奴があなたのそばにいても役に立たないでしょう」
負けず嫌いなくせにこんな時だけ師匠をダシにした。
「謙遜するな。私はお前を認めている。どんなに頼んでも心代わりはないのか?」
「はい、どんなに頼んでもダメなものはダメです。私なぞ居なくても大丈夫でしょ?
あなたの周りには忠義の配下が多くいる。それだけではありません。
ベルク、ハーベス、シグマ、トリス、ジーニー……。その他、身分の壁や権力に潰され不遇な扱いを受けて世にでる事がなかった有能な者は数多くいます。推薦位ならさせていただきます。あなたなら色眼鏡なしでその者達を選別し必要なら重用できるでしょ?」
「お前はそこまで考えているのか。ますます惜しいな」
「それと二つ目。私はあなたを心底信じていないからです」
「な、なんだと! それはどういう事か! 詳しく答えよ。答えによっては極刑ものだ」
ペースに乗せられないよう王女は切れかかったように演技したが至って冷静だった。
それに気づいていたのか、レットはすまして話しを続けた。
「あなたは女王の器である事に間違いはありません。きっとこれから幾多の困難を乗り越え、ますますこの国を繁栄させるでしょう。だが、あなただって人間だ。ヴァフォーケン卿のように私利私欲に支配され、いつ暴走しないとは言い切れない。
その時、誰が止めるのですか? 誰が対抗勢力になれるというのですか? 私達しかいないでしょう? その為にあえて離れた場所で行く末を見守っていたいのです。
ただ私達は王国民でありあなたへの忠誠は絶対です。裏切る事は決してございません」
「あ〜いえばこういいおって。本当にワイス先生にそっくりだな。
して最後の三つ目はなんだ?」
「はい、私は最初の提案通り、王女ビスカリア様を育てなければならず、宮廷魔導師との二足のブーツをはく時間的な余裕はありません。
そして、それこそが最重要です。ありえないと信じたいですが、あなたとラナフィーネ様がもし不幸があった場合でもビスカが離れていれば最後の希望として残ります。王国のリスクヘッジとして私達の森で王族の血筋を守らせていただきます」
「最初からそれだけでよいわ。つまりビスカが好きで一緒にいたいというだけだろうが」
「…………」
呆れたように言い放ったシルフィーネの想定外すぎる反撃にさすがに動揺し言葉を失った。
「はははは。図星だな。私の逆転勝ちと言う事でよいな。宮廷魔術師の件、諦めてはいないが今は保留という事にしておいてやろう。その変わりこれだけは従ってもらう」
「その変わりとは?」
「私と話す時はタメ語で、ビスカのように私の事も呼び捨てにする事。なんならシルちゃんでもよいぞ」
「ええ〜!」
彼女が求めていたものは、有能な配下でも強い味方でもない。ただ対等に話し合える存在が欲しかったのだ。
……なにはともあれレットは彼女の説得に成功し共に秘密裏に準備をする事ができた。
秘匿事項ではあるが王家と王宮の極一部の者は【魔法】と【魔族の末裔】の存在を認識していたため共同作業が可能であった。
ただ一点、レットとシルフィーネがもめた事案があった。
逆賊としてヴァフォーケンの名前を公表する事に対してだ。
彼の罪は確かに許される事ではない。しかし裏の顔はともかく表では長年の王国への貢献があり、かつ一部には多大な人望があったことも確かだ。
逆賊扱いすれば王国や王女達、妹達を逆恨みする者がでてくるかもしれない。
彼の親しき誰かに不信感、反逆心、復讐心を芽生えさせる可能性がある。
なによりすでに罰したのだから、これ以上さらし者にしたくはない。
この一連の事件は彼だけでなくその裏に組織があって全てが解決しているわけでない。
それらの理由からレットは大反対した。
幼き頃、復讐心にかられていた彼だからこそ、仇とはいえそう思える様になっていた。
だがシルフィーネの考えは違った。
感情を抜きにしても次期女王としては逆賊の名前の公表は絶対であった。
何度も二人で討論が繰り返されたが価値観の違いは埋まらず平行線をたどっていた。
それこそお互いが別々の道へ行く可能性もあった訳だが、ある日意見を求められた第二王女ラナフィーネの一言でお互いの妥協点を見いだす事ができた。
彼女は隠れ絵画物語(漫画)好きだった。そして清楚な顔に似合わず辛辣な策士だった。
「名前は公表する。けれど本人の意志で謀反を起こしたのではなく悪魔に乗っ取られた事にするのはいかがでしょう。そうすれば勇者転生も意味を持ちよりドラマチックになるわ。
それに逆賊扱いよりいっそ国の為に我が身を犠牲にした位してもよろしいのでは?
あの方は自分がいなくなってから祭り上げられて、次期女王の点数稼ぎのコマにされるなんて思わないでしょ。
この様な形で国を強固にする礎にされたらあの世で悔しがると思うわ」
これが彼女なりの殺された両親の仇討ちなのかもしれない。
見た目とあまりにもギャップのある辛辣な発言にシルフィーネは大笑いし即受け入れた。
レットもわかっていたのですんなりその案を受け入れた。
ヴァフォーケンも実は知らないうちに洗脳魔法をかけられていた。もしくは「悪しきナニカ」に乗っ取られていたとわかったからだ。ある意味利用されていた被害者でもあった。




