第三十一楽章 女王に即位する事をここに宣言する!
それからの一ヶ月、ビスカは、ヴァフォーケンがつなげた空間転移魔法陣を活用し、時折王宮へ戻り式の打ち合わせや衣裳合わせをしつつ、その殆どを森の中のリーヴ家で過ごした。
森の探索や狩り、料理づくり、庭の手入れ、畑仕事、動物の世話やたわむれ、湖での釣りやボート遊び。そして妹たちとの語らい。
景色をずっと眺めているだけでもその素晴らしさに飽きる事がなかった。
一ヶ月後の別れの日まで悔いを残さないように兄妹達との暮らしを満喫しようとした。
午前中と夜は三姉妹と行動を共にしたが、午後からはなぜかユカリだけ席を外す事が多かった。なにやら工房や自室で作業をしていたようだ。
「バイトだ、バイト。兄ちゃんは四人の妹を食わせなきゃならないから忙しいのさ」
レットは度々出かけたり【フェシー】にこもったりとなにかと忙しそうだった。
王宮での戦いの事で聞きたい事が山ほどあったものの、その都度おあづけを食らい、講義が開催される事はなくビスカはモヤモヤしていた。
彼は単独行動だけに留まらず工房内で毎日二時間ほどユカリとなにやらやっていたが、飛びっきりのユカリスマイルで「ヒ・ミ・ツです。お姉ちゃん」とはぐらかされていた。
お別れサプライズパーティーとかプレゼント的な何かだろうと勝手に想像を膨らませて、楽しみにしていた。
……楽しさと別れる時が近づく寂しさが同居した一ヶ月はあっという間に過ぎ、本日、王宮前の大広場に国民が集められ、いよいよ宣言が始まる。
王、王妃の死が公表される日であり、新女王が誕生する日である。
ビスカはリーヴ家で過ごしていた時とはまるで違い、本来の姫仕様いや、女王仕様の豪華な装飾のドレスを召していた。
この日だけは特別に三姉妹のペンダントを借り首に飾っていた。
「お姉ちゃん、キレイ、キレイ、キレイ」
サクラの三段活用が全て同じ言葉になってしまう程の言い表せない美しさだった。
「お姉ちゃん、ホントに素晴らしいです。宇宙一美しいです! 私はいつ死んでも……」
ユカリが暴走しないわけはなく一歩手前だったが、すんでの所でサクラに軽く首を手刀で叩かれ、一瞬落ちた後正気を取り戻した。
「本物の王女様みたいにキレイだね」
ヒマワリはどの位今の状況を把握しているのかナゾだったが彼女なりに最大級の賛辞をした。
「みんなもすっごくカワイイよ!」
かくいう三姉妹も貴賓としてビスカの近くにいる事を許され、王宮より用意されたお姫様仕様のドレスをきてキャッキャ喜んでいた。
ビスカもその姿を見て癒やされ幾分か緊張を和らげていた。
王宮から望む広場には王都に住む全ての人がいると思える程多くの人々が集まっていた。
ファンファーレで式が始まり、第一王女シルフィーネは挨拶と状況の説明をするため、彼女のみ民衆を見渡せる位置まで歩を進めた。
後方の建物内で自分の番を待つビスカは足が震えていた。破裂しそうな緊張を和らげるためか、隣に並ぶヒマワリの手を握っていた。
シルフィーネの登場で、ざわついていた民衆が一斉に静かになった。
「私は第一王女シルフィーネ=フレグラント。国民諸氏に言わねばならぬ重要な事がありこの場をもうけた。集まってくれた事に感謝する。
すでにわかっている者もいるかと思うが、私の父と母である、この国の敬愛なる王グラディオールと王妃ダリアは天に召された!」
民衆は一斉に騒がしくなったがシルフィーネの上げた手に制され、静寂を取り戻す。
「王と王妃は宰相ヴァフォーケンによって殺害された。彼は王国を乗っ取ろうとした!
だが彼の意志ではない。悪いのではない。彼は悪魔に乗っ取られたのだ!
だが安心して欲しい。悪魔はもうこの世にいない!
宰相ヴァフォーケンは忠義の心をもって犠牲になり、その身を悪魔と共に消滅させた!
ある男のキセキの力によってだ!
今回、わが国を救った功労者であるその男を紹介しよう! 前ヘ!」
シルフィーネの言葉で一人の男が後方から現れる。その男は白銀の軽甲冑を着ており、顔にマスクをしていた。
「国民の皆様、お初にお目にかかります。
私はヒーロー=フレグラント。この国の初代王にして勇者だった男だ!」
その場にいた誰よりも驚いていたのはビスカだった。彼女は一瞬でその男がレットだと分かった。芝居がかった態度にわからないはずがなかった。
国民は一斉にざわつくがまたもシルフィーネの一言で静まる。自称勇者は言葉を続けた。
「私は、王国の未曾有の危機を察知し転生した」
そこにいた国民の誰もが驚き、にわかに信じられないといったようだ。それはそうだ。誰も本物を知らないし、そんなトンデモ話しは物語の中だけだ。
「信じられないのも無理はない。では証拠をお見せしよう。
このキセキの力をご覧あれ!」
そう叫んだ瞬間、空中に光の巨大モニターがいくつも現れた。
大きさは違えど【フェシー】の部屋にあるそれと同じものだった。
「このキセキの力を使い、これからお見せするのは一ヶ月前に起こった事実だ。
悪魔に乗っ取られたヴァフォーケン卿は王と王妃の殺害だけに留まらず、人質を取り兵士達をも操り王家の滅亡を画策した。それを阻止したのが私とここにいる王女だ!」
そう言うと光のスクリーンに、その時の戦闘風景のダイジェスト版が映し出された。
貼りつけにされた三人の少女と王女二人。ヴァフォーケン、操られた多くの兵士達、そして光の精霊魔獣の登場。それに立ち向かう戦士ともう一人の王女。
国民は【キセキの力】という強引なトンデモ設定によって創り出された光のスクリーンに映し出された映像に魅入られずにはいられない。
ビスカは自体をまるで飲み込めない。ただその映像には違和感があった。
実際にその場にいた正常な者なら、すぐにその違和感に気づくだろう。
そこに映された立ち向かう戦士はレットの姿ではなく、今の白銀の軽甲冑とマスクをした自称勇者であり初代王のヒーロー=フレグラントだ。
そして王女も違っていた。貼りつけにされている王女の方がビスカで、闘っている王女の方が【プリンセス・ノーブルソードリリー】シルフィーネであった。ビスカは大混乱していた。
広場も、負けじとてんやわんやの大さわぎ状態だった。
「キセキの力、すげ〜、こんなことできるんか……初代の王様にあえるなんて幸せなんだ〜……勇者強え〜、魔王を倒せたのも納得だ〜……ひでえ事しやがって。かわいそうじゃねえか……がんばれ〜、負けるな〜……俺達がついているぞ〜……あの三人の女の子、めっちゃかわいい……可愛い子になにしやがる〜、俺が成敗してやる〜……まじ、シル様ステキ〜……本当にいたんだ勇者〜……ラナ様〜、愛しのラナ様〜……ビスカ様を早く助けてあげて〜……」
まるで、今リアルタイムで起こっているかのように、みんなが熱狂し応援していた。泣いているものすらいた。そのトンデモ技術に誰も突っ込まない位、感情移入していた。
常識外すぎる突拍子な大きなウソをつけば、逆に怪しまれないものだ。
あくまで転生した勇者がキセキの力を使っただけた。くれぐれも魔法を活用して、この装置自体も録画映像も映像内の不思議な力の数々も創作されたわけではないのだ。
強引な理屈だがレットの思惑通り意外すぎるほどうまくいった。
民衆達は魔法で直接精神支配をされたわけではないが、このプロデューサー兼ディレクター兼クリエイターのレットの演出により、ある意味、集団洗脳もしくは集団催眠でもかけられて夢を見ているような状態に陥っていた。
そしてクライマックスを迎え、悪魔に乗り移られたという設定のヴァフォーケンをシルフィーネ王女が切り裂いて消滅させた所で、拍手喝采と歓声が最高潮に達し、解放した妹達とシルフィーネが抱き合う所で、涙と感動の声が鳴り響いた。
広場ではシルフィーネとヒーローの名前が交互に連呼された。
……が、その大歓声は長く続かず悲鳴に変わった。
民衆に紛れて、いくつもの場所から幾本もの矢が放たれた。もちろんその標的はシルフィーネだ。その矢が彼女に到達する寸前、勇者役のレットが左の手の平を前方に掲げた。
幾本、幾十もの矢は、見えないなにかに受け流され、まるで彼女達をさけるように四方八方に散った。
もちろんレットの防御盾の魔法なのだが、民衆には、勇者のオーラかナニカで弾いたように見えた。
矢が無効果されたと知った敵は、今度は強硬手段にでる。
どうやってたどりついたかわからない。おそるべき跳躍力でよじ登り、数人の敵が飛び込んできた。
シルフィーネは表情一つ代えずに、剣を抜き、ムダのない優雅な剣戟を繰り出し、あっという間に襲撃者を切り刻んだ。
となりにいたレットも剣を同じように右に左に振るったが、彼の剣戟は一筋も敵に当たっていない。しかし、遠くから見れば、二人の剣の共演で襲撃者を撃退したように感じただろう。敵からの攻撃はそれ以上なかった。民衆の中から逃げようとしたした矢を放った襲撃者達もシフィーネの部下達の迅速な行動により捕まったようだ。
レットは今だ騒然としている民衆を見渡し、ふぅっと一息ついた後、告げた。
「国民の方々、落ち着いてほしい。王女達はみな無事だ。
王国の危機はひとまず去った。だが私にはもう時間がない。
キセキの力で私は一時的に転生しただけで間もなく消える。
あとはここにいる王女と国民のあなた方にお任せする。
ヴァフォーケン卿の犠牲で悪魔を討伐したとはいえ、今の襲撃のように、悪しきものは数多く存在する。こんな奴らに負けるような弱い国民はここにはいないはずだ。
皆で力を合わせ、末永く平和なよき王国にしてほしい。……ではさらばだ!」
自称勇者がそう告げた瞬間、国民の前から一瞬で彼は姿を消した。
少し遅れてドーンという大きな音がして、それと共に全ての空中スクリーンも消滅した。
勇者はキセキの力で、民衆の目の前から消えた……ように見えただけだった。
彼の腰には紐のようなものがつながれていた。彼を強烈な速度で後ろに引っ張りあげ民衆から消えたように見せただけの単純なトリックだった。
引っ張ったのは、見た目いたいけな二人の少女【サクラとユカリ】だった。
後ろにひっぱられたその自称勇者は、見た目に反して少女たちの引っ張る力が強すぎて、その勢いで後方の壁に激突していた。
時間差で聞こえた音はその衝撃音で演出に寄与した形になった。
「いてててっ! お前ら手加減しろっていっただろ。
また手足がどうにかなったら、どうするんだよ」
激突して間抜けな姿をさらしていた自称勇者は妹達に文句を言った。
ニヤニヤしながら確信犯のサクラとユカリは返事をした。
「大成功だね! ユ・ウ・シャ・サ・マ!」
「いつもの様に自分でどうにかすると思ったから思い切りひっぱっちゃった。うふっ」
「やろ〜、覚えておけよ、二人とも〜……まあでもうまくいってよかったな。ちょっとイレギュラーな事も起こったけれど結果余計盛り上がったしな」
裏でそんな事が繰り広げられている表ではシルフィーネの一世一代の宣言が続いていた。
「勇者は去った。反逆者も駆逐した。
ではここに残された私に皆が教えて欲しい。誰がこの国を守れるのか! 誰がこの国を治めるのが正しいのか! 誰が次の王になるのが相応しいのか!」
「……シルフィーネ女王陛下、万歳! フレグラント王国万歳!」
間をおいて民衆のうちの一人が最初に叫ぶ。それに続いて、又一人又一人と続く。
いつしか広場中が連呼していた。
「シルフィーネ女王陛下万歳! フレグラント王国万歳!
シルフィーネ女王陛下万歳! フレグラント王国万歳!」
その歓声に応えるかのように、シルフィーネは自らの剣を高らかに掲げた。
この場を全て支配している。生まれながらの演劇界のトップスターの器……いや正真正銘本物の女王の器だ。おいしい所をこの人が結局全部持っていったよとレットは笑った。
彼女は自分の名前を連呼している民衆を再度制し、宣言した。
「喪に服した後、女王に即位する事をここに宣言する!
私は、フレグラント王国女王シルフィーネ=フレグラントだ!」
広場の大喝采は止まなかった。
これが後の世に伝わる【剣ユリ女王のキセキの始まりの日】であった。
この一連の出来事を、女王シルフィーネは後に手記【新生フレグラント王国記】にこう記している。
……これが新生フレグラント王国の最初の一歩であり、偉大なる宮廷魔導士ワイスの弟子である若き賢者レットとその妹達ユカリ、サクラ、ヒマワリ、そしてわが妹ビスカリアが紡いでくれた【私が女王になるまでの物語】である。




